【ラブリー・エンジェル】 P10 (兄弟X拓…と思う )
この文太という男は、素直にモノを言うのが苦手だが大事なことは分かってる人だ。
涼介は2人のやりとりを見ていてそう感じた。
啓介も直感で、このおっさんはイイヤツだと感じたらしい。
男を見る目が警戒するものから、興味深げなものに変わっている。
拓海の父がこんな「いい奴」に分類される人間で本当によかった…と、2人は内心で喜んでいた。
「俺もさっさとこんなトコおん出て、もう一度やり直す。ただ、ココの治療費払わねぇとなんねぇ上に、ロクに蓄えもねぇ。・・・しばらくは引き取れないと思うぞ。」
さっさと出たい…という文太の気持ちは痛いほど分かる。
でも、高橋家の両親は聞いていた。文太のケガは腰で、結構酷いのだ。
命には別状ないが、時間がかかる治療になるのは想像に難くなかった。
「ウチはいつまででも構わないさ。そのつもりでなければこんな事は言わないよ。
・・・でもお前、車の事故って聞いてたが、相手は?お前がミスった…ってわけじゃないんだろう?」
文太が異常なほどのドラテクの持ち主であると知ってるからこその台詞である。
「…んー、まぁ。山の動物に金、請求するワケにはいかねぇよ。スピンするとこまではOKだったんだが、対向車がいた。運が悪かったな」
文太は苦笑した。でも起こってしまった事をグジグジ言ってるようには見えない。
しかたないの一言で終わらせることの出来る人物なのだろう。
「そうだったのか…。それは不運だったな。」
「過ぎたコトは言ってもしょうがねぇ。生きてりゃ何とかなるさ。
・・・そうだな。拓海が小学生になる頃には迎えに行く。それまで、ソイツを頼めるか?」
文太はそこで、涼介の手に抱かれる我が子に優しい視線をむけた。
…と言っても、目が細すぎて優しいかどうかは分からないが、何となくそう思えた。
「もちろんです。この子は俺達がちゃんと世話をします。」
そう言って、涼介は傍らに立つ啓介を引き寄せた。
啓介は勝ち気な瞳を輝かせて文太を見、まかせとけよ、おっちゃん!と、自信満々で返事をしている。
「貴方はまず、体を治すことに専念して下さい。そして生活の基盤をしっかり取り戻してから、この子を迎えに来てあげて下さい。」
どう見ても年に似合わない言葉を吐いた涼介に、文太はフッと笑った。
「……坊主たち、名前は?」
「涼介です。」
「俺は啓介!」
涼介は毅然とした態度を崩さないまま。対照的に啓介は、ハイハイと手を挙げて、元気いっぱいに文太に答えてみせた。
そんな二人にまたフッと笑って、文太は高橋家の両親を眺めた。
「2人とも親によく似てんなぁ。特にアニキの方は、若い頃のお前のコピーって言っても信じられそうだぜ。」
クスクス笑う文太に言い返す言葉もない。
高橋の両親も、息子達が自分達にそっくりなコトを知っているのだ。
「ふん、勝手に言ってろ。…拓海君の方は、お前に似なかったようだな。
瞳がくりくりして可愛いぞぉ。一目見た時は女の子かと思ったぐらいだ。」
「ああ。ウチんガキは母親似だな。ま、性格はまだ分からないけどな。…きっと速くなるぞ。俺のカンだ。」
ニヤリと文太は満足げに笑った。
「・・・お前、懲りない男だな。…まったく。」
まだ赤ん坊の拓海を捕まえて、なんてこと言うのだろう、この男は。
全然変わってない旧友に、高橋の父はカクリと肩を落とした。
「お前んトコのガキも筋がよさそうだぜ。きっと速いヤツになれるぞ。」
「人の息子までか…。フッ…まだ車に乗ってもいないチビ掴まえて、お前ってヤツは・・・」
苦笑して告げられたその言葉に、速いというのは車のことなのだと、他の皆にも分かった。
「バカだな、高橋。そういうのはな、目の輝きで分かるモンなんだよ。」
ケケケッと笑う文太に呆れつつ、高橋の父も小さな笑顔を返していた。
「涼介。啓介。」
どうやら君付けなどする気はサラサラ無いらしい文太は、既に兄弟2人を呼び捨てである。
でも2人とも何故か悪い気はしなかった。
涼介も啓介も、この自分を飾らない男がひどく気に入ったのだ。
「拓海のこと、よろしく頼むな。」
その文太の言葉を聞いた途端、涼介は、腕の中の柔らかな重みを確かなものとして感じた。
───これで、拓海は今から本当に、俺達の宝物になる。
「もちろんです。」
「おう!」
2人は大きな声で返事をして、頷いてみせた。
こうして、拓海は今後、高橋家で数年過ごすことが決定したのである。
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