【恋の予感】 P7 (啓X拓)・・・いつものノリの話(笑)
(SCENE 4 啓介の受難)
───サァァ・・・
早朝の秋名。
今朝は少しだけ、風が強い。風に揺らされる梢の音が、いつもよりも高らかに響いている。
───だが、啓介の夏の暑さだけのせいだけじゃない熱さを孕んでいる体には、ちょうどイイ具合だ。
とりあえず、何とかセリフも考えて、相変わらずこの山で待ち伏せをする。
白黒ハッキリさせてやるぜ!と、啓介の心はもう決まっていた。
───だが、ハチロクが来ない。
「おかしーな?」
啓介が呟いて、山頂を見上げた瞬間、上から1台の車が下りてくる音が聞こえた。
・・・違う。アイツのハチロクの音じゃねぇ。
啓介にはすぐに分かった。でも、その走りを見た途端、啓介はFDに乗り込んだ。
・・・ハチロクじゃねーけど、乗ってんのはアイツだ。あの走りは間違いねぇ!!
FDに乗り込んだ啓介は、走り去る車の後を追った。
・・・考えて考えてココまで来たんだ。今日は絶対、逃がさねぇぜ。
後ろからすごい速さで追ってくるFDに気づき、拓海は車を路肩に寄せた。
ブレーキランプが点灯し、ゆっくり止まる車に続いて、啓介もFDをその後ろに停車させる。
啓介は急いで車から飛び出した。前の車からはゆっくりと拓海が降りてくる。
・・・やっぱり藤原だ。でも・・・
「何でハチロクじゃねーんだよ?」
啓介は思うと同時にその疑問を口にした。
『おはよう』の一言も言っていない事に、気づいているのやら、いないのやら。
でも、幾分呆けてる拓海は何とも思わなかったらしい。
ぼーっと普段よりずっと眠そうな顔で、啓介の顔をじっと見つめた。
「おい?藤原・・・お前、寝てんじゃねぇだろーな?」
イマイチ反応が無い拓海に、啓介は不安になったのだが、
「起きてますよ。もちろん・・・っはよーございます。」
そう言って拓海は、ふぁぁ〜と大きな欠伸をした。
「・・・ハチロクどーしたんだよ?」
起きてはいるが、自分の問いなど全然頭に入ってないらしい拓海に、カクリと肩を落としながら啓介は再度尋ねた。ここにきて、ようやく、拓海のテンポが掴めてきたらしい。
「車、いま板金出してんすよ。だからダチの車です、コレ。」
拓海は自分が先程まで乗っていたレビンを指さして、そう返事を返した。
秋名SSのステッカーが貼ってある、拓海の乗る『トレノ』の兄弟車『レビン』である。
「板金って…何で?」
「何でって・・・ぶつけたからに決まってんじゃないすか!訊かないで下さいよ・・・んなこと。」
拓海は唇を尖らせて、拗ねたようにぷいっと横を向いてしまった。
大きな瞳が自分を映さなくなって、啓介はほんの少しモノ悲しい。
「ぶつけた・・・って、まさかお前が…じゃねーよな?」
恐る恐る訊いてみた。拓海に限ってまさか…と思った。だが、拓海は、
「〜オレっすよ。悪かったっすね。」
真っ赤になりながら、怒ったようにそう言って来たのだ。
啓介は驚いた。慌てて、拓海に突っかかる。
「なっ何だって!!…で、具合は?!どうなんだ?!」
「?…車は大丈夫っすよ?フェンダーへこんだくらい…痛っ!」
とんちんかんな返事を返す拓海の手首を、啓介はギュッと掴んだ。
「バカやろ!誰がんなこと訊いてんだよ!!お前、体は?!ドコも何ともないのか?ああ、何だって呑気に運転なんかしてんだ!ちゃんと病院行ったんだろーな!!」
矢継ぎ早にまくしたてる啓介に、拓海は口を挟む隙もない。
ポカンとして、自分に話しかけてる啓介の顔を見つめていた。
「おい、藤原!!聞いてんのか?お前!」
答えない拓海に、啓介は焦った。無意識のうちに尚更強く掴んだ手に力を込める。
「…痛い」
ボソッと拓海が言った。顔はずっと啓介を見たまま、ぼーっとしている。
「え?!痛いってドコが?やっぱり、どっか怪我してんのか?」
真っ青になりながら、焦って問いかける啓介に拓海がまたボソっと答えた。
「手。離してくれませんか?・・・すっげー痛いんすケド・・・」
「え?!・・・あ、悪ぃ!」
言われてパッと、啓介は掴んでいた拓海の腕を離した。
「・・・ホントにすまねぇ。跡、残っちまったな。勘弁な。」
細い手首にくっきりと残ってしまった指跡をさすりながら、啓介はすまなそうに目を細めた。
拓海はじっと啓介の瞳を見つめる。どうやら、こうしてじっと見るのはクセらしい。
ほんのちょっとだけ邪な感情を抱いている啓介にとっては、心臓に悪い事この上ない
眼差しなのだが・・・。
「別に…構わないけど。こんなのすぐ消えるし。」
啓介の瞳の中に誠実な光を感じ取った拓海は、怒りの矛先を納めて穏やかにそう言った。
・・・この人、もしかして割とイイ人なのかもな。
拓海は何となくそう感じた。そして無意識にふっと肩から力を抜く。
「オレ、別に何ともありませんよ。ちょっとガードレールにぶつけただけだし。
オヤジには殴られたけど・・・。」
ニコっと拓海は小さく笑いかけた。
「ガードレールにぶつけた?お前が?」
信じられないという顔で問い返されて、拓海はコクリと頷いた。
「スベッてる時にわざと後ろからぶつけられて・・・腹たってオレ・・・ちょっとキレてたから・・・」
「え?」
「車、曲がらないから、ガードレールにぶつけて曲げました。」
至極あっさりと、拓海はとんでもない事を、何でもないように口にした。
・・・やっぱり、コイツ、普通じゃねぇ!〜やるかよ?そんなコト!!
「〜〜お前、頼むからそーいう無茶、すんなよな。死んじまうぜ?そのうち。」
大きく溜息をつきながらそう言った啓介に、拓海は?マークを飛ばした顔で
コトンと首を傾げてみせた。どうやら分かってないらしい。
「・・・ま、無事でよかったぜ。ホントに。」
はぁーと啓介は大きく息を付いた。本当に安心した、といったカンジだ。
「変なの・・・人事なのに、何でそー心配なんだか。」
くすっと拓海は笑い出した。啓介の思わぬオーバーアクションが、何だかとても可笑しかった。
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