【ラブリー・エンジェル】 P11 (兄弟X拓…と思う )

(SCENE3 名前を呼んで)

「何でだよ〜!…なぁ、拓海。ちょっとだけ?ちょっとでいいからさぁ〜。…な?な?」
───ある日曜日の昼下がり。
 今日も今日とて、高橋家では、元気な次男の声が家中に響いていた。
ただし、その口調はどうにも情けないものであったが・・・。

 自ら『ちゃんとする』と言った言葉通り、啓介は拓海の世話をしようと毎日、一生懸命である。
休みの日は朝から晩まで…と言ってもいいほど遊びに出かけていたのに、ココ最近は1日拓海にべったりであった。
 今も拓海にミルクを飲ませようと、頑張っているところなのだ。

「コラ、啓介!いい加減に止めとけよ。泣かしたら承知しないぞ!」
 放っておくと無理強いしそうな啓介に、涼介はすかさず警告した。
「だってよ〜、兄ちゃん〜」
「ぅあ…あうぅーッ!…ううう〜っ!」
 可愛い声で唸りながら、拓海は啓介の腕の中でバタバタと手足を動かした。
口元にある哺乳瓶をイヤイヤと拒否するように首を振って、小さな手でバシッバシッと攻撃してくる。
いつもキョトンとして愛らしい天使の顔も今はギュッと顰められていて、かなりご機嫌ナナメである様子だ。
「ああぁー!!……そこまで嫌がることナイじゃん、拓海ぃ〜」
 拓海の全身を使った『絶対イヤ』の合図に、啓介は又、情けない声をあげた。

 そんな弟達の姿に、長兄はフゥ〜とわざとらしい溜息をつく。
「だから言ったろ?今は欲しくないんだから、飲まないって。……ま、お腹空いてても、お前からは飲まないだろうけどな。」
 言ってプッと涼介は笑ってしまった。その兄を啓介は恨めしそうに睨みつける。

 これは、最近分かったことなのだが、拓海は自然と誰が何の当番…と勝手に決めているようで、その人でないとぐずるのだ。
つまり、ちょっとだけ気むずかしいというコトである。
 とてもそんな風に見えない。くぅくぅと可愛い寝息をたてて眠る赤ん坊は、ドコを見ても天使のように愛らしいのだから。
「〜ちぇっ!!…そりゃあ、アニキはいいよ。ミルク当番なんだから。
俺なんかおむつと遊びだけだぜ?させてもらえんの。」
「啓介、お前のそれは自業自得だ。あんな熱いの、飲めるわけないだろ?拓海に。」
 涼介は一刀両断するように、キッパリとそう告げた。

 そう。彼の言葉通り、このちょっと慌てん坊な次男坊は、やけど間際の熱いミルクを飲ませようとしたことのあるのである。
 拓海はそれ以来、絶対に啓介の手からミルクは飲まない。もちろん、離乳食もキッパリお断りだ。
どんなにお腹が空いてる時でも、啓介相手ではギュッと口を結んで開けてくれない頑固ぶりである。
 無理に飲ませようとすると、大音響で泣いて暴れて、それはもう大変なことになってしまう。
 普段がとても大人しいだけに暴れた時のギャップは凄まじく、そら恐ろしいものである。
『まるで怪獣だな…』と、溺愛する涼介が思わず呟き、家族中の誰もその言葉には反論できないほどの凄まじさであった。

 おかげで啓介は、兄が1口ミルクを含んで「ん、大丈夫」とか言っちゃって、デレデレ〜としながら呑ませているのを横で羨ましそうに見てるだけの毎日なのである。

「・・・もしかして、結構わがままかー?お前?」
 諦めて哺乳瓶を置くと、今度は眠たげな赤ん坊の頭を撫でながら、啓介はその顔を覗き込んで話しかける。
 すると、何時の間に近づいてきたのか、隣に立っていた涼介にガコッと頭を叩かれた。
「お前に言われるのは拓海も心外だ。……なぁ、拓海?」
 うとうとと眠たげな赤ん坊は、突然目の前に現れて話しかけてきた長兄に、コトリと首を傾げた。じぃっと黒目がちな瞳で見つめてくる。

 まだ赤ん坊だから何を言われてるかは分かっていないだろうけど、話しかけられるとちゃんと反応を示すのだ。
 その顕著な反応に、お手伝いのミツは『もうすぐ簡単な言葉をしゃべり出すかもしれない』と言っていた。本当かどうかは分からないが、兄弟は今からその日が待ち遠しくて仕方ない。
『いっぱい話しかけると、早くに言葉を覚えますよ』とニコニコ笑いながら言った彼女に、兄弟は何を言えばいいのか?と競って尋ねた。
そんな2人に、彼女は声を立てて楽しげに笑った。
『まぁまぁ、せっかちですねぇ。…何でもいいんですよ。その日あったことを話すのでも、問いかけてあげるのでもいい。名前を呼んでもらえるだけでも、赤ん坊ってのは喜びますよ。』
 子育てに関しては、2人はこの女性の足元にも及ばない。事実、やはり拓海は、最も交流の深いミツに1番懐いているのだ。
ミツの言葉に間違いはないだろうと、2人は日々、拓海に話しかける毎日である。かつて、高橋家がこんなに賑やかだったことはないというくらい。


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