【幸せな夜、お寝坊な朝】 P6  涼X拓! 涼子姉ちゃん、6000Hitアリガトウです!

(SCENE 2 ほんの少しの誤算)

「じゃあ、そろそろ終わりにしようか。」
 レストランの閉店時刻。楽しい夜もそろそろ終わりだ。
涼介のその言葉を聞いて、史浩が終わりの挨拶を始めていた。
「………」
 ぽぅっとまるで酔っているように頬を染めながら、拓海がちらっと涼介を見上げた。
涼介はふっと瞳を微笑ませて、さりげなく拓海の髪に手を触れる。まるで羽根のように柔らかい前髪をそっと掻き上げると拓海は猫のように目を瞑った。
思わずキスしたくなったけど、流石にそれは止めておいて・・・。
「どうした?ミルクで酔ったのか?」
 ほんの少しからかいを含ませた声で涼介はやさしく問いかけた。
「………?」
 拓海は何も答えず、コトリと首を傾げた。
涼介が何か言ってる。言われてる事も解る。…でも、何故か上手く言葉が出てこない。
・・・・あれ?俺、どーしたんだろ?

 からかわれても噛みつきもせず、いつにも増してぽやんとしてる拓海に、涼介は不安になった。
「拓海?どうしたんだ?…どこか気分でも悪いのか?」
 慌てて、熱を計る為におでこに手を当てる。熱くはない。
今度は火照ったように見える頬にも手を滑らした。ここは少し熱かった。
涼介は眉を少しだけ潜ませて、拓海の顔を覗き込んだ。すると、拓海はすりっと当てられた手に頬を擦り寄せてきた。クスクスと小さく笑うその顔に、クラリとなりながら涼介は拓海の名を呼んだ。
「……?た、拓海?」
・・・酔った人間の所作にも見える。だが、確かに拓海はミルクしか飲んでなかったはずなのだが・・・? 涼介がほんの少し悩んでいると、
「アニキ…わり。あれ、ちょっとだけ、酒入れてたんだよ。」
啓介が小さく舌を出しながら、白状する。
「啓介……」
「悪ぃって。…でも、ホントにちょびっとだけだぜ?味も色もわからねぇくらい…。今時、中学生の子供でも酔わねぇよ、あんなの。…こいつ、酒弱いのかなぁ?」
ちょんちょん…と啓介が拓海の頬を指でつつくと、拓海はそれから逃げるように涼介の方へと身を寄せた。
「いや…そうでもないぞ?こないだビールを旨そうに飲んでたからな。」
 拓海をかばうように啓介の指を叩いて、その言葉を否定する。たくさんという程ではないが、拓海は嗜み程度には酒が飲めるはずなのだ。
「アニキ!何時の間に…。ちえっ!酒飲むなら俺も混ぜてくれよなぁ。」
「…そうじゃなくて、啓介!お前、他に何も入れなかったろうな?」
 論点がずれた啓介を涼介はキロリと睨んだ。
「いや…後は、砂糖だけだぜ?甘くて旨いってコイツも言ってたろ?」
 ブンブンと啓介が首を横に振ったその時、史浩の挨拶も終わり、皆がそれぞれ帰り支度の為にコートを手に取り始めた。主催者である涼介・啓介にも挨拶をしてくる。
 さりげなく拓海を隠しつつ、涼介はそれに適当な返事を返していた。

「拓海ーっ!帰るぞー!」
 元気よく樹は拓海を呼んだ。今日は憧れの走り屋と山ほど会えて機嫌がかなり良いようである。
「拓海!おい、何ぼーっとしてんだよ!・・・まあ、いつもだけどな。」
と言いながら、拓海の肩にぽんと手を置いた樹は、不意にぐいっと拓海の顔に自分のそれを寄せた。

───ピキーンッ

 暖かいはずのレストランの一角が、この時確かに氷点下まで下がった。
涼介の表情こそ変わっていないが、弟である啓介が1歩後ずさった程である。樹も無意識に拓海から少し離れる。・・・どうやら温度は戻ったらしい。
「・・・えっと、こいつ、何か酔っちまってるっすね〜?」
 ハハハ…と乾いた笑いで誤魔化しながら樹は言った。涼介は冷めた目でじとっと樹を見下ろしている。樹は拓海の肩にかけた手をそのままにしているのだ。
「藤原って酒弱いんか?・・ちょい入れちまったんだけど・・・酔うほどじゃねーんだけどなぁ?」
 仕方ねぇなとばかりに啓介が口を挟んでやった。
「何入れました?もしかして洋酒っすか?」
 樹のその言葉に啓介は頷いた。
「じゃーダメっすよ。こいつ、ビールとか日本酒は飲めっけど、洋酒は全然ダメなんすよ。悪い酔い方しねーけど、ちょっと飲んだだけでこうなるから・・変なヤツですんません。あ、大丈夫です。俺達が連れて帰りますから・・・」
 そう言って拓海を連れていこうとした樹の手は、いつの間にか拓海の肩から外れていた。樹は宙に浮いてる自分の手を眺めて、はて?と首を捻った。

「藤原は俺が送っていくよ。ちょっと話したいことがあるし、酔ったまま帰して親父さんの機嫌損ねるのも困るしな。」
 初めて、涼介は樹に口をきいた。
「え?…でも…」
 そんなご迷惑…と続けようとした樹だが、続けられなかった。涼介の無言の圧力に、蛇に睨まれたカエルのような気分になっていた。たらりと樹の額から汗が落ちる。
「え…う…ぁ、…じゃ、よろ、よろ…」
・・・うぎゃぁー、オ、オレ、何言ってんだぁーっ!
 樹は心で叫んでいるのに口からはろくに言葉が出てこない。こういう時は焦れば焦るほど出ないものである。
「お前…もう、いいから、帰れって。」
・・・ハッキリ言って、その方が身の為だぜ?
という言葉は隠して、啓介は溜息をつきながら樹を促した。その言葉に樹はブンブンと首を縦に振っている。ここで横に振りでもしたら、明日の朝日は拝めないだろう。
・・・悪ぃ、拓海!無事でいてくれっ!
 拓海にどう無事で居ろと言ったのか樹自身理解していなかったが、とにかく心で親友の無事を祈りつつ、樹はスススッと逃げるように去っていった。
「…アニキ、拓海のダチまで脅すなよなー。」
「何の話だ?別にそんな真似した覚えはないが?」
 フッと笑って、涼介はボーッとしている拓海の髪にサラリと指を潜らせた。
・・・じゃあ、そのフッてのは何だよ!そのフッってのはー!
 兄の心の狭さに啓介は呆れた。拓海と走れるのは嬉しいが、新チームが始動したら一体どうなることやら。ほんの少し、悩みの種が増えたな…と溜息を隠せない啓介であった。

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