【ラブリー・エンジェル】 P4 (兄弟X拓…と思う )
───暗くなっていく空、冷たい風。押しつぶされそうな恐怖が全身を包み、冷たい汗が吹き出ていた。
でも、それに負けないように叫びながら、啓介はノロノロと足を進める。
家へ連れて帰るしかない。このまま、急いで・・・。
そう頭のどこかで分かっていても、パニックに陥った啓介は、あんなに慣れ親しんだ道も分からなくなってしまっていた。
(…ど、どうしたらいいんだよぉ〜!!)
泣きたいような気持ちをグッと堪えて、大声で兄を呼びながら一歩、一歩と足を進めていた啓介に、微かな光と声が届いた。
「・・・・すけ。……けーすけ!ドコだぁ〜!」
小さなその声は、紛れもなく兄、涼介の声だった。啓介は大声でその方向に向かって兄を呼んだ。
「兄ちゃーんっ!ココだっ!!ココだよー!! 早く来てくれっ!大変なんだっ!」
渾身の声を振り絞って叫ぶと、啓介は光を目指して震える足を進めた。
あの先まで行けば、涼介が居る。涼介なら、きっと何とかしてくれる。
啓介はそれを信じて疑わなかった。
「啓介!…だから、この中には入るなと言っただろ?俺の言うことちゃんと聞かないからだぞ?」
どうせ転んだか、道が分からなくなったんだろうと思っていた涼介は、呑気にそんな事言いながら弟の元へと足を急がせた。
そうして視界に啓介の姿を捕らえると、彼は何かを抱きしめるようにして蹲ってしまった。
「ど…どうしたっ!啓介!」
涼介は驚いて駆け寄っていく。
「兄ちゃん!…こっ、コイツ、死んじゃいそうなんだよっ!どうしよう?どうしよう!
声を詰まらせて、堰を切ったように泣きながら、啓介は兄に訴えた。
「コイツって…!!なっ!…け、啓介。この子、どうしたんだよっ!」
涼介は啓介の腕の中にあるものを見て、目を見開いた。それはどう見ても、人間の赤ん坊だったのだ。
「知らないよっ!ココに居たんだよ!…そ、それより、どーしよう?コイツ、泣かなくなっちゃったんだよっ!昼間はずっと動いてて…っ…でも、起きたら…うっ…も、ぐたって…なってぇ……」
説明しながら顔を歪ませて、再び大泣きしそうになった啓介に涼介の叱咤の声が飛んだ。
「啓介!泣くな。…とにかく、俺が抱くから。」
涼介は自分が着ていた上着を素早く脱いで弟に被せると、自分は弟のトレーナーに包まれている赤子を奪い取るように腕に取った。
まず最初に口元に手を翳して、息のある事を確かめる。
取り敢えず小さな吐息を指先に感じて一息つくと、涼介は落とさないように抱えなおした。
「兄ちゃん、こいつ、死んじゃうのか?…俺、俺、そんなのヤダよぅ〜!」
「泣くなっ!ほら、ライト持って。…大丈夫、まだ生きてる。全速で走るぞ?いいな、啓介!泣いてないでちゃんと俺について来れるな?」
「う、うん!」
頷きあうと、兄弟2人は思いっきり駆けだした。もう、草で手を切ろうが何しようがお構いなしに走った。
そうして5分後、雑木林から出ると、涼介は家とは違う方向に走りだした。
「にっ、兄ちゃん。ドコ行くんだよっ!ウチあっちじゃんか!」
「いいからついて来い!」
お手伝いのミツは、もう帰ってしまった。両親もまだ帰ってるはずない時間だし、家に連れていっても自分達では何も出来ない。
涼介はとっさの判断で、ここから1分も走れば在る交番へ向かう事に決めた。
「よしっ、パトカーがある!…急げ、啓介!」
「うん!」
駆け足では、啓介は涼介よりもかなり遅い。コンパスの差があるから当たり前だ。だが、この時の啓介は涼介に遅れなかった。多分、タイムを計っていたら自己最高記録だっただろう。
そのくらい夢中のなって、啓介は走っていた。
「すいませんっ!…赤ん坊が大変なんです。車、出してもらえませんか!」
いきなりそう怒鳴り込んで走り込んできたチビ2人に、交番内にいた警官2人は驚いた。
「ぼ、僕たちドコの子だい?どうしたのかな?…えっと、その赤ちゃんは君たちの…」
「そんな事言ってらんねぇよ!早く!コイツ死んじゃいそうなんだよっ!助けてくれよっ!」
しゃがみ込んで話してきた警官の胸ぐらに掴みかかる勢いで、啓介は必死に訴えた。その様子にもう一人の警官がさし示された赤ん坊を見て、すぐに踵を返しキーを持ち出してくる。
「よし。何かよく分からんが、とにかくその子を何とかしよう。ずいぶん弱ってるみたいだし、急ごう!」
そう言われて、2人はパァッと表情を変えた。すぐにその警官について外に出て、パトカー内に転がりこむように乗り込む。
「高橋クリニックへ!ウチの親が医者をしてます!急いで下さい」
「分かった!大丈夫、すぐだからな。」
涼介が運転席側にそう言うと、車はすぐに発進した。
「揺れるぞ!坊主たち。赤ちゃん、ちゃんと抱いててくれよ。」
その言葉にコクンと頷き、涼介はぐっと両手に力を込める。啓介も横から手を伸ばして、必死に兄と赤ん坊を支えていた。
5分もしないウチに目的地に到着すると、無線で先に連絡を受けていた病院は既に受け入れ体制が出来ていた。
「か、母さん!」
2人はそろって、外に出て待っていた母の名を呼んだ。常にない興奮ゆえか、涼介ですら目に涙を浮かべていて、啓介の顔はもう涙でぐちゃぐちゃだった。
「とにかく、その子を早く!」
差し出された手に、涼介はすぐに赤ん坊を渡した。母はまず赤ん坊の息を確かめ、看護婦に何事か指示を出してその子を手渡した。
そのまま抱きかかえて連れられていく赤ん坊を啓介は追おうとしたが、それは伸ばされた涼介の腕に押し止められた。
「に、兄ちゃん!離せよっ!」
「ダメだ、啓介!邪魔になるから。…大丈夫だ。もう大丈夫だから、……お前は少し落ち着け。な?」
顔をぐしゃぐしゃにしながらも、瞳に怒りを込めて睨んでくる弟を宥めるように、涼介はポンとその頭に手を置いた。
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