【恋の予感】 P11 (啓X拓)・・・いつものノリの話(笑)

『アニキ…ハチロクに勝つ自信…あんのか?』
 赤城の白い彗星と異名を持つほどの兄に、ある日啓介は尋ねた。どんなに考えてみても、勝負の行方の予想がつかない。───それほどに、拓海の走りは驚異的であったから。
『さあな。そんな事、やってみなければ解らないさ。…だから、面白いんだろう?』
涼介はフッと笑いながらそう答え、そして、その言葉に頷いた啓介にこう言ったのだ。
『最も…初めから負けるつもりで勝負する気はないぜ?今のオレは柄にもなくワクワクしてるよ、啓介。…今度のバトルは、久々に全開ドライブだ!』

 思い出して、啓介は苦笑した。
兄と拓海は、どこかに同じスピリッツを持っているのかもしれない。
「お前ってやっぱ気ぃ強いな。」
「そうっすか?でも…今、何か変なカンジなんです。ワクワクしてるっていうか、モヤモヤしてるっていうか…。こんなにもバトルしてみたいなんて思うの、オレ、初めてかもしれないな〜。」
  言いながら空を仰ぐ拓海を、啓介は眩しげに見つけた。
「頑張れな。・・・じゃ、オレ、帰るから。・・・お前のコンセントレーション、乱すのもイヤだから、しばらくは朝も来ない。・・・土曜に夜に、またな。」
「はい。」
 その啓介の言葉に、拓海はコクリと頷いて答えたのだった。

「アイツ・・・ホントに俺の気持ちなんて解ってねぇなぁ。」
 FDを走らせながら脳裏に頷いた拓海を思い浮かべて、啓介は苦笑した。
『しばらく会わない』の1言を言うのに、自分がどれだけ苦しんだかなんて、絶対拓海は解っていないだろう。
「ったく、俺もこんな不利なバトルは初めてだぜ。」
車のバトルじゃねーけどな・・・小さく啓介は呟く。
 不利なバトルと言いつつも、止めるつもりは毛頭ない啓介だった。

 走り去る啓介の車を見送りながら、拓海は微笑んだ。
「やっぱ、あの人…イイ人だな。」
 小さくそう言うと、拓海もハチロクに乗り込んで秋名の山を駆け下りた。


───そして、土曜日の夜。
 秋名山は、これまでにない程の熱気を持って、今に訪れるだろう主役を待っていた。

 ここ数年、群馬で『不敗神話』を築き上げ、圧倒的なカリスマをもって君臨していた
赤城の白い彗星こと、高橋涼介。
 そして、この夏、あまりにも突然に現れ、非力なマシンを操りながらも驚異的なテクニックで群馬中の走り屋の憧れとなった、謎の走り屋である秋名のハチロク。
 この2人のどちらがより速いのか───今夜、それが明らかになるのだ。

───カァァァ
 甲高い音を響かせながら、パンダトレノが秋名の山を登っていく。
集まったギャラリーは熱狂的な歓声でもって、その車を迎え入れた。

 頂上に着くと、車から降りた拓海は涼介と視線を合わせた。
「待ってたぜ。…必ず来てくれると思ってたけどな。」
 拓海の側まで近づいた涼介はそう言ってふっと笑った。
啓介とはまた違った、魅力的な笑顔である。

 この人たちは一体自分に、何をそんなに求めているのか?
絶対的に経験の少ない拓海は未だに己の実力を解っていない。
だから尚更、バトルを挑んでくる涼介たちの気持ちも、もちろん今夜ここに集まってきた多くのギャラリーたちの気持ちも分からない。
 だから拓海は、自分の技術を誉めてくれた涼介に対して正直に告げた。
「皆、多分オレのコト買いかぶって勘違いしてると思いますよ。ただここに慣れてる分、上手く走れてるだけだから…」
 嫌みではなく、拓海が心からそう言ってるのが判って、涼介は心の中で笑った。

・・・本当に無自覚なんだな。面白い奴だ。
 そして、その気持ちを正直に拓海に告げた。
「おもしろいことを言うやつだな。」
 いつも拓海が啓介に言う台詞を、今度は涼介が拓海に言った。
複雑そうな顔をした拓海の様子にも微笑んで、涼介は言葉を続けた。
「世の中にはよくあることだが…自分のことを自分でも分かっていないってな…」
 涼介のその言葉が、拓海の心の中にある何かに触れた。ドキリとした。

・・・それかもしれない。
 ここ最近、自分の中でモヤモヤしていたモノの正体を拓海は感じた。
───自分の知らない自分を、オレは知りたいのかもしれない。……きっと、このバトルの先にそれが見える。そんな気がする。

 涼介の言葉に、拓海の中で何かが目覚めたように、彼の瞳の輝きが変わった。
その瞬間、拓海に強く心惹かれた事を、涼介は否定できない。
多分、コレがあれ程に強く啓介の心を捕らえたモノの正体だろうと、涼介は思った。
・・・危ない、危ない。
 これまで培ってきた自分の理性に、涼介は感謝してほんの少し腹を立てた。何だか複雑な気分である。

 涼介は苦笑して、啓介に自分の上着を渡した。
拓海の瞳の輝きが、走り屋としての涼介に火をつけた。
───もう、誰にも止められない。
「始めるか。・・・楽しい夜に…なりそうだぜ。」
 楽しそうにそう言って、涼介はFCに乗り込んだ。

 ……こうして、誰もが固唾を飲んで見守る中、この夏1番のバトルの火蓋が切って落とされたのである。

───ドドドドドッ
 バトル終了後、2台の車のエンジン音を聞きながら、涼介と拓海は対峙していた。
お互いの目は、まだ、バトルの興奮の余韻を残したままである。

「?」
 心なしか、口元がキュッと引き締まっていて、何か怒っているような拓海の様子を涼介は不思議に思った。
 涼介にとっては何ら悔いのない、非常に満足できるバトルだった。
互いに全力を出し切れた、素晴らしいバトルだったと思う。
拓海はそう思わなかったのだろうか?

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