【ラブリー・エンジェル】 P6 (兄弟X拓…と思う )
「えいっ!」
そんなシリアスな空気の中、かなり場違いな声と共に啓介の頭に軽いチョップが投げられた。
言わずもがな、向かいに座る母親からである。
流石にこの言動には、涼介も啓介もキョトンと呆けるしかなく、母親の隣に座る警官など、あんぐりと口を開いてバカ面を晒していた。
「か・・・母さん?」
「ちょーっと、啓ちゃん。一人で悲劇のヒロインしてんじゃないのよ。役柄が違うでしょ!役柄がぁ!!」
チッチッチッ…と人差し指を振って言われる台詞に、誰も口を挟めなかった。
(役柄が違うとか……そういう問題なんだろうか?)
至極一般人である警官がそう頭を悩ませているウチに、さっさと立ち直った啓介が怒気を込めて母親を睨みつける。
「ヒロインって何だよ!ヒロインって!俺は男だぞ!」
女扱いされるのは、啓介の最も嫌う行為なのである。なまじ顔が整っているだけに、涼介ほどではないが、啓介も可愛いと上級生に言われることがある。その度に、拳をつき合わせて2度と言えないように制裁するのが啓介の主義であった。(ちなみに涼介の場合は、拳の制裁+αの報復がある)
「男ならメソメソ、シクシクしてんじゃないの!…大体、見くびらないでよね。これでもウチは近辺で1番の病院だと自負してんのよ。」
人差し指を突きつけて言いつけると、母親はニッと強気な笑みを見せた。その笑顔は、普段の啓介がよく見せる笑顔と酷似している。
「え?…じゃあ…」
母親の言わんとするところを察して、啓介の顔がみるみる明るい表情を取り戻す。
「まっかせなさーい!…まあ、細かいところは検査してみないと何とも言えないけど、さっき見たところでは外傷もないし、重大な事態になるようには思えなかったわ。
確かに弱ってはいたけど、あれは寒さと飢えのせいだと思うし、あの子は多分、大丈夫よ。啓介。」
安心なさいというように笑みを見せる母親を凝視して、啓介は肩の力を抜くと、ヘトヘトと椅子へ腰を落とした。
「…へへっ…。そっか……そっかぁ。」
嬉しげな声で小さく笑いながら、啓介はまた、ゴシゴシと袖で目を擦った。今度は嬉し涙だろう。母親の涼介も見ないフリをして、笑みを交わし合っていた。
「・・・あ・・・あの〜…」
家族の会話に口を挟めず聞き手と化していた警官が、ようやく立ち直ったのか、おずおずと口を挟んだ。
「はい?」
涼介の確かな口調に返事を返されて、警官は一瞬口ごもる。
彼はどうも、この子供らしくない子供が苦手なのだ。
コホンッと小さく咳払いをして、警官は話しを続けた。こんな小学生相手に気圧されてばかりでは、日本警察の名折れである。
「え〜と、その、大体の事情は分かりました。後は詳しい場所とか教えて貰って、調書を作りたいと思うのですが、協力してもらえますか?」
「それって今すぐ?」
自分に向かって告げられたその言葉に、啓介はやや難色を示した。
啓介としては、出来れば、すぐにあの子の所へ向かいたいのだ。母親の言葉を信じていないわけではないけど、それでもやっぱり離れていたくない。
自分が居て何かできるわけじゃないと分かっているけれど、傍でじっと見てれば何故か大丈夫だという気がするから。
「出来ればそうしてほしいんだけど…」
子供相手に強くも出れず、嫌がっているらしい啓介の様子に警官は困った顔をした。
「啓介。協力してやれ。俺も一緒に行くから。」
「…え?」
この疑問符の持ち主は啓介ではなく警官である。助け船とも言える涼介の台詞に対してあんまり失礼なのだが、ちょっとイヤだ〜と思わず本音が出てしまったのだ。
涼介は賢明にもこの疑問符は完全無視した。
「でも、兄ちゃん!」
「啓介。早くあの子の親を見つけてあげないと、元気になっても帰る場所がなきゃ可哀想だろう?親御さんだってきっと探してるよ。」
この時点で、あの子が捨て子である確率は高い。だがそうと決まったわけでもないから、涼介は啓介に余計なコトは告げなかった。
「あっ…そっか。そうだよな。」
大切な天使が元気になる。
それだけを考えていた啓介は、兄の言葉に自分が最初に感じた気持ちを思い出した。
そう。初めに『親が来るまでずっと傍にいてあげよう』と啓介は思ったのだ。あの子が淋しくないように。
ずっと傍に…という約束は残念ながら守れなかった。
でも、淋しい思いをさせたくないという気持ちは今も変わらない。
「俺、行く。早く行こう!兄ちゃん!」
ガタンッと元気良く立ち上がった啓介に、涼介も母親も笑みを見せた。警官はホッと胸を撫で下ろしている。
「啓介。あの子のことは母さんが見ててあげるわ。だから、あんたもしっかりやんなさいよ。」
自分じゃなくても、この体中から生気が漲っているような母親が傍にいるなら大丈夫な気がして、啓介は大きく頷いた。
「頼むぜ、母さん!」
爛々と輝いた真剣な瞳で見つめてくる啓介にまかせなさーい!とガッツポーズを取ると、母親はキビッと医師の顔に表情を変える。
「そうと決まれば、全員、行動開始!」
この号令とともに、各自が席を立ったのであった。
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