【『切ない』ということ】 P7 (涼X拓)
しばらくの間、涼介は風に吹かれながらずっと考えていた。
一体これからどうすればいいのか・・・を。
23年生きてきて…こんなに答えの出ない問題は初めてだった。
しかし、答えが出ないのも当たり前だった。
───思い浮かぶのは拓海の顔ばかりで。
───会いたいという気持ちばかりで。
答えなんてちっとも思い浮かばなかったのだから。
・・・ホントに俺はバカだな。
涼介は何度も心で呟いた言葉を、もう1度呟いた。
どうすれば良いかなんて解らないが、何をしなければいけないかは解っていた。
謝ったところで許してもらえなくても当たり前だが、それでも謝りたかった。
謝って・・・そして、厚かましい願いだと解っているけれど、もう1度だけ…あと1度だけでいいから…許されるなら、拓海を抱き締めたかった。
───それでこの恋を断ち切ろうと、自分自身に言い聞かせて・・・
涼介はポケットに入れたFCのキーをぎゅっと握りしめる。
もう1度、勇気を出すために。
拓海と顔を合わせる勇気を出すために。
───キキィッ
微かに聞こえたブレーキ音に、啓介は閉じていた目を開いた。
・・・やっと帰って来やがったか・・・
啓介はふぅと小さな溜息をついて体を起こすと、横に眠っている拓海の様子を伺った。
拓海はまだぐっすりと眠っているようだ。その顔に、今は苦悩の色は見られない。あどけない寝顔だった。
無意識に、啓介の口元にも笑みが浮かぶ。
啓介は、そっと拓海の頬に顔を近づけて、小さなキスを落とした。
・・・ま、コレくらいは許されるよなぁー。
今から自分がやろうとしている事を思って、啓介は心で呟いた。
ハッキリ言って損な役回りだ。それでも、自分のした事で拓海が少しでも心安らかに居られるなら、それでイイと、啓介はそう思っていた。
自宅前に戻って来た涼介は、しばらく車を降りずにステアリングに突っ伏していた。
どんな風に謝ろうとか、いやそれより拓海は会ってくれるだろうかとか、我ながらバカみたいだと思うような考えばかりが頭の中で渦巻いて、涼介は深く溜息をついた。
・・・こんな所で考えていても、仕方ない事だな・・・
涼介は閉じていた目を開いた。
そして、ゆっくりと体を起こし、啓介の部屋の窓を見つめた。今、拓海が居るハズのその部屋には、電気も灯っていない。
…眠っているのだろうか?それとも、啓介が送っていったのかもしれない。
そう思ったが、それでも拓海に会いたいという気持ちがどんどん心に溢れてきて、涼介はFCから降りると足早に家の中へと入っていった。
啓介は、眠り続ける拓海の髪を指先でそっと撫でた。
もちろん起こさないようにゆっくりと、力を入れずに。
拓海の髪は見た目通り、フワフワしていて柔らかい。細くて軽いその手触りが心地良かった。
・・・何か、猫でも撫でてるみてーだな。
そんな風に思って、啓介は口元に小さく微笑みを浮かべた。
・・・にしても、アニキの奴、おっせーなぁー
拓海から目を離して、啓介がドアの方に顔を向けると、階段を上ってきた足音が、啓介の部屋の前で止まった。
ノックの音は聞こえない。が、その扉は、音もなく開かれた。
・・・やっと来たか、バカアニキ!おっせーんだよ、ったくー
心の中で毒づくと、啓介は開けられたドアの元に佇む兄をじっと眺めた。
涼介は、廊下の灯りを背に、そして啓介は窓からの月明かりに照らされていた。
どちらも弱い光で、お互いの顔はほとんど見えない。
シルエットだけで、それでも2人は互いを探るように視線を絡ませていた。
不意に啓介が、首を軽く捻った。部屋の外に出ようという合図だ。
涼介は頷いて、扉から離れる。
啓介は、ベッドサイドに置いてあるFDのキーを掴んだ。そして、もう1度、眠っている拓海の顔を眺める。
愛おしそうに、一瞬だけ目を細めて、拓海の髪にそっと唇を近づけて
「待ってろよ。」
吐息のような声で、そう呟いた。
「ん・・・」
別に返事をしたワケではないのだが、小さな声を出して拓海がコロンと寝返りを打つ。
啓介はその仕草に微笑んで、拓海を起こさないようにそっとベッドを降りると、ゆっくりと部屋の外へ出た。
カチャリとほんの小さな音をたてて啓介の部屋のドアが閉められ、拓海の周りはまた沈黙に包まれた。
廊下のオレンジ色の灯りに包まれて、啓介は涼介と向かい合った。
・・・いつものアニキだ。
涼介の目を見て、啓介はすぐにそう判断した。
安心したような、残念なような・・・複雑な気分だった。でも、きっとこうなると思っていたし、そう願っていたのだ。───拓海のために。
「アニキ・・・俺に言いたい事は…わかってんだろ?」
啓介は、落ち着いた、でも少し固い声でそう言った。
「ああ・・・すまなかったな。啓介。」
「言う相手が違うだろ?」
啓介は親指で自分の部屋を指し示した。
涼介は、その指の先の部屋を見つめる。やはり、拓海はこの部屋に居るのだ。
「拓海、今は眠ってるけど、さっきまでは見てらんねーような落ち込み方だった。
・・・アイツ、今でもやっぱりアニキが好きなんだよなー・・・」
苦笑しながらそう言う啓介に、涼介はハッとしたように顔を上げた。
まさか・・・そう言おうと思ったが、啓介の言葉はまだ続いたので、涼介は口を挟むタイミングを失った。
「・・・でも、今度こんなマネしたら、例えアニキでも俺は容赦しねぇ。」
切るような眼差しで、啓介は涼介を見た。
その眼差しに、涼介は啓介の想いを感じる。多分、自分と同じくらい強く、啓介は拓海を大切に想っている事を。
「・・・ああ。解ってる。」
眼をつぶり、神妙に涼介は頷いた。
啓介はニッとその顔に笑みを浮かべた。いつもの啓介の強気な笑みだ。
そして、涼介の方へと歩いて行き、すれ違いざまそのボディにパンチを食らわせた。
その力は、本気というほど強くもなく、冗談で済ませるほど弱くもなくて。
「ま…健闘を祈っててやっから…今度は上手くやれよ?」
そう小さく呟くと、啓介は、後ろから軽い力で涼介の背を押して通り過ぎた。
去っていく啓介に、涼介は振り向いた。しかし啓介は、振り向きもせずに右手の人差し指でクルクルとFDのキーを回しながら階下へと降りて行く。
その啓介の後ろ姿に、涼介は苦笑した。
我が弟ながら、悔しい程にカッコイイと思う。いつだって、啓介は自分の1番のライバルなのかもしれない。
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