【幸せな夜、お寝坊な朝】 P2 涼X拓! 涼子姉ちゃん、6000Hitアリガトウです!

───カランカランッ

 店のドアに飾られたカウベルが高らかな音を立てて、新たな来客者を迎え入れた。秋名の寂しい男達こと池谷・健二・樹の3人である。

「こんばんは。…えーと、どうも、きょ、今日は、お、お招き、有り難うございます…。」
 店中の人間の視線を一身に集めて、池谷はかなり緊張している模様である。だが、ハッキリ言って涼介にはそんな事はどうでもよかった。
「で、…あの、拓海は…その、何かちょっと用が出来たらしくて…いや、…すんません。俺達だけで…」
 池谷にもその事は解っていたのだろう。聞かれる前に、申し訳なさそうに涼介にそう言った。
「いや……来てくれて有り難う。藤原が来れないのは残念だが、楽しんでいってくれ。」
 その池谷の言葉に、涼介はお決まりの返事を返したが、沈んだ声は隠せなかった。頭の中では、自分との約束を反古にするなんて、一体拓海は何の用があるんだろう?と考えて続けていた。考えても仕方ない事くらい解っているくせに、だ。

「えーっ!何で来ねぇんだよ?あいつ、何考えてやがるぅー」
 ぐぁーっというカンジで、啓介は頭を抱えた。断じて悪気は無いのだが、何につけても正直すぎる男なのだ。
「啓介!」
「だってよー、アニキぃ…」
 簡単な言葉で窘められて、啓介は拗ねたように兄を見た。どうにも、諦めがつかないらしい。だが、涼介だって内心穏やかでは無いのだ。端から見ると、全然そんな風には見えないが・・・。
「ホント、すんません。俺達だけノコノコ……」
 池谷はもう一度、謝った。自分たち秋名の人間と違って、他の峠の者は拓海に会う機会が極端に少ない。何しろ、わざわざ秋名へやってきても、峠で拓海に会う事は出来ないと言っても過言ではないくらいなのだ。今日のこの日を皆がどれほど楽しみにしていたか、同じ走り屋である池谷にも痛い程よく分かる。
「いや、謝ることないさ。………あんた達のせいじゃないんだから。用が有るなら仕方ない……だろ?涼介?」
 ボーッとしている涼介をフォローして史裕がそう言うと、涼介はハッと気付いたように顔を上げた。
「ん?…あ、ああ、そうだな。……それじゃ、時間だし、始めよう。」
 一瞬でいつものポーカーフェイスを装って、涼介がくるっと振り向いて、店の中央に向かおうとしたその時、
「あのっ……そのー……」
と、樹が何やら一所懸命言おうと声を出していた。ついでに、手もスカスカと遠慮がちに空を掻いている。一見すると、招き猫のようである。

「何だよ、言いたいコトあんならハッキリ言えよ。」
 啓介はまだ機嫌が悪いらしく、少し尖った声でそう言った。口調は少しキツイが、本当に彼には悪気はない。
「…ぅえ…そ…そのー…」
 だが、ただでさえスーパースターを間近にして緊張している上に、そういう啓介に免疫が無い樹は、よりしどろもどろになって…ハッキリ言えば、パニクッていた。
「まぁまぁ…お前は言い方キツイんだよ、啓介。…何だい?まだ何か…?」
 仕方ない…とばかりに、やはり仲介に入ったのは史浩だった。さすが、レッドサンズの陰なる仕事人である。走りではそこそこでも、チームにとっては無くてはならない人物である。
「何だよ、人が苛めたみてぇに……ちぇっ!」
 ブツブツとそう言うものの、ほんの少しだけ八つ当たりしたような気もしていて、啓介はポリポリと頬を掻いた。取りあえず、樹に当てていた視線は外す。

「あの…拓海なんすけど…多分、来るんじゃないかなぁーと…。」
「え?…おい、樹!拓海は急用なんだろ?」
「うーん、俺が迎えに行った時にちょうど電話が入って…拓海の奴もどーしよう?って迷ってたみたいだったんすけど、相手すぐ帰るみてーだから、先に行けって俺に…。こ、来ないなんて言ってないし来るんじゃないかナーって…。」
「おい…樹、先に言えよ!そういう事はー!…でも、来客じゃあなー…だいたい親父さんじゃダメだったのか?」
 拓海が急用とだけ聞いていた池谷は脱力しながらそう言った。
「…それが、居なかったみたいなんすよ、親父さん。…ハチロクも無かったし…。」
「ふーん。……って、おい、じゃあ、拓海はどうやってココに来んだよっ!」
「え?…あ、ああーっ!」
 わ、忘れてた…と、健二の突っ込みに樹は真っ青になった。
 この瞬間、涼介がポケットに忍ばせたFCのキーを握りしめた事に気づいた人間が、何人居ただろうか?

「す…すんません…。」
 シュンと樹は小さくなった。悪ぃ、拓海…とココに居ない親友に心で謝る。
「仕方ない。…健二、誰かに電話して拓海を連れて来るように……」
「あ!でも…もしかしたら、平気かも…あの電話……」
 何かを思いついたように、樹はパッと顔を上げた。顔色もすっかり戻っている。
「何だよ?誰が来るのか知ってんのか?樹?」
「え…いや、たぶん、あの人かなぁって…。ハッキリ聞いてないんすけど…。」
「あの人って誰だよ?」
 健二と池谷から寄せられる質問に、樹はあたふたしながら答え続けた。
「えっ…あ、あの、ターボ。ターボの!」
「樹…お前、ちょい落ち着けよ。ターボじゃ解んねぇって…。」
  どうどうと、落ち着かせるように樹の肩を叩いて健二が言った。
「あ、そーか。…えーと、渉さんだと思うんすよねー。何となく。」
「渉って…例のハチロクターボの?」
 そのセリフに池谷・健二は顔を見合わせ、啓介・涼介も同じく顔を見合わせた。
───以前、拓海の口から出た、自分達の知らない男の名前

「何で解るんだよ、樹。」
 池谷が不思議そうにそう聞いた。
「え?…ああ、拓海の奴、何か渉さんにだけは変な口きくんすよ。敬語とタメ口交じったみたいな…。普通、あんだけ年上の人には敬語使ってるのに、何でか渉さんには、素直に口きけないらしくて…。渉さんだったら、ハチロク無いなら多分送ってくれるんじゃないかナー?ホント、いい人なんすよ!カッコイイし!」
 その時の拓海を思い出してるのか、樹は笑い混じりにそう言った。彼の目には和美ちゃんの兄というフィルターがかかってるので、余計に渉は良い男に映っているらしい。


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