【ラブリー・エンジェル】 P22 (兄弟X拓…と思う )

「坊ちゃん、私もっ・・・」
 サンダルのまま庭から回ったミツは、玄関で涼介達と合流した。
「ミツさんは家に居て。拓海が帰ってくるかもしれないし・・・誘拐ってことも考えられなくはない。」
「アニキ!そんな…」
 啓介は涼介の言葉に狼狽えた。
「可能性は薄い。もしそうなら拓海が騒がないはずないし、第一靴まで誘拐する必要なんてないだろ?」
 安心させるように告げる。あくまで、最悪の事態としての予想だ。
「なんだ、よかったぁ…。脅かすなよ。」
「安心するのは早いぞ!拓海は一人で外に出たんだ。この辺りは車通りも少ないが……もし…」
 もし、大通りに出ていたら?
 トラックのような大きな車からは、小さな拓海の姿は捕らえにくい。もし撥ねられでもしたら…と考えるだけでも背筋が凍った。

───拓海!どこ行ったんだ?!
 脳裏に残る幼子の姿に、精一杯呼びかける。今すぐ、あの小さな体を力一杯抱きしめたい。

「啓介。俺は大通りの方へ行くから、お前は公園の方を頼む。」
 一刻の猶予も許されない。涼介は疾風のように駆けだした。
「わかった!」
 涼介に返事をして駆け出そうとした啓介の腕を、ミツが捕らえる。
「啓介坊ちゃん。公園の滑り台をよく探してください。拓ぼっちゃんは彼処が好きですから。…そっ…それから…その先のスーパー…と…道はず…の…ッ…駄菓子屋…と…」
 懸命に心当たりを言いながら、ミツの瞳から涙が零れていた。心配で心配で、今すぐにでも駆け出したい彼女の気持ちが痛いほど分かる。今の啓介と、同じ気持ちなのだ。
「分かってる。行って来る。ちゃんと探してくるから。」
 啓介はミツの瞳を見つめながら強い口調で言った。
「ミツさんも拓海が帰ってきたら、ちゃんと捕まえといてくれよ。じゃあ、俺、行くから。」
 1度ミツの皺だらけの手をぎゅっと握ってから、啓介も公園へ向けて全速力で駆けていった。

★☆★☆★

「こっちはどうだ?啓介。」
 大通りを一通り探した涼介は、公園にいる啓介の方の援護に回ってきた。
「ダメだ。ドコにもいねぇ!スーパーにも行ってねぇし、駄菓子屋もダメだった。」
 拓海はあのスーパーの常連だし、奥様達にも店員にも人気者だ。幼い拓海が一人でウロウロしてる事に、誰も気付かないとは考えられない。
 走り寄って簡単に互いの情報を交換した兄弟は、一度、家へ戻ることにした。

「ミツさん!拓海は?」
 期待を込めて駆け込んだ啓介の目に、肩を落とし首を振るミツの姿が映し出される。
「…そっか…」
 啓介も涼介も、ガッカリした表情は隠せなかった。
「ジッとしてても仕方ない。もう1度、探してくる。夕方までに見つからなければ…母さん達にも連絡して、警察の手を借りよう。」
 涼介はグッと強く両手を握った。焦りと不安で思考が乱され、崩れそうになっている己を必死で保つために。
冷静さを欠くな、しっかりしろ、と心の中で自分自身を叱咤する。そうでもしないと、叫び出してしまいそうだった。
「涼介坊ちゃん…」
「でもアニキ!探すったってドコを?」
 今、探しに行って、見つけられなかったばかりだというのに…。
「近所の家も当たってみよう。もしかして誰かの家に行ったのかもしれない。」
 拓海に同年代の親しい友達はいないから、可能性は低い。でも0ではないのだ。
「拓海は…昨日から元気なかった。気付いてたのに目を離した俺の責任だ。足が棒になっても絶対見つけてみせる。絶対にだ!」
 激しい後悔に涼介は口を噛みしめた。でも今は、後悔するよりも探す事に全力を傾けるべき時だ。
「昨日から?…じゃあ、やっぱり……」
「───ッ!ミツさんっ、何か知ってんのか?」
 ミツの語尾に敏感に反応したのは、啓介だ。
「・・・実は・・・」

 ミツは手短に昨日の出来事を2人に話して、泣きながら深々と頭を下げた。
「顔を上げて下さい」
 涼介は老婆に肩に手を置いて言った。彼女の心の痛みが深い事は、皺だらけの目元から零れ落ちる涙が物語っている。
昨日のうちに話してほしかったとは思ったが、彼女を責める気持ちにはなれなかった。
「ミツさんのせーじゃねぇって。…そのせいって決まったわけじゃないし。」
 啓介の声を聞きながら、涼介はそれが原因であると確信していた。それ以外に拓海が気落ちする要因などなかったはずだ。

───じゃあ、あの子は今、どこにいるんだろう?
 捨てられた…なんて、心ない言葉を聞かされた拓海のショックがどれほど大きかったかと思うと、泣きたいほど切なかった。多分、今、自分が感じている何倍もの想いを、あの子はあの小さな体いっぱいに抱えているはずだ。
 拓海は捨てられたわけじゃない。でも幼い拓海にはまだ事情は理解できないだろうからと、説明すらしていなかった事が今はとても悔やまれた。
───胸が痛い。痛くて仕方ない。
 何故、今この時に、自分達はあの子の傍に居てやれないのだろう?
この腕に抱きしめて、幼い心を守ってあげていないのだろう?
 涼介は生まれて初めて、己の無力を呪う気持ちを知った。

「・・・とにかく、今は拓海を探そう。」
 気持ちを切り替えて、踵を返す。後悔は、あの子をこの腕に取り戻してからだ。
 涼介は泣いてるミツを宥めるようにポンポンと肩を叩いてから、啓介を伴って外に出た。

 2人は分かれて、あちこちの家へ拓海を見なかったか?と声を掛けて廻った。しかし、どの家でも有力な手がかりは得られなかった。
 何人かは公園の出来事を覚えていて話してくれたが、皆、拓海は気付かなかったみたいだと皆が口を揃える。
 でも、それはとても信じられなかった。
気付いていなければ、拓海が落ち込むはずなどないではないか?
 やり場のない激しい怒りを、涼介も啓介も血が滲むほど強く拳を握ることで堪えた。

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 やはりワキキャラが出張る(爆) でもでも、次回は啓たんが活躍するのさ。
今日はペーパー作りで疲れたのでこの辺で〜(-_-;)あうっ

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