【ラブリー・エンジェル】 P9 (兄弟X拓…と思う )

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───そして、5日の時が過ぎた。
 その頃には、タクミは初めからこの家に生まれた子であるかのように、高橋一家に馴染んでいた。(と、言うか、初めから家族内での取り合いだった。)
 だが、なんとタクミの身元が判明し、渋川という町の『藤原』という家の子であることが分かったのである。本名は『藤原拓海』と言うらしい。
 母親は既に亡く、父親は生きているが入院中だった。一時的に預かっていた近所の人が責任を問われるのを恐れて、今まで届けていなかったのである。

「じゃあ、拓海はどうなるんだよ!」
 警察から連絡を受けた母親に、啓介は掴みかかるように尋ねた。
どうなるもこうなるも、本来なら返すのが当たり前だ。考えるまでもない。
 顔色を白くさせて今にも泣き出しそうな啓介に、母は微笑んだ。
「啓介、男の子がそんな顔しないの!…詳しい事はまだ決まってないけど、せめて、あの子のお父さんのケガが治るまでの間だけでも、ウチで預かりたいって話をするつもりなのよ。善は急げってコトで、明日会いに行くんだけど、あなた達も行ってみる?」
 その母の台詞に、息子達は一も二もなく頷いた。何が何でも、その父親とやらを説得するぞ!との決意を込めて・・・。

★☆★☆★

「・・・ぶ、文太?!」
 拓海の父親が入院しているという病院の一室に入った途端、滅多なコトでは表情を変えない高橋家の家長はポカンと口を開けて、言うなればボケ面で固まってしまった。
「・・・よお」
 対して、拓海の父だという男は病院のベッドでタバコ(とんでもないヤツだ)をふかしながら、驚いた様子もなく挨拶を寄越してきた。とても子供を預かってもらっている男がその相手に対して行う挨拶ではないが、悪気はないらしい。

「父さん?ご存じの方なんですか?」
「……あ、ああ。……古い友人だ。」
「何だよ、それ!父さん、何で拓海を見た時わかんなかったんだよ!」
「おいおい無理言うなよ、啓介。もう一昔以上会ってないんだから、赤ん坊見て分かるわけないだろう。」
「・・・でも、文太さんの名前は警察から聞いてたじゃないの。」
「俺はお前から名字しか聞いてないぞ。」
「あら、そうだったかしら〜?」
 そのやりとりを耳にして、どっちもどっちだな、ウチの親は……と思いつつ涼介はそっと溜息を吐いた。

「すごい偶然でしたね。…これなら話が早そうだ。さあ、父さん。」
 拓海の父親が父の友人であった事など、どうでもいいとばかりに、涼介は驚きで本題を忘れかけている父を促した。
「あ…ああ。…文太、お前が拓海君の父親だったとはな。驚いた。」
「俺は名字聞いて予想ついてたぜぇ?お前が医者になったって噂は聞いてたからな。
・・・ウチのガキが世話になったな。恩に着る。」
 そう言って無愛想な男は軽く頭を下げた。これでも多分、この男にとっては最大級の礼なのだろう。感謝の気持ちが多く込められているのが伝わってきた。

 その様子を見て、高橋家の母親が拓海を抱いて、文太の手の届く位置まで歩み寄った。
 だあ、だあと喜んで手を伸ばす拓海がソコにいた。自分の父をちゃんと覚えていたようだ。
 文太は包帯を巻かれた上手く動かない手で、それでもサラサラと愛し子の頭を撫でた。
口元に小さく刻んだ笑みに彼の喜びが見てとれて、その姿に一同、にっこりと微笑みをもらす。
「初めまして、藤原さん。」
 人好きする笑顔、つまり猫かぶりをして挨拶をする母を見て、涼介が拓海をその腕から貰い受けた。拓海はぐずるコトもなく涼介の腕に収まり、きゃっきゃっとご機嫌に笑っている。
「あんた、コイツの奥さんかい?…ふん、別嬪を捕まえたじゃねーか。」
「ニヤリと笑って父へ視線を移す文太に、父はフッとお決まりの微笑を返した。
「え?…あら、やだ。そんな本当のコト…」
 恥ずかしげもなくそう言う母に、涼介は額を抑えて溜息をついた。
「何言ってんだよ、おっちゃん。母さんより拓海のが何万倍も可愛いぜ?」
 一方、啓介は文太に向かって生意気にもそんな事を言い、母の容赦ない鉄拳が次男の頭に落ちる。それも満面笑顔を文太に向けたままであるところが、彼女らしい。

 涼介はもう1度、話を進めろとばかりに父を見上げ、高橋家の家長は近くの椅子を引き寄せ文太を覗き込むような姿勢をとった。
「文太。…話は聞いてもらってると思うんだが・・・。」
「ああ。…悪ぃな。拓海を助けてもらった上に世話まで頼むのは俺も心苦しいんだが・・・悔しいが今の俺はソイツに何もしてやれねぇ。」
 その言葉に拓海への溢れる愛情を感じて、一同は黙って文太の声に耳を傾けた。
「ウチには親戚もいねーし、施設送りってのもしょうがねぇと思ってたんだが・・・」
「文太。ウチの事は何も気にしなくていい。お前が嫌でないなら、預けてもらえないだろうか?」
 古い友人に、文太は視線を止めた。
昔から変わってない。ちょっと上流社会の匂いをもつ男。でもそれをハナにかけるでもなく、恩着せがましいことも口にしない。
 どう見ても下町育ちの文太とは全然違う種類の人間だが、やけに気のあった友人の一人だった。
「・・・年は食ったけど、お前、変わってねぇな。」
 尋ねられた言葉の返事ではなかったが、苦笑しながら告げられたその言葉は父への信頼のようなものを感じさせた。
「年食ったのはお互い様だろう?・・・でもお前も中身は変わってないな。」
 同じく苦笑を返しながら軽口に答える父は、何だかとても楽しそうで、涼介と啓介は不思議だった。こんな風に砕けて他人と話をする父を見るのは、よく考えれば初めてかもしれない。



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