【恋の予感】 P3 (啓X拓)・・・いつものノリの話(笑)

 少しずつハチロクがGT-Rから離されて行く。
 自分がバトルしているワケでもないのに、自分が走っている時より焦っているのは何故なのか?
もどかしいような気持ちが、啓介の内側を苛んだ。

「ジリジリと離されていくぜ…」
 目の前の車を見つめながら、焦った声でそう言う啓介に涼介は苦笑した。

・・・こないだから俺が言っていた事をちゃんと聞いていたのか?啓介・・・。
 中里とハチロクの走りを分析しつつ、涼介は弟の様子に溜息をついた。
・・・ハチロクの勝負はこんな所じゃ決まらないさ。
 涼介は目前のハチロクのテールランプを見つめながら、言葉を継ぎ足した。
「ダウンヒルスペシャリストの本領発揮はこれからさ!」

 涼介の言葉通り、少しずつハチロクの走りが変わってきている。
連続したコーナーで、啓介はその事に気が付いた。
間に短いストレートを挟んだきついコーナーだ。並の走り屋にとっては、かなり難しいコーナーだろう。もっとも、拓海にそんなことは関係ない。
 それぐらいはもちろん解っていたが、目の前で披露された走りに啓介は驚いた。
拓海のハチロクは、短いストレートを流しながら抜けていったのだ。
 もちろん、隣の兄も驚いている。ゴクリと唾を飲み込む音が啓介の耳に届いた。

「何てスピードだよ!アイツ…」
 啓介の背に悪寒が走り、冷や汗が額から流れ落ちる。
頭の中に浮かんだ『死』という言葉を、あえて啓介は口にしなかった。

「確かに…スピードが乗りすぎているようにも見えるが…。」
 言葉を切って、涼介はニッと口元に笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。アレはちゃんとコントロールされてるよ。アイツはもしかしたら、自分の手足よりも上手くハチロクを動かせるのかもしれないな。」
 涼介はそう言って、拓海のハチロクを追って鮮やかにコーナーを曲がった。

 曲がった先に目に入ったのは、ハチロクのテールランプ。
だが、その光は目に止まらぬ速さで次のカーブへと消えていく。
 啓介はハッと気が付いた。ハチロクがフッフッと消えて見えるこの走り。
・・・俺を負かした、あの時の走りだ!
改めてこうして眺めて、尚更啓介は拓海の走りに舌を巻いた。
・・・いよいよ、本気出してキレやがったか、面白くなってきたぜ。
ニヤリと啓介は笑って、隣の涼介を伺った。
啓介と違い、涼介は真剣そのものの顔で、ステアリングを握っている。
啓介が初めて見る、本気の涼介の姿である。ゴクリと啓介は息をのんだ。

 目前では、ついに拓海のハチロクがGT-Rのテールを捕らえている。
だが、ここは低速コーナーだ。ハチロクはどうしても立ち上がりで負けてしまう。
それでも、めげずに突っ込む拓海に、啓介は思わず叫びそうになった。
・・・無茶すんなよ!お前!

 そして迫る高速コーナー。ハチロクは間違いなく100キロを超えるスピードでガードレールをかすめて走っていた。
 そのおかげでGT-Rとの差は詰まったが、もうそんな事はどうでもイイ。

・・・バカ野郎!一歩まちがえれば死んじまうゼ?!
ゾォっと啓介の全身を悪寒が走り抜けた。そんな事は許さないとばかりに目の前の車を睨みつけて、そして気づく。
 あれが、拓海の走りなのだと。非力なハチロクでバトルする、彼のいつもの走りなのだと。

 啓介は肩の力を抜いた。いつもの走りであるならば彼がミスをするハズも無い。
冷静になってそれに気づくと、啓介の身にまた、ワクワク感が蘇った。
・・・まさに限界バトルだ、勝つのはどっちだ?!
 そう思いながらも拓海の勝利を願っている自分に、啓介はまだ気づいていなかった。

 そして、ついにバトルの終盤。
啓介が抜かれた連続ヘアピンへと舞台は移動していた。
大外から何度か、拓海のハチロクがGT-Rに仕掛けていく。
インはがっちりGT-Rに阻まれているせいだ。

 ・・・やっぱ、あいつって走り屋じゃねーのかも。
その走りを見て、啓介はそう思った。少なくとも普通の走り屋では無いだろう。
内側からでもココで抜くのは難しい。ましてや外側からなんて、相手が余程のミスでもしない限り絶対にムリである。

 ・・・でも、そのチャレンジ精神は立派に走り屋なんだゼ?
気づいてるか?藤原… と、啓介はあの朝『俺は走り屋じゃない』と言った拓海に心でそう告げていた。

「目を離すなよ、啓介!ハチロクが抜きにいくぞ!」
 兄のその呼びかけに、自分の気持ちに目を向けていた啓介はハッとして、前を見た。
相変わらずGT-Rがインを占めている。
・・・抜くったって、どうやって?
 そう思った瞬間、GT-Rのラインがほんの少し、外側へとずれる。

───そして、ドラマはその瞬間に起こったのだ。

 小さなその隙を見逃す事なく、見事なブレーキングで拓海はコースを変更した。
ラインをクロスさせて、内側からGT-Rをパスしたのである。
「ああ!」
 啓介と涼介はハモって思わず声を上げた。
まさか、あんな事が出来るモンなのか?!
そう思ったが、実際に目の前で起こった出来事を、誰も否定出来ないだろう。

 驚いて目を剥く2人の目前に、スピンしたGT-Rが迫ってくる。
「フン」と小さな声を出して、涼介は鮮やかにその車をパスした。
この出来事で、2人は幾分かの落ち着きを取り戻す。

 だが、もう目の前に居たハチロクは逃してしまった。
バトルはこれで決まりだが、出来れば最後まで拓海のハチロクを見ていたかったと啓介は拓海が走り去った秋名の道路をじっとそのまま見つめ続けていた。

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