【ラブリー・エンジェル】 P21 (兄弟X拓…と思う )
拓海はポテポテと重い足取りで歩き続けた。
そうして辿り着いたのは、いつもの公園。
───ココしか知らない。ココしか拓海が自力で行ける場所なんてない。
普段ならたくさん人がいるその公園は、昼食時だからか誰もいなくて閑散としていた。
いつものように拓海の足は、滑り台へ向かう。
今日はミツと一緒じゃないから、一人で頑張って滑り口へよじ登った。
勢いをつけて、ザァッと砂が擦れる小さな音を鳴らしながら一気に滑り降りる。
いつもだったら、とても楽しいのに。
ただそれだけの事がとても楽しくて、お買い物の時間も楽しみに待っているのに。
なのに、今は全然楽しくなかった。楽しいどころか、辛くて悲しくて、独りぼっちの心細さが拓海を追いつめていた。
「…っ!…うぇッ…うえぇん……」
拓海は泣き出した。大粒の涙は止めどなく流れ落ちた。
自分の中から生まれてくる泣きたい気持ちに翻弄される。この感情が何なのかも、幼い拓海には分からなかった。
ただ体中をギュウギュウ押さえつけられて、地面にのめり込んでしまいそうな感じだった。拓海は恐くて仕方なくて、泣きながら前方も見ずに駆けだしていた。
足を踏み入れた事もない、己の背丈の何十倍もあるような木が無造作に立ち並ぶ場所へ入り込んで、何度も地面に浮き上がる根に足を取られた。
どうして自分が走っているのか、何処へ行きたいのか、それも分からずに走り続けて、フワッと体が浮いたかと思うと、豪快に転んでしまった。
ハァハァと何度も大きく呼吸して、息が落ち着くと今度は体中に痛みを感じた。足も手もジンジンと痛んで、動けない。
転んだらいつも自分で起きるよう教えられていたので、拓海は痛む体を庇いながらゆっくりと起きあがった。
そして、じりじりと躙り寄って大木の根元に身を寄せる。疲れと痛みで、もう一歩も動けない。拓海は膝を抱いて小さくなると、じっとその場所に蹲った。
起きあがった時はいつも、『大丈夫か?』と心配する声と『一人で立てたな。偉いぞ。』と誉めてくれる声がある。
痛む場所を和らげるように撫でてくれる手がある。全てから拓海を守るように抱きしめてくれる手がある。それが、今までの拓海にとっては『当たり前のコト』だった。
───でも、今は何もない。ひとりぼっちだ。
兄達の優しい手を思い出し、胸の奥がギュッと痛んだ。
───帰りたい。あそこにいたい。
大好きな人たちがいる、大切な場所。
「・・・でも・・・ポイされたんだから…」
誰かがいらないと言ったのなら、いつか大好きな兄達もそう思うのかもしれない。
いや、自分が知らなかっただけで、ホントは今だって、いないほうがいいのかもしれない。
体の痛みはもう忘れていた。ただ、抱えきれない悲しみに、涙が止まらなかった。
★☆★☆★
───ピンポーンッ
軽快な電子音が鳴り、高橋家の扉は外側から開かれた。
「こんにちは、涼介坊ちゃん。…あら?拓坊ちゃんは?」
渡されている鍵で扉を開けて家に入ったミツは、リビングのソファに腰掛けているこの家の長男に挨拶をしながら、いつもならココにいるはずの幼子を探した。
「こんにちは、ミツさん。拓海なら…」
隣の部屋だと言おうとした涼介の声は、焦ったような弟の声にかき消された。
「拓海?!拓海ー!…あれ?拓海ぃーッ!!」
誰何するような声は、焦りに彩られた緊迫の声に変わっている。
涼介とミツは、驚いて拓海の部屋に飛び込んだ。
「どうした?啓介!」
「アニキッ!拓海が何処にもいねぇぞっ!」
振り向いた啓介は冷や汗を流し、困惑に瞳を彷徨わせている。
「拓海が?!…そんなバカな!」
啓介の言葉に涼介も部屋を見回す。でも、確かに何処にも愛しい末弟の姿が捕らえられない。
「拓坊ちゃん?何処?何処にいらっしゃいますか?」
ミツは焦りを浮かべて、窓に近づいた。部屋にいないなら、庭しかない。
拓海が一人で庭に出る事はないはずなのだが・・・。
ミツは大きな窓を開いてサンダルで外に飛び出す。広い庭のあちこちを見て回った。
大きな木の後ろから、いたずらな天使がひょっこり顔を出してくれるコトを願って。
・・・でも、どんなに名を呼んでも、愛しいあの子の声が聞こえない。
「啓介!念のために他の部屋も見てこい。もしかしたら俺達が気付かなかっただけかもしれない。」
言いながら、涼介は有り得ない…と、舌打ちしていた。
拓海の様子には昨日から気にかけていた。その自分達が、部屋から出てきた拓海に気付かない?
───そんな馬鹿な事、あるはずがない!
じゃあ、拓海は何処に行ったというのか・・・。嫌な予感に身を焼かれながら、涼介も庭へ降りた。
そこで気付いた。庭へ降りる台の下に置かれていた、拓海用の小さな靴が無いことに・・・。
「拓海っ!」
蒼白な顔で、涼介は叫んだ。
「涼介坊ちゃん?!」
「どうした、アニキッ!」
階段を駆け下りて拓海の部屋へ戻った啓介とすれ違うように、涼介は拓海の部屋に戻って玄関へ向けて走り出す。
「庭用の靴が無い。外に出たんだ。探しに行くぞ!」
事実を淡々と告げる涼介の横顔は、常にないほど厳しく張りつめていた。
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