【ラブリー・エンジェル】 P23 (兄弟X拓…と思う )

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 一通り廻った後、啓介の足は自然と公園へ向かった。何度も拓海を連れて遊びにきた場所だ。ココは拓海の1番のお気に入りの場所で、連れてくると、いつも光が弾けるような満面の笑顔になって、体全身で喜びを表していた。

 小さな児童公園内を何度も見回して、人影の無いことに落胆する。家へ帰る気にはなれなくて、啓介はベンチに腰を下ろして深く項垂れると己の頭を抱いた。ギュッと堅く目をつぶって、全身に広がる怒りと悔恨を堪える。
「……っくしょうッ!」
 この場所で、昨日、拓海はとても傷ついたのだ。
 どうして自分がその場に居なかったのだろうか?もし一緒に居たなら、絶対に誰にも、大切なあの子を傷つけさせたりしなかったのに・・・。
「……畜生!畜生!…なんでッ…!!」
 目を瞑っているのに、視界が真っ赤に染まる。瞼の向こうの夕焼けが、全身を焦がすような不思議な感覚。

 そう。もう夕方なのだ。
拓海だってきっとお腹を空かしているだろう。何処かで寒さに震えているかもしれない。
「早く……早く帰ってこい!拓海ぃ───ッ!!」
 啓介は声の限り叫んだ。
でも、誰もいない公園に鈍く響くだけ。愛らしい声で『啓兄ちゃん』と呼ぶ天使がココにいない事を思い知るだけ・・・。

 静寂が戻った時、今度は泣きそうな気持ちになった。辛かった。
どうしようもない焦りと恐怖。このまま拓海が帰ってこなかったら、自分はどうなってしまうのだろう?
足元にあった床が突然抜けてしまったような深い恐怖が、一瞬啓介の全身を駆けめぐった。
 ソレを何とか堪えて、啓介は目元に滲んだ涙を拭って前方を見つめる。
下ばっかり向いていたら、拓海を見つけることなんて出来るわけがないのだから。

「あの茂みから、拓海が顔出してくれたらなぁ…」
 ポツリと呟いて、啓介はハッとなり凄い勢いで立ち上がった。
「茂み…そうだ!俺、あの奥、探してねぇんじゃ…」
 この児童公園は、拓海より少し高いくらいの植木に囲まれている。子供が奥の木立に迷いこまないよう配慮されて設計されているのだ。

 啓介はガサゴソと茂みをかき分けた。冬を間近に控えていて葉もついてない枝は啓介の指に小さな傷を作ったが、構ってる余裕はない。
 難なく茂みを越えた啓介は、迷わず奥へと進んだ。
アテなどない。確信もない。拓海が『出会ったあの場所』を知っているはずもない。だけど・・・。
 虫の知らせというヤツだろうか?予感と微かな希望だけが、啓介の体を突き動かしていた。

 啓介は3分ほど全力で走った。立ち並ぶ木立の中、もっとも大きな木を目指して。
 以前とは違い、木立はすっきりと整備されている。ここは少し先の遊歩道から眺める為の景色になる場所なのだ。
 そんな中、大木の姿はあの頃と変わりなくそこにあった。葉の色だけが忘れられない『出会いの日』と違っている。

 根元に辿り着いた啓介は、あの日と同じように裏に回った。そこに探し求めた存在を見つけ、歓喜の声をあげる。
「拓海!」
 拓海はそこにいた。小さな体を丸めて眠っていた。

 擦り傷がついてしまっている額に啓介が手を触れると、拓海はすぐに目を開けた。
 目が赤い。腫れぼったい瞼と頬に残る痛々しい涙の跡が、拓海の心の痛みを啓介に知らせた。
「け…ちゃ…」
「拓海ぃ……見つけた!見つけた!…もう、何処行くんだよ、お前は!」
 小さな声をかき消して叫ぶと、啓介は拓海を抱きしめた。
覚えのある温もりと柔らかさ。日溜まりの香りがする髪に顔を埋めて初めて、啓介は拓海を取り戻せた事を実感した。

「心配させやがって…ったく…」
 叱る言葉は、上手く言えない。喜びだけが全身を満たしている。
「啓…ッ…」
 拓海は啓介を抱き返して泣き出した。とても心細かったのだろう。当たり前だ。
「ごめん。見つけるの、遅くなって…。」
 さっき探しに来た時、ココまで見に来ればよかったのだ。そうしたらもっと早く会えたのに。
 でも、もういい。見つかったんだから、それでいい。

「ほら、拓海。帰ろうぜ。」
 啓介は拓海を連れて帰ろうと手を引いた。でも幼子は、足を踏ん張って動こうとしない。
「拓海?」
「…ヤ…」
 ブンブンと頭を振って、また座り込んでしまう拓海に啓介は驚いた。
「な!…何で?アニキもミツさんも、すっげー心配してんだぞッ!」
 啓介は思わず怒鳴ってしまった。拓海は驚いた顔を向け、そのまま泣きそうに顔を歪めてしまう。

「あ…」
 しまった…と思う間もなく、拓海の泣き声が辺りに響き渡った。泣く姿ですら、拓海はとても愛らしい。でも啓介は、拓海の泣き顔には家族中でもっとも弱かった。
「拓海!…ゴメン!…ゴメンな。」
 啓介が謝る理由などないのだが、つい謝ってしまう。悪戯が過ぎてつい泣かせてしまう彼は、拓海に謝り癖がついているのだ。

 啓介は泣き続ける拓海を抱きしめて、息すらも潜めた。
こんな時は何も言わず傍に居てやるのが、1番早く泣きやむと知っているからだ。
 小さく鼻をすすって泣きやんだ拓海をそっと離すと、啓介もその場に座り込んだ。

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