【恋の予感】 P9 (啓X拓)・・・いつものノリの話(笑)

 母にハッパかけられて…というのが、何とも情けない限りだが、とにかく無事に拓海への告白を済ました啓介は、その日から何度も秋名を訪れた。

 もちろん、夜に来ても拓海は居ないので、朝に訪れる。
ハッキリいって、啓介も朝は苦手なタチだ。完全な夜型人間なのだ。
 だが、恋の威力というのは絶大なモノである。
啓介は目覚まし時計の力すら借りずに、朝早く目が覚めるようになっていた。

 毎朝のデート・・・といえば、艶っぽい話のような気がするが、何のコトはない。
ただ、色々な話をするだけだ。でも、それだけでも最近の啓介にとっては、1日で1番大切な時間であった。
 とにかく、拓海のコトをたくさん知りたかった。そして、自分のコトもたくさん拓海に知ってほしかった。

「ガムテープデスマッチ?・・・って、お前、そりゃ、FR殺しの罠じゃねーか!」
 先日、車をぶつけたと言っていた拓海に詳しい話を聞いて、啓介は驚いた。
 しかも、相手はシビックだと言う。
FFのシビックと、FRのハチロクでガムテープデスマッチ。
これ以上はないというほど、不利なバトルである。
「・・・ったく、お前はどーして、そう無茶ばっかするかなー。」
 ガシガシと啓介は拓海の髪をかき混ぜた。
「無茶って……知らなかったんすよ。右手縛って走るのがあんな難しいなんて。
今思っても、アレはけっこーキツかったかな〜。」
 キツかったというワリには、拓海は相変わらずポヤポヤとしている。
啓介にくしゃくしゃにされた頭を整えながら、あっさりとした態度である。

 啓介は、はぁーっと大きく溜息をついた。
・・・コイツってこーいうヤツだよなぁ。
 本当に、拓海の実力は計り知れない。一体どれ程の実力を隠し持っているのやら。
・・・まあ、そこが良いトコでもあるんだけどなぁー。

「・・・で、誰とヤッたんだよ?そのバトル。」
 何も知らないヤツにそんな危ねぇバトルをけしかけるとは、かなり性格が悪い野郎だ!と、憤りながら啓介は尋ねた。
 何より、拓海を縛ったというのが啓介の気に入らない。
「え?・・・んーっと、確かナイトキッズの・・・」
・・・ああ?又ナイトキッズかよ!ったく、アソコはロクなヤツがいねーな!!
「?何だっけ・・・えーっと・・・あ、庄司慎吾とか言ったかな?」
 ようやく思い出したとばかりに、拓海はポンと手を打って答えた。
「庄司慎吾・・・な。」
 ニヤリと啓介は笑ってみせる。
・・・どーせその内、ナイトキッズ戦もあんだろ。覚えてやがれ!絶対ギタギタにしてやるぜ!
 心で密かに誓った啓介であったが、どうやら拓海には見破られたらしい。

「啓介さん?どーかしたんすか?」
 いきなり黙り込んだ啓介に、拓海が訝しそうな顔をする。
「啓介さん・・・なーんか企んでますって顔してますよ?」
「ん?そうか?・・・んー、まぁ、ちょっとダケな。」
やっぱり何か企んでるのか・・・。じとっとした目で拓海が啓介を見る。
コレも拓海が啓介に『初めて見せる顔』だ。

 こうして会う時間を重ねる度に、くるくると拓海の表情が変わるようになってきた。
 口調が相変わらず敬語混じりなのが気に入らないのだが、拓海に言わせると『年上の人にタメ口なんかきけない』の1点張りだ。思った通り、頑固者である。
機嫌を損ねられては叶わないので啓介はあっさりと引き下がった。

 拓海の態度は少しずつ砕けてきている。自然になってきてると、表現した方が良いかもしれない。
 だから、そう急ぐこともない。少しずつ、少しずつ、変わっていく様と楽しむのもいいかもしれない。
 拓海が少しずつ啓介に馴染んできている事はよく分かる。今は、ただ、それがとても嬉しいのだ。

・・・こいつってびっくり箱みてぇ。次はどんな顔すんのか、めちゃ楽しみだゼ!
 啓介の表現力など、この程度であるが、とにかく拓海のいろいろな顔が見れるココ最近、彼は幸せいっぱいであった。

───だが、楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
 1つの花束がもたらした波紋が、どう拡がっていくのか啓介には解らなかった。

 ある日、拓海の元に届いた花束に付いていたカードには、簡潔なたった1言。
『8月X日 午後10時 秋名山頂上』
 これこそが、群馬中の走りを愛する者達が待ちに待っていた、この夏もっとも熱いバトルの挑戦状であった。

「啓介」
 フンフンと鼻歌を口ずさみながら廊下を歩く啓介に、涼介は呼びかけた。
「何だ?アニキ。」
「少し話があるんだ。」
 入れよ、と涼介は親指で自室を指し示し、啓介を促した。
「!」
 話と言われて、啓介はピンときた。何の話なのかは、聞かなくても解る。
啓介は、真剣な顔になって黙って涼介の部屋に入り、定位置である兄のベッドに腰を降ろした。

「話って何だ?アニキ。」
 いつもの問いかけ。でも、啓介の表情は固い。
啓介が話の内容に気付いていることくらい、涼介にはすぐに解った。
伊達に長年、兄弟なんかしていない。ましてや啓介は、忙しい両親に代わって涼介が面倒みて育てたようなモノなのだから。

 最近の啓介は、特に楽しそうにしていた。時々、話をしている時に、藤原がどーだこーだとこぼしつつ、笑みを浮かべる。その時の啓介の顔といったらまるで子供のように嬉しそうで、見ている涼介も自然と笑みを誘われた。
 だから、ほんの少しだけ涼介も迷った。今回のバトルは、もしかしたら啓介の幸せに水を差すことになるのかもしれない。少なくとも、啓介は、今回のバトルをあまり望んではいないのだろう。

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