【泣きたい夜に抱きしめて】 P3 (啓X拓)
「啓…っ!」
もう1度、啓介の名を呼ぼうとした拓海に、啓介は抱く力をまた強くした。
───何も言わなくていい。ただ、もう少しだけ、こうしていて欲しい。
言葉にはならなかった啓介の想いが伝わったのだろうか?それとも・・・?
いつもなら、こんな風に抱かれると抵抗するのに、拓海はじっと啓介の腕の中にいた。
そればかりか、こつんと胸に顔を埋めてくる。
「今日は・・・殴らねぇんだな?」
啓介は苦笑しながら、ぼそっと呟いた。
腕の力をほんの少し弛めて・・・でも、拓海の体を離さない。
「何か・・・啓介さん、おかしいから・・・」
拓海はそのまま啓介の背に腕を廻して、そっとその体を抱き返した。
弛んだ力の分を補うように、啓介の体を引き寄せる。
しばらく2人何も言わず、ただ抱き合ってお互いの鼓動を感じていた。
拓海は何も聞かなかった。
啓介の様子がおかしいと、そう言ったけど理由は尋ねなかった。
何となく、解ってしまったのだ。
拓海は恋愛ごとには鈍いが、基本的に人の感情に鈍いわけじゃない。
どちらかというと鋭く、他人の感情に敏感なトコロがあるのだ。
喜んでるとか、悲しんでるとか、寂しいとか、嬉しいとか、自分のことが好きか嫌いかとか・・・そういった事を本能的に感じ取るタイプで、ただ、それを言葉にしたり態度に現したりするのが苦手なのである。
拓海は今の啓介と同じ様な人を、昔見た事がある。
・・・確か・イツキ。
啓介の温もりに包まれながら、拓海は昔の事をぼんやりと思い出していた。
・・・子供の頃、仲が良かった従兄弟が遠くへ引っ越すのだと、イツキは泣きじゃくっていた事があった。
拓海は大事な人と離れ離れになったことはないし、その感情は全く理解出来なかったが、イツキが酷く悲しんでいる事だけは解った。
でも、自分では上手く慰めの言葉も言ってやれない……。だから、ただずっと側にいた。
その時、何故そうしたのかは解らないけど、泣いてるイツキに自分はココに居るからと、言葉ではなく態度で示したかったのかもしれない。
今の啓介は、あの時のイツキにとてもよく似ている。
理由は解らないけれど、啓介は今、悲しいのだ。寂しくて、辛くてココにいるのだ。
もしかしたら、大切な誰かを失ってしまったのかもしれない。
───だから、何も聞かなかった。
「ゴメン・・・も、帰るから…。」
サンキュッと呟いて、啓介は拓海の頬に軽く口づけた。
そして、そっと腕を解き、名残惜しそうに拓海の体を離す。
でも、拓海は啓介の袖を掴んでしまい、離さなかった。
「!…拓海?」
「啓介さん…、あの…」
無意識にそんな真似をしてしまった拓海は、驚いて自分を見ている啓介に何を言えばいいのか解らない。
でも、どうしても今の啓介を1人にはしたくない。
「あの……今から、走りに行きませんか?」
〜〜オレってバカかーっ!!
咄嗟に出たのはこんなセリフで、拓海は口下手な自分に心の中で怒鳴りつける。
でも、やはり、掴んだこの手を離す気にはなれなかった。
「えっ?…走るって今からか?……もう、すげー遅いぜ?」
夜遅い…と呼べる時間なんてもう過ぎてしまっている。
草木すら、そろそろ眠りにつこうという時間だ。
啓介はマジで驚いていた。
拓海は今まで1度だって、こんな風に自分から走ろうと誘ってきた事など無い。自分は走り屋ではないと思っているのだから、当たり前と言えば当たり前だが…。
・・・なんでイキナリ・・・って、俺のせいだよなー、やっぱ。
考えるまでもない。拓海がらしくないのは、自分がらしくないからだ。きっと、心配してくれているのだろう。
我ながら今の自分は、らしくないと、カッコ悪ぃと思う。こんな自分をホントは見られたくなかった。バカだと言われても、好きなヤツの前ではカッコつけたくなるものだ。でも、会いたいと思う気持ちの前には、そんな意地など何の抑えにもならなかった。
「ダメですか?…オレ、もう目ぇ冴えちまったし、どうせもう眠れねーから。あの…啓介さんが嫌なら別に…イイですけど…。」
しゅんと俯きながらそう言う拓海を、啓介はフッと微笑して見つめた。
下手な嘘だ。拓海が寝付きが良いのは知っている。…というより、眠れない拓海など、言っちゃ悪いが想像できないぐらいだ。
「ばーか。俺がお前と走んの嫌がるワケねーだろ?…今から…か。そーだな。折角来たんだし、秋名を走るのもいいかもな…。」
「あ…あの、秋名はダメっす。その…バトル前で皆ピリピリしてっから…。」
「バトル?」
「ええ。…来週…だったかな?ドコとやんのか忘れたけど…。」
「忘れたって…お前は走らねーんか?」
「走らないですよ。オレ、別に走り屋じゃナイっすから。」
拓海のお決まりのセリフが出て、啓介は苦笑した。
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