【ラブリー・エンジェル】 P3 (兄弟X拓…と思う )
「…こんな固いトコ寝ころんでたら、痛いよなー。…よっし!俺の膝の上、来るか?お前。」
もっと触れてみたくて、啓介は勇気を出して、赤ん坊を持ち上げてみた。途中、がくんと頭だけ置いてきそうになって、慌ててその頭も支えると、木を背にして座り込んで足の上に赤ん坊を乗せた。
(泣くなよ、泣くなよー)
心の中で祈りながら、そうっと細心の注意を払って作業を終えた啓介は、自分の足の上でもニコニコと機嫌よさげな赤ん坊に、また、ほうっと一安心の溜息をついた。
確かな重みが、啓介の足の上にかかる。ふにゃふにゃと柔らかい感触と、しっとりとした温もりが全身を巡るようで、啓介は抱きしめたいという衝動に駆られた。
(でも、すげー柔らかいし…力入れたら壊れるかもしんねーし。我慢しなきゃなー。)
「お前、何でこんなトコ居るんだろーな。…ま、お前の母さん来るまで、俺が一緒に居てやるからな。安心していーからな。」
啓介はニコニコしながら赤ん坊にそう話しかけて、ゆらゆらと自分の体を揺らしつつ厭きずにその子に構っていた。
すると、赤ん坊は小さな手で眼前に翳されていた啓介の指を掴まえると、バクゥとその指を銜えこんだ。
「ええっ!」
驚いた啓介が大きな声を上げると、赤ん坊は啓介の指を離してくしゃっと又、顔を歪める。
(ヤバッ、泣きそう!)
直感でそう思った啓介は、又、自ら指を赤ん坊の口元に寄せてあやした。
「悪ぃ、悪ぃ。泣くなよ。ほら、俺の指、食べてもいいから、泣くなよー」
何とか泣かずにすんだその子は、また小さな手で啓介の指に触れると、パクッとその指をくわえ込んだ。そして、ちゅうちゅうと吸い始める。
「うわー、吸ってる。…まあ、別に痛くねーなぁ。…あ、やっぱ歯は無いのかな?口の中もむっちゃあったけー。」
唾液でベトベトになった指を少しも不快に思わず、啓介は変わらず赤ん坊の動作に夢中だった。初めて触れるミニマムで可愛い生き物は、本当に天使のように思えたのだ。
しばらくチュウチュウと啓介の指を吸っていた赤ん坊は、やがてペイッと啓介の指を離して、何だか不満そうな顔をした(ように啓介には見えた)。
「…そっかー。お前、腹減ってんだな?…でも、俺も牛乳とか持ってねーし、お母さん戻ってくるまで我慢な?」
よしよしと啓介がその小さな顔を撫でてやると、赤ん坊はすぅっと目を細めた。…と、思うと、あっという間に目を閉じて、眠りに入ってしまった。
啓介は触れていた手を離した。本当はもっと撫でていたいけど、起きちゃうと可哀想だから。啓介はニコッと笑って、おやすみな…と小さく呟いた。
何だか、とても、いいことをした気分だ。赤ん坊が安心したように眠ってくれたのが、啓介にとって大手柄のように思えた。自分の存在に安心してくれたのだと、そう思うと、とても嬉しかった。
「寝てんのも可愛いなー。…いいなぁ。俺も妹とか弟、欲しいなー。」
・・・と、言うより、コイツが欲しいと思いながら、啓介はその安らかな寝顔を楽しげに眺めていた。
★☆★☆★
天使の寝顔を眺めているウチに眠くなってしまって、いつの間にか啓介も眠りこんでいたらしい。
「ん……寒っ」
自分のその声で、啓介は目を醒ました。辺りはもう、薄暗くなっていて、いつの間にか風が冷たくなっていた。夏も近いが、夕方にはまだ気温も少し下がる。啓介はブルリと身震いすると、ハッと足の上の重みに気がついた。
「あ、赤ん坊!おい、お前、ダイジョブか?」
時間よりも寒さよりも、啓介はずっとついていてやると約束した、可愛い天使が気になった。急いで覗き込むと、赤ん坊はまだ眠っているように見えた。
啓介はほうっと肩の力を抜くと、そっとその体を撫でた。
「おっかしーなぁ。お前の母さん、どーしたんだろな。もう遅いのになぁ。」
なんだか放っておかれて可哀想だと思いながら、啓介は同情するように赤ん坊を見た。そして、慰めるように撫でて、思わず顔に触れてしまった。
「あ、まずいっ。起きるかな?」
啓介の思惑に反して、赤ん坊は起きるどころか身動きもしなかった。よく見ると何だかぐったりしていて、啓介の背にゾクッと嫌な予感が走った。
「おい?おい?お前。…どーした?大丈夫か?」
それは、身に覚えのある悪寒だった。啓介は慌てて、元気だった赤ん坊を取り戻そうとやっきになって眠りつづける天使を起こそうとした。
───以前、夜店で買ったひよこが確かこんな感じではなかっただろうか?
箱にたくさん詰められているひよこを見て、啓介はすぐに欲しいと思った。買ってくれと頼んだら、どうせすぐに死んでしまうから止めろと兄に諭された。
だが、幼い啓介にはそんなコトは解らず、そんなコトない、自分でちゃんと世話をするからと、さんざんねだって買って貰った。
可愛いひよこは、はじめは元気よくピーピー鳴いていた。でも、ほんの少し目を離していたらすぐにぐったりとなって、朝にはもう固く冷たい”物体”になっていた。
ほんの数時間前まで確かに目の前にあった小さな命が消えた事に、啓介は深い罪悪感と悲しみを覚えた。それは幼い啓介にとって、忘れられない思い出だった。
「おっ…おい!頼むよ。起きてくれよー」
涙声になりながら啓介は赤ん坊を揺さぶったが、目を醒ます様子は無かった。指先を口元に持っていくと、微かに暖かい息がかかる。まだ、生きてるのは間違いない。
だが、さっきよりずっと弱ってみえるその様子に、啓介はボロボロと涙をこぼした。
「しっ…死んじゃダメだぞ?ダメなんだからなーっ!」
大声で言いながら、啓介は自分が羽織っていたトレーナーを脱いで、それで赤ん坊を包んだ。啓介は下着1枚になってしまったが、寒さなんて感じなかった。
それよりも、目の前のこの子が死んでしまうんじゃないかという恐怖だけが啓介の全身を包んでいた。
さっきは啓介が叫ぶと大声で泣き出したのに、赤ん坊にはもうその力も無いようだった。啓介はどうすればいいのか分からなくなって、泣き出した。
「やっ!…やだっ。ダメだ!そんなの、絶対ダメだぁっ!」
啓介はわんわん泣きながら、それでも赤ん坊を冷気から守ろうと本能的にそう思った。トレーナーの上から抱きしめて、温もりを取り戻そうと必死になった。
「兄ちゃーん!兄ちゃーん!! 助けてくれよーっ!」
啓介は、何かあった時いつも自分に手を差し伸べてくれる兄を大声で呼んだ。泣いてる場合じゃない、何とかしなくちゃ死んじゃうと分かっていても、まだ10才にも満たない啓介に冷静な判断など出来なくて・・・。
啓介は必死で、最も頼りとする兄の名を呼び続けたのである。
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