【ラブリー・エンジェル】 P7 (兄弟X拓…と思う )
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それから3日の時が過ぎた。
着せられていた産着には小さな字で「タクミ」と書かれていて、これが名前だろうという事で警察の調査が始まった。
啓介の証言を元に近辺で聞き込みが行われ、ニュースでも取り上げられたが、啓介の他に目撃者は出てこない。また親が名乗り出てくることもなかった。
病院に預けられたタクミは…と言うと、衰弱も大したダメージにはならず、次の日にはもう元気になっていた。
話しかけるとにこぉっと愛らしく笑うタクミはすぐに院内の人気者になった。話題の子を一目見ようと、病院内で暇を持てあましている患者はもちろん、多忙を極める医師や看護婦までベビーコーナーに集まってしまうほどの盛況ぶりだ。
啓介と涼介も毎日、病院に通っていた。もちろん、可愛いタクミに逢うために・・・。
2人はガラスケースの向こうで眠る天使を飽きもせずに見つめ続けた。
何故だか、理由なんて分からないけど、2人ともこの小さな赤ん坊がひどく愛おしかった。
自分たちが救った命だから?…きっとそれもあるだろう。でも、それだけじゃない気もする。
タクミを見ているだけで、胸の奥がじんと温かくて、とても幸せな気分になれる。
───この気持ちは何だろう?
それは涼介と啓介にとって、初めて感じる不思議な温もりだった。
透き通ったタクミの瞳はとてもキレイで、いくら見ていても飽きなかった。この世の汚れを何も知らないような無垢な笑顔は見ているだけで幸せになれたし、自分たちが声をかけると、あぅあぅ〜と判別不可能な赤ちゃん語で話してくるのが可愛くてしょうがない。隔てているケースがなかったら、きっと頬ずりしていたことだろう。
ガラスケースごしにタクミと手を合わせて、思わず2人とも口元に笑みが浮かぶ。この頃には既にポーカーフェイスが身に付いていた涼介ですらも、である。
「まあ、この子は2人のこと、とっても大好きなのね。」
看護婦が笑って告げたその言葉は、まるでに言ってもらえたように思えて、2人はとてもとても嬉しかった。
いつこの子の親は見つかるのだろうか?
───一一人ぼっちは可哀想だから早く見つかればいい。
───でも、もう少し、このままココにいてほしい。
タクミを愛する人たちは、相反する感情を持ち合わせながら、ずっと天使を見守り続けていた。
そうして幾日かの日が過ぎて、気がつけばタクミの身元は不明のまま1週間の時が過ぎていた。
結局、身元が判明するまではやむを得ない…ということで、警察から、タクミは施設に預ける旨の連絡が高橋家に届いたのである。
それを聞いた兄弟は憤慨した。
啓介は泣いて駄々を捏ね、ふざけんなっと喚き散らし、涼介は無言で両親を睨みつづけた。もちろん、その視線にはこれまで向けられた事がないほどの激しい怒りが篭められている。
(・・・子供なんだから、もうちょっと普通に怒りなさいよね…)
泣き喚いている啓介はともかく、静かに怒りの炎を燃え立たせている涼介を目の前にして、母親はふぅ…っと大きな溜息をついた。
「私を睨んだってしょうがないでしょう?そりゃ、私だって可哀想だって思うけど、警察からの連絡なんだから。」
本当はタクミの入院は1日で十分だった。だが、なんだかんだ理由をつけて退院を伸ばしていたのはこの母親なのである。
警察の方もまだ赤ん坊の身元がつかめていなかったので、それは有り難い申し出だった。
だが、もう無理なのだ。一つ例を作れば、今度は病院に子供を捨てる人が出てこないとも限らない。病院は孤児院ではないし、警察としても体面上、このまま預けている事は出来ないのだろう。
それは分かる。分かるけど、納得するのとは話が別だ。
「何でだよ!タクミは捨て子なんかじゃないっ!もっとちゃんと探してもらってくれよ!あんな可愛いのに、捨てるわけねぇよっ!!」
絶対そんなの嘘だっと叫んで啓介は大泣きした。
気持ちはわかる。自分たちだって信じられない。あんな可愛い赤ん坊を捨てる人がいるなんて。
「父さん、母さん。」
無言で拒否を続けていた涼介が口を開いた。
「病院で預かれないなら、ウチで引き取ることは出来ないんですか?」
「に、兄ちゃん!それ、イイじゃん!そうしようよ、母さん!」
啓介も必死で頼み込んだ。思いつかなかったのが不思議なくらい、兄の言葉は妙案である。
「・・・」
なかなか返事をしない両親を、2人はじっと見た。
「このとおり…、お願いします。」
涼介は少し座る位置を変えて、きちんと頭を下げてみせた。啓介もそれに習う。
───2人とも親に頭を下げての頼み事は、これが生まれて初めてだった。
高橋家は通常の家より、親子間の接触の少ない家庭だ。別に仲が悪いわけではないが、家族団らんなど夢のまた夢。
子供たちにとっては、お手伝いとの交流の方が多いくらいだったのだ。
涼介も啓介も両親が好きだし、両親も息子達をとても愛しているけれど、親子の時間はいつもずれていた。愛してたからこそ、それでも暮らしてこれたのだ。
「なぁ〜んだ。・・・問題ないみたいね。」
「ああ、そうだな。」
気の抜けたような両親からの返答は、子供たちにとっては意味不明で、全然返答になっていなかった。
涼介・啓介はハァ?っと言いたげな顔で両親を見あげた。
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