【ラブリー・エンジェル】 P24 (兄弟X拓…と思う )

「啓兄ちゃん?」
 隣に座った自分を不思議顔で見上げてくる拓海に、ニカッと笑う。
「拓海が帰んねぇなら、俺も帰んない。お前と一緒にココにいる!」
「・・・どーして?」
「拓海と一緒に居たいからに決まってんだろ?お前いなくなって、俺、すごいビックリしたんだからな!」
 隣に座る拓海を、啓介は抱き寄せた。
ギュウギュウと抱きしめられて、拓海の瞳が戸惑うように揺れる。
「……ごめ…なさぃ…」
 拓海も小さな手でキュッと啓介に抱きついた。心配させてしまったことくらい、幼い拓海にも分かっているのだ。
───温かい。・・・帰りたくて仕方なかった、大切な場所。
 だからこそ、イラナイって思われるのが恐いのだ。

「なんで?…なんで一人で外に出たりしたんだ?俺たちの事、イヤになった?」
 プルプルと拓海は首を振った。
「じゃあ、なんで?…もしかして、ホントの家族のトコ、行きたかったのか?」
 もう1度、プルプルと首を振ると、拓海は何かに怯えたように啓介の服にしがみついた。

 拓海の様子に、啓介は戸惑った。
じゃあ、一体、なぜ拓海は勝手に外に出たりしたんだろう?
 でも、拓海が何も訊かれたくない様子なので、啓介はそれ以上、追求することはできなかった。
「拓海が捨てられたっていうのは、嘘だからな。…そりゃ、俺も難しい事なんて分かんねぇけどさー・・・でも俺は拓海とずっと一緒がいい。大好きだから、ずっと一緒に居たい。」
 言いながら、啓介は自分の上着を脱いだ。抱きしめた拓海の体が、冷えてるコトに気づいたからだ。
 離れそうになった啓介をガシッと拓海が掴んできたので、脱いだ上着で拓海を包み込んでそのまま又、抱きしめた。

 ややして、拓海が落ち着いたのを感じると、啓介はそっと囁いた。
「なぁ、拓海。帰ろうぜ。アニキもミツさんも…このままだとお袋も親父もすっごい心配するぞ?皆が悲しいの、拓海だってイヤだろう?」
 啓介の言葉に、拓海はコクンと頷いた。
「・・・アニキには、俺が一緒に怒られてやるからさ!…な?帰ろうぜ?」
 拓海を叱るのは、大抵、涼介の役目だ。もしかして怒られるのが恐いのかもしれない。
だから啓介は茶目っ気たっぷりにそう言って、拓海に帰宅を促してみる。
「……ん…」
 ほんの少し迷いを残しながらも、拓海がコクンと頷いたのを見て、啓介はニッと笑った。
「よぉーし!いい子だな、拓海。」
 ぐりぐりと茶色い頭を撫でて立たせてやると、啓介は拓海と手を繋いで家路を辿っていった。

★☆★☆★

 2人が家に戻ると、家の前で兄とミツが待っていた。

 実は涼介は、啓介に少し遅れて拓海を見つけていたのだ。でも啓介が何やら説得している様子なのを見て取り、その場は任せて先に戻っていたのである。

 ミツは2人の姿を視界に捕らえると、駆け寄って拓海を抱きしめた。よかったと何度も繰り返し抱きしめてくる老婆を、拓海も抱き返す。
 小さな声がゴメンなさいと言うのを訊いて、ミツはもういいから、早くお家へ…と、2人を促した。
 そんなミツの行動を阻止したのは、意外にも涼介であった。
ミツだけ先に家へ戻るよう指示を出し、厳しい顔で拓海を見下ろしている。
 啓介は目を丸くして兄の行動を見つめ、拓海に至ってはやはり怒られるのだと、体を縮めて震えていた。

「拓海」
 声と共に差し出された涼介の手は、パンッと拓海の桃色の頬を叩いた。もちろん力加減はしていたが、拓海にはそれなりに痛く感じるくらいの強さだ。
 啓介は目をひん剥いて驚いた。慌てて、拓海を庇おうと前に出る。
「な!…何すんだよっ、アニキ!!何もいきなり殴るこたねぇだろうがっ!」
 驚いたなんてモノではない。いつも拓海を叱るのは涼介だが、手をあげることは滅多にない。拳骨ばかりされていた自分の小さい頃とはエラい違いだと思うくらい、兄は拓海には甘いのに・・・。

「煩い、啓介!お前は黙ってろ。」
 涼介の声は硬く厳しかった。啓介はその迫力に気圧されて口を噤む。
「拓海。・・・俺が何を怒ってるか分かるか?」
 幾分声を和らげて、涼介は拓海の瞳を覗き込んだ。
「りょ…に…ちゃ…っ…」
 怯えよりも驚きが強かったのだろう。戸惑っている小さい体を掬いあげるように腕に抱いて、涼介は力一杯抱きしめた。

「もう・・・こんな心配、させないでくれっ!!」
 喉の奥から絞り出すように耳元で告げる涼介は、いつもの彼ではなかった。
初めてみる兄の取り乱した姿に、拓海はボロボロと止まっていた涙を零す。
「ご、ごめん…なさっ……涼兄ちゃ……ごめんなさい〜」
 何度も謝りながら、短い腕を必死に伸ばして涼介の首にしがみつく。
そこに感じるいつもの温もりに、涼介の方こそ泣きそうになった。

 ひとしきり抱きしめてから、涼介はそっと拓海を降ろして立たせてやる。そのまま、優しい手付きで前髪を掻き上げて、拓海の顔を覗き込む。
「どうして…一人で家を出たりしたんだ?俺達が心配するの、分かっていただろう?」
「だって……だって、たくみ…いらない……だもんっ」
 うえっうえっ…としゃくりながら訴える小さな拓海を、端で見ていた啓介は堪らず後ろから抱きしめていた。
 そんなコトはないと言いたいのに胸の痛みに声がつまって、啓介にはそうすることしか出来なかった。

 涼介は、しばらくただ静かに拓海の泣き声を訊いていた。
「アニキ!」
 こんなに拓海が泣いてるのに、何で兄は何も言ってやらないんだと不審に思った啓介は顔を上げて、目を瞠った。
そこにあるのは、今まで1度だって見たことがないほど苦しげな兄の顔。
「兄ちゃん…」
 直したはずの呼び方が思わず戻ってしまうほど、啓介は驚いた。

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