【ラブリー・エンジェル】 P20 (兄弟X拓…と思う )
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「涼ちゃん、ホントに母さん居なくて大丈夫?明日は日曜だから、ミツさんも昼からだし・・・」
しっかり者の長男への信頼は絶大なのだが、それでも彼女は不安げであった。
「拓海はもう眠ってるし、俺達も明日は家に居るから。・・・ほら、もう時間だ。母さん、そろそろ行かないと・・・」
拓海を案じてグズグズしている母親を、涼介は追い出すように玄関まで背を押していく。
「何よー!まるで母さん、いない方がイイみたいじゃないっ!」
拗ねたように言う母親が二つ年下の弟の姿とダブって、涼介は苦笑した。
「そうは言わないけど・・・。母さんが居たらすぐ拓海を起こしちゃうだろ?」
可愛さ余ってすぐ抱き上げてしまう母の行いを知るだけに、涼介の杞憂は的を射ている。
「・・・しっかり言ってるじゃないっ!…ま、いいわ。でも、何かあったらすぐ連絡して頂戴ね。幼児の体調って変わりやすいんだから」
「解ってる。今日は俺が拓海と一緒に寝るよ。啓介は眠ったら起きないからな。」
「そう。お願いね。…じゃ、行って来るから、戸締まりヨロシク!」
言いながら慌ただしく、母は外へ出た。今からだと、結構時間ギリギリである。
「やれやれ。慌ただしい人だ。・・・でも、本当に拓海、どうしたんだ?」
俯いたまま何も言わなくなった末弟の姿を思い浮かべて、涼介は表情を沈ませた。
当たり前だが、拓海は涼介・啓介には非常に懐いている。このままだとブラコンの道まっしぐらだ…と周りの誰もが疑わないほど懐いている。
そんな拓海が、自分達にすら口を噤んで何も言わないなんて・・・。
少なからず…いや、かなりのところ、涼介の自信は傷つけられた。自分と啓介にだけは、何でも話してくれると思っていたのに・・・。
「成長したってことなのかな?」
言葉が増え、表情が増え、感情が豊かになっていく。当然、自我も芽生えて、隠し事くらい出てくるだろう。
啓介が誰に教えられるでもなく『兄ちゃん』から『アニキ』と呼ぶようになったように、拓海も自分で考えて行動するようになってくるのだ。
当たり前の事なのに、それが少し寂しい。
そのくらいなら、ずっと手のかかる小さな子でいてくれたら…と、思ってしまう。
「全く…。今からこんな事言ってたら、拓海が大きくなったら大変だな、俺は・・・。」
涼介も、自分が拓海に対して必要以上に過保護になっているのは、分かっているのだ。拓海がお兄ちゃん子なのではなく、自分が弟っ子なのだと・・・。
そんな自分に苦笑して、己の考えを払うように頭を軽く振ると、涼介は拓海が眠る自室へと足早に戻っていった。
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───翌朝。
普通、幼児のご機嫌というものは、お天気と比べものにならないほど目まぐるしい。
どんなに機嫌が悪くても、次の日に持ち越すことは余りない。
だが、翌日になっても拓海の機嫌は治っておらず、朝からシュンとして全く元気がなかった。
「たぁ〜くぅ〜みぃ〜!なぁ、どーしたんだよ?何が気に入んないんだ?…なぁ、なぁ?何で元気ないんだよ〜!」
啓介は朝からずっとこの調子で、小さな拓海の後ろをウロウロついて回っている。どちらが幼児なんだか分からない状態だ。
一方、拓海はあんまり啓介がしつこく言うので、すぐ涼介の足の後ろに隠れてしまう。幼いながらも避難場所はちゃんと心得ているのだ。
「あああ〜!!またアニキの後ろに隠れたぁ〜!」
恨めしそうに言いながら、涼介を中心にぐるぐる回って拓海を追いかける。
涼介はそんな啓介の頭をパシッと軽く叩いて止めさせると、足元にいる拓海をひょいっと抱き上げた。
「拓海?…どうして元気ないんだ?」
涼介に顔を覗き込みながら尋ねられて、拓海はプルプルと首を横に振った。
「・・・言いたくない?」
もう1度、涼介に尋ねられて、拓海は少し考えた後、小さく頷いた。顔を少し歪めている。泣き出してしまいそうなその顔に、もう何も訊けなくなってしまった。
涼介はふぅっと溜息をつくと、拓海を降ろしてやる。すると拓海はリビングと繋がってる部屋へと駆け込んでいった。
「あ!拓海ぃ〜」
急いで追いかけた啓介だったが、『来ちゃヤーッ!』という拓海の声に足を止める。
オロオロしながら、啓介は涼介を見上げた。
「どうする、アニキ?なんか拓海、ホントにおかしーぜ?」
あの部屋は拓海の部屋だ。扉はリビング側にしかないので、ちょうどいいだろうと宛われた。但し、拓海はもっぱら兄弟又は夫妻の部屋で寝起きしているので、あまり利用されていない。
「どうするって…機嫌治るまで待つしかないだろ?ミツさんが来たら、昨日何か変な事なかったか訊く必要があるな…。」
この時、後手に回った自分を後で呪ってしまう事になろうとは、さすがの涼介も考えが及ばなかった。
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拓海は2人に気付かれないよう、窓から庭に出て、こっそり家を抜け出した。
窓は拓海が誤って外に出てしまわないよう、いつも鍵が掛けてある。
でも、拓海はクッションの上に乗って背伸びをし、何とかそれを開けた。子供というのは、周囲が出来ないと思ってることも思わぬ方法でやってのけたりするものなのだ。
一人で家の外に出たのは、初めてだった。
別に。何処へ行きたいとか、何かしたいとか、目的があったわけではない。
ただ、拓海は家に居てはいけないような気になってしまったのだ。
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