【『切ない』ということ】 P5 (涼X拓)
「アニキのこと・・・嫌いになるなよ?」
苦く笑いながら、啓介は拓海にそう言った。
拓海は辛そうに眉を寄せた。悲しげなその顔に、言ってる啓介の方が何だか悪い事をしている気分になった。
「まだ・・・アニキの事、好きなんだろ?」
何も言わない拓海に、啓介はもう1度、声をかけた。
拓海は唇を噛みしめて、啓介の顔を見つめた。
まだ声を上手く出せないのかもしれない。
拓海がまだ涼介を好きな事は簡単に解った。
何故なら、こんな事されても責める言葉1つ出てこないのだから。
それどころか、『どうしよう』と途方に暮れているみたいだ。
何も言わない拓海に啓介は苦笑した。そしてゆっくりと拓海の顔を引き寄せ、自分の肩に埋めさせる。
出来るだけ優しく、拓海を怯えさせないように、啓介はゆっくりと拓海の体を両腕で包み込んだ。不安そうな瞳の拓海を、安心させてやりたかった。
「大丈夫。・・・スグにいつものアニキに戻るさ。何たってアニキの自制心は人一倍どころか100倍くらいは有るからな。」
ポンポンと慰めるように背中を叩いてやる。
されるままになっていた拓海は、啓介の服の裾をぎゅっと握りしめた。
その様子に思わず笑みがこぼれた。ガキみてぇだと思ったからだ。
「ホラ、もう寝な。」
啓介は拓海の体を離し、ツンとその額を指で押した。
でも、拓海はイヤイヤをするように顔を左右に振ってしまう。
そして、啓介は気が付いた。自分の服の裾を握っている拓海の指が、ほんの少しだけ震えている事に。
「拓海?」
啓介は拓海の顔を覗き込んだ。
拓海はまたイヤイヤと顔を左右に振ってしまう。
「1人になんの……イヤなのか?」
ふと思いついて、啓介は拓海にそう声をかけた。
拓海は何も応えないけど、啓介を見上げる大きな瞳がそうだと告げていた。
「・・・んじゃ、一緒に寝るか?」
その啓介の言葉に、コクリと拓海は小さく頷いたのだった。
一方、頭を冷やしに外に出た涼介は、赤城の麓まで来ていた。
一般の公道を、ものすごい速さで抜けてきても気分はちっとも晴れなかった。
涼介は手頃な位置で車を止めた。いくら走ってもムダなのは解っていたから。
車を降りて、空を見上げる。細い月がポカリとまるで浮いているように見えた。
自分はこんな気分なのに、満点の星空だ。
何だかやるせない気分になって、バカらしい事を思った自分に涼介は苦笑した。
───無意識にポケットに手をやった。
だが、有るはずの物がソコには無かった。
いつもは、煙草を入れているはずなのに。
「・・・そう言えば、ずっと吸ってなかった・・・かな?」
呟いて、涼介は苦笑した。
拓海と一緒に過ごすようになってからこっち、ずっと煙草を吸っていなかった事に、今更ながらに気が付いた。
目を閉じて、唇を噛みしめて、涼介は胸の中の拓海の面影を追っていく。
驚いた顔、拗ねた顔、怒った顔、困った顔、照れてる顔・・・そして笑った顔。
次々と、万華鏡のように変わる拓海の顔を、思い浮かべていた。
無表情なヤツだと思っていたら、親しくなるにつれて驚くほどたくさんの表情を見せてくれた。
───愛おしい、たった1人の存在。
拓海と出会い、恋をして、毎日が驚きで、毎日が幸せで───煙草なんかで気を紛らわせる必要なんかなかったのだ。
「煙草が欲しいな…」
───また、涼介は呟いた。
買ってくれば良かったと、頭の中でそんな事を思った。
───でも、本当は解っていたのだ。
欲しい物は煙草なんかじゃない事を。
余りにも情けない自分に、涼介は大きく溜息をついた。
また空を見上げて月の光を見つめていると、不意に拓海の顔が見たくなった。
───手放したあの微笑みが、今はひどく恋しかった。
激しい後悔が涼介の胸を埋め尽くしていた。
今まで感じたことのない程、胸が痛かった。何かを叫びだしてしまいたいような、そんな気分だった。だが、結局は何も言わず、空を見上げたままで・・・
不意に涼介は苦く笑った。・・・愚かな自分に笑ってしまって・・・そして長年流していなかった涙が頬を伝うのを・・・止めることすら出来なかった。
その頃、啓介は拓海と2人でベッドに並んで、すっかり落ち着いたらしい拓海に話を聞いていた。
「それにしても・・・アニキらしくねぇな・・・」
あの涼介がこんなマネをするとは、実際に見ても啓介には信じられなかった。
「・・・涼介さん・・・オレのこと、酷いって」
ポソリと拓海が呟いた。
「はぁ?」
啓介は訳が分からず、疑問符を飛ばす。
「自分の腕の中で他の誰かの名を呼ぶなんて・・・って・・・」
「・・・呼んだのか?」
「呼んだって言うか・・・オレ、寝てたから・・・」
「・・・で?・・・呼んだのか?」
啓介が再度、訊き返すと、拓海はコクンと頷いた。
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