【ラブリー・エンジェル】 P19 (兄弟X拓…と思う )

 全員が、幼い拓海の顔を伺った。だが、拓海はキョトンッと何も分かってないという顔をしていたので、奥様達は笑ってごまかすことにした。
「ホント、エ、エライわね〜、拓海ちゃん。挨拶もちゃんと出来るし…ねぇ?」
「えっ…そ、そうそう!やっぱり、お兄ちゃん達がしっかりしてるからかしら。」
 ごまかし笑いでおしゃべりをする奥様方の言葉を拓海の耳に入れないように、ミツはその前に立ちはだかって、幼子の顔を覗き込んだ。
「拓坊ちゃん。さあさあ、もうお家に帰りましょう?…ね?」
 心配げなミツにそう言われて、拓海は黙ったままコクンと小さく頷いた。
そんな拓海の手を取って周りの人に挨拶をすると、ミツは足早に公園を後にしたのだった。

★☆★☆★

 家に着いても拓海の様子を気にかけていたミツだったが、拓海は普段通りにおやつを食べるとお昼寝に入ったので、大丈夫だろうと結論を出した。
 だが、彼女の思惑とは反対に、拓海は幼いながらも懸命に考えていたのである。

 何も分からなかったのだと周りの大人達に思われてしまったけれど、拓海だって本当はちょっとだけ、分かっていたのだ。自分だけが『違う』のだというコトを・・・。
───たくみだけ”ふじわら”なのは、どうして?
───捨てるってなぁに?…ごみをポイするのと同じ?
───だったら…たくみはポイされたの?
───誰かにポイされたから、ココにいるの?
 小さな拓海の心の中は、湧き上がる不安と疑問で一杯だったのである。

 夕飯の用意も終わり、帰ってきた兄弟に後を任せて、ミツは高橋邸を後にした。
 涼介には報告しておこうか?とも考えたのだが、言ったら最後、公園に立入禁止と言いだしそうなので黙っていた。それでは余りに拓海が可哀想だから…と、彼女なりの優しい配慮だったが、後に彼女は己の判断を深く後悔することになる。

 一方、何か考え込んで沈んでいる拓海の様子に、涼介は訳が分からず首を傾げた。
「どうした?拓海。今日はずいぶん大人しいんだな?」
「・・・」
 拓海は何も言わずに首を横に振り、ぎゅっと涼介の服をつまんだ。服をつまむのは、抱っこしてほしい時の拓海の癖だ。
 涼介はひょいと拓海を抱き上げて、愛する天使の顔を覗き込む。
「涼兄ちゃ…」
 何かを言いかけて、結局、拓海は口をつぐんでしまった。

───涼兄ちゃんは物知りだから、きっと何でも知ってる。
───訊いたらきっと答えはすぐわかる。
───でも、もしそうだと言われたらどうしよう?
───たくみはいらないのだと言われたら…?

 そんな迷いが、拓海の口を閉ざさせた。
───コワイ!コワイ!…コワイって…一体何が?
 それすらも分からなかったけど、拓海は恐くて何も訊けなかった。

「拓海?」
 涼介は口ごもる拓海を不審に思った。
いつもなら抱き上げると笑顔になるのに、今日の拓海は笑ってくれない。家族全員が心の拠り処としているあの笑顔を見せてくれない。
「…どうした?どこか痛いのか?それとも苦しい?」
 まさか病気じゃないだろうな?と疑って、涼介は拓海の額に手を触れさせた。
その声を耳にして、ちょうどリビングへ入ってきた啓介が走って近寄ってくる。
「拓海っ!…どっか悪いのか?痛いトコあんのかっ?アニキ!早く病院連れて行かないと!」
 慌てる啓介を、涼介はぐいーっと押しのけた。
「落ち着け、啓介。拓海がやけに大人しいから訊いただけだ。お前が煩くすると拓海が答えられないだろう?」
 涼介は再び拓海の顔を覗き込みながら、首を傾げて尋ねた。
「熱は無いな。…拓海、どっか苦しいのか?」
「ううん。…ヘーキ。ダイジョブ」
 答えた拓海は小さな笑顔を見せたが、いつもの晴れやかさがない。
第一、拓海の『ヘーキ』『ダイジョブ』は、ハッキリ言って信用できない。熱がもの凄く高い時でも、同じ台詞を言うからだ。

 涼介は眉を寄せて心当たりを考えてみるが、どうにも思い浮かばない。
「ホントーかぁ?拓海。我慢なんかすんなよ?しんどかったらちゃんと俺に言えよ?」
 啓介も拓海の様子がおかしいのは分かるのか、しつこく言いながら頭を撫でる。
拓海は大人しく頷いたが、兄弟の不安は拭えなかった。

 そんな雰囲気を一蹴するかのように明るい声が響き渡る。
「ごっ飯よぉ〜」
 今日は珍しく、高橋の母が家にいるのだ。
夜番なので、ちょっと空いた間に拓海に構おうと帰ってきた彼女であった。
 息子2人に独占されて拓海と触れあう機会の少ない母は、ウキウキと上機嫌な様子で涼介の傍に寄った。正確には、拓海の傍に…である。
 だがそれは、難しい顔をしている涼介に気付き、驚きの表情に変わる。嫌になるくらい表情の乏しい長男が、こんな顔をするのは拓海の事以外にありえない。
「どうしたの?」
「拓海がちょっと元気ないんだ。」
「ええっ?!…熱はない?それとも、どこかケガでも…?」
 慌てて差し出した手は、涼介によって遮られてしまう。
…触らせてよぅ!ケチ!と、思いをあらわに長男を見るが、あっさりと無視された。

「拓海、ご飯だぞー?食べるか?」
啓介が尋ねると、拓海はコクンと頷いた。いつもなら元気にうんと言う拓海なので、やはり様子がおかしい。
 だが、食事はある意味、バロメーターでもある。食べれるようなら今すぐどう、という問題でもないだろう。
 第一、拓海が余りしゃべりたがらないのでは仕方がない。この調子で病院に連れて行ったら、きっと医師の前では嫌がって泣いてしまうだろう。
「……機嫌悪いだけかもしれないし、様子を見ようか?
母さん、ご飯にしよう。今日は拓海、早く寝かせたほうが良さそうだ。」
 涼介のこの一言で、心残りを感じながらも全員そろって食卓へと移動したのである。

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