【恋の予感】 P2 (啓X拓)・・・いつものノリの話(笑) (SCENE 2 啓介の自覚)

「本当に来るかな?」
───『来る!』
 兄のその言葉を聞いた途端、啓介の頭の中に、すぐにこの言葉が走り抜けた。
 理由なんて無い。ただ───そう感じただけだ。
不思議なカンジだ。ワケもなく、心が高揚している。
ワクワクドキドキってのはこういうカンジなのかもしれない。
「いやー来るよ。アニキ・・・俺には確信があるんだ。」
 そう。───確信しているのだ。
今、アイツがこの場所に向かおうとしているのを、とてもリアルに感じている。
ドライビングシートに座りステアリングを握っているアイツの、目前の景色までも見えるようだ。
───まるで、見えない糸か何かで繋がってるみたいに。

 涼介は何も言わずに、そうか・・・と言うようにフッと小さな笑みを浮かべた。

 啓介は想いを馳せる。
早朝、秋名で出会った藤原拓海。
一瞬で自分を魅了したあの走りと・・・そして、何よりあの瞳。
怒りながら自分を見た、あのまっすぐな、燃えるような瞳。
 まるで、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
ワケもなく、『コイツはヤバイ』と思ってしまった。
───何を『ヤバイ』と思ったのか…未だにハッキリしないけれど。

 そうこう考えている間にも、刻一刻と時間は過ぎる。
10時までには、後ほんの数分しか残ってない。
「・・・遅いな。」
 自分の勘は外れたのだろうか?やはり、アイツは来ないのだろうか?
焦る気持ちが心に生まれて、啓介は苦笑した。
自分は今日のバトルの相手じゃない。焦る必要なんてドコにも無いのに。

・・・オレってバカみてーだな。
 心で呟き、フッと啓介が苦笑した、その時に、
───聞き覚えのあるエンジン音が聞こえた気がした。
ハッとしたように顔を上げると、今度は下からざわめきが聞こえて来る。
「来たようだな」
兄のその言葉に、ポカンとなって───そして、啓介は口元に笑みを浮かべた。
ただ、たまらなく嬉しかった。

 ハチロクが、ゆっくりとGT-Rに並んで止まる。
ガチャッとドアが開いて、アイツが姿を現した。

 ほっそりした、まだ成長途中のような肢体と腕。
どこまでも優しげな整った顔と大きな瞳。
少年らしさを残したその立ち姿に、中里も驚いている様子だ。
ムリもないだろう。自分だって驚いた。

・・・でも、間違いなくソイツが秋名のハチロクなんだぜ。
 啓介は心で呟いた。
子供だと思ってナメてかかると、とんでもなく痛い目を見る事を、啓介は誰よりも知っている。
もっとも、啓介は事前に拓海の走りを知っていたので、前回のバトルでナメてかかったつもりは毛頭ない。
───それでも、啓介は負けたのだ。あの『秋名のハチロク』と呼ばれる少年の走りに。

───さあ、どう出る、中里!・・・どうする?ハチロク・・・
GT-Rとハチロクでは、あまりにも車のパワーが違いすぎる。
GT-Rの車体が重いというマイナスポイントを差し引いても、到底ハチロクなんかで相手にできるモノではない。

 でも、それでも、啓介は拓海が負けるとは思わなかった。
拓海ならば・・・秋名の山で2度も自分を負かした彼ならば、とんでもないドラマを見せてくれるかもしれない。
 啓介はドキドキしながら、一心にスタートラインに並んだ車を見つめていた。
誰かのバトルをこんな気持ちで見るのは初めてだった。

「啓介」
 涼介の呼びかけが耳に届く。
聞こえていたが、啓介は返事もせずに2台の車を見つめ続けた。
 涼介は息をするのも忘れたような弟のそんな様子に、苦笑して言葉を続けた。
「FCのナビシートに座れよ…特等席から今日のバトルを見物させてやるよ」
 兄のその言葉に、啓介はバッと振り向いた。現金なモノである。
「急げ。もう始まるぞ。」
 既にバトルのカウントは始まっている。
啓介は涼介に言われるまでもなく、急いでFCのナビに乗り込んだ。

───そして、バトルが始まった。

 スタートは、やはりGT-Rが前に出る。だが思った程、差が開かない。
中里が手を抜いて走っている事に啓介はすぐに気が付いた。
「中里のヤツ…アクセルゆるめてハチロクを待ってやってるぜ。」
 自分が手を抜かれたワケでもないのに、啓介はものすごくムカついた。
すぐ前を走る、ハチロクの中のアイツも恐らくムカついているのだろう。

 早朝、秋名で待ち伏せてケンカしてしまった朝を思い出す。
拓海が実は負けず嫌いで気が強い事に、啓介はあの朝、気が付いたのだ。
苦い思い出だが、拓海の事を少しでも知れた良い機会でもあった。

・・・後悔すんゼ、中里。
スタートのココでハチロクを離せなければ、絶対に拓海には勝てないと啓介は思う。
特に、この秋名では。

 第1コーナー、第2コーナーと、鮮やかなブレーキングドリフトをかましながら目の前をハチロクが駆け下りて行く。
あいかわらず、啓介の目を釘付けにする見事なダウンヒルである。

「こうして近くで見ていると、まるで芸術だな、あのドリフトは…」
 バトルの邪魔にならないように、それでいて離れない位置にFCを置きながら、間近で初めて拓海のドリフトを見た兄が感嘆したようにそう言った。
何とも、兄らしい表現である。
 啓介は、兄に視線を移した。
兄の声に、いつになく喜びのような感情が見え隠れしている。
───それが気になったからだ。
「感動的だぜ。」
 兄の目は、目の前のハチロクから1度たりとも離れない。

・・・やっぱり・・・な。アニキも気に入ると思ったゼ。
 アイツの走りに誰もが夢中になるだろうと解っていても、何だかそれが面白くない。
一体この感情は何なのか。
 啓介は、もどかしい自分の感情を振り切るように首を振ると、また目前のハチロクへと視線を戻した。

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