【ラブリー・エンジェル】 P18 (兄弟X拓…と思う )

「拓海ぃ〜。行って来るなぁ〜」
 今度は自分の番…とばかりに、ニヘラッと笑って拓海に手を伸ばした啓介であったが、無情にも涼介はそんな弟の耳を後ろから引っ張って歩き出した。
「痛ってぇー!」
「残念だな。時間切れだ。…行くぞ、啓介。」
「えええーッ!そりゃねぇよ、アニキぃ〜」
「うるさい。…言っただろう?同情の余地ナシだ!」
 啓介の文句など、一刀両断の涼介である。
「う〜!!・・・拓海ーッ!行って来るからなぁ」
 涼介に引っ張られて後ろ向きで歩きながら、啓介はミツに抱かれる拓海にブンブンと大きく手を振った。
「啓兄ちゃん、行ってらっしゃーい」
 拓海は無邪気に笑って、啓介に手を振って返す。その笑顔たるや、どんな天使だって敵わないくらい愛らしい。
 ぐぁ〜、我が弟ながら可愛すぎる!抱けなくて残念〜ッ!と、後悔しきりの啓介に、
「啓介。さっさと歩け!いつまで俺に引っ張らせる気だ、お前は。」
 涼介の態度はあくまでも容赦がなかった。

 2人を見送るのが朝1番の大仕事…とばかりに、ミツは大きな溜息をつく。
「やれやれ。…さあ、拓坊ちゃんもご飯にしましょう。今日は桃の缶詰もありますから、残さず頂きましょうね。」
 デザートは、ご飯をキチンと食べられてから食卓に出されるのが、高橋家での決まりである。
「うん♪」
 ミツの言葉に、拓海は瞳を輝かせて大きく頷いた。白桃の缶詰は拓海の1番の好物なのだ。

・・・つまり、結局ミツも、この愛らしい天使には激甘なのである。

★☆★☆★

───ある日の午後。

 拓海を連れて近くまで買い物に出かけたミツは、帰りに少しだけ公園に寄った。
拓海が啓介に拾われた、あの公園だ。今はきちんと整備されて広い緑地公園になっており、道沿いには小さな子供用の広場がある。
 買い物の帰りにはココの象さんの滑り台で1回滑るのが、拓海とミツのお約束なのだ。
その事に気づいた近所のお母さん達が時間に合わせて公園へ子供を連れて出ている事は、流石のミツも知らないのだが・・・。

「あら、今日はお友達がいっぱいですね。」
 朗らかに笑いながら、ミツは先客のいる滑り台へ拓海を伴った。
まだ階段を一人で登らせるのは危なっかしい拓海を滑り台の上へ座らせて、軽く勢いを与えて滑り降ろしてやる。
 一人ずつ滑るタイプの子供用滑り台は、安全のため降り口には砂場が広がっていて、滑り降りると衣服が砂にまみれてしまう。ミツは拓海を砂場から連れ出すと、ベンチの近くでパンパンッと衣服を払ってやった。

 この瞬間が集まった奥様達のチャンスの場だ。わらわらと近くに寄ってきては、次々に挨拶をしてくる。
 知らないおばさんに囲まれて初めこそ戸惑って怯えた拓海だったが、次第に慣れてきたらしい。見知った人に優しく頭を撫でられるとご機嫌な笑顔を零すので、今や『高橋さん家のエンジェル』と鰻登りの人気なのだ。

 そんな拓海がサササッとミツの後ろに隠れてしまった。
おや?と思ったミツが顔を上げると、目の前には先日、引っ越しの挨拶回りをしていた若い女性が立っている。見知らぬ人間には、やはり警戒心が強いのだ。
まあ、それも、『外には恐い人がたくさんいるから、知らない人には近寄っちゃダメ!』と、兄2人の教え込まれた通りに行動しているだけなのだから、罪はあの2人にあるだろう。『ついて行っちゃダメ』と教えるのは普通だが、『近寄っちゃダメ』と教えるのはあの兄弟ぐらいだろう。
 拓海の行動に、成程…と頷いて、ミツは後ろに隠れている幼子をその女性の前に促した。
「拓坊ちゃん、大丈夫ですよ。さあさ、ご挨拶しましょうね?」
 ニコニコ笑顔で促すミツを見上げて、拓海は目の前の見知らぬ女性をちらっと見た。
 拓海と同じ年頃の女の子を抱いたその女性は、我が子を降ろしがてら自らしゃがんで、拓海の顔を覗き込んで笑ってくる。

「・・・こんにちは。」
 拓海はやや緊張を残しつつ、言われたとおり、お辞儀をしながら挨拶をした。
「こんにちは。きちんと挨拶できるなんてエライわね〜。
おばさんも近くのお家に住んでるのよ。ヨロシクね、拓海ちゃん!聞いてた通り、とっても可愛いわぁ〜」
 どうやら拓海の噂を聞きつけていたらしい。そんな女性の服の裾を、連れられていた女の子はムスッとした顔で引っ張った。
「何?綾ちゃん。…ほら、綾も挨拶しましょうね?」
 そう言われて拓海の前に出された女の子は、顔を真っ赤にして睨んでくると、ドンッと拓海を押しのけて砂場へ向かって駆けだした。

 おっかなビックリ顔で尻餅をついた拓海だが、泣きはしない。キョトッと首を傾げて呆けている拓海を、女性は慌てて抱き起こした。
「こらっ、綾ちゃん待ちなさいっ!…まったくもう。
・・・ゴメンなさいね、拓海ちゃん。どこも痛くしなかったかしら?」
 小言を無視した我が子に代わって謝ってくる女性に、拓海はフルフルと首を振った。
「ううん、痛くない。ダイジョブ。」
 そう言ってニコッと微笑んだ拓海に、周りのおば様方から感嘆の溜息がもれる。
言葉にすると『これよ、これー!可愛すぎるわぁ!まさに天使の微笑みよね〜』という所だろう。

「拓坊ちゃん、ホントに大丈夫ですか?」
 拓海にケガをさせては、とんでもないことになってしまう。特に兄弟2人の低気圧は絶対に免れまい。
慌てて拓海に尋ねるミツにも、拓海は大丈夫と笑みを見せた。

「転んでも泣かないなんて、とってもエライわ〜。
・・・本当に、こんな可愛くていい子を捨てる人がいるなんて、信じられないわねぇ」
 その後半の台詞に、周りにいる全員がピキーンと固まった。
「ちょっ……ちょっと!」
「え?・・・あっ!ヤダ、私ったら…」
 慌てて背後から背中を叩かれて初めて自分の失言に気づいた女性は、咄嗟に己の口を手でふさぐ。だが、もう遅い。出てしまった言葉を取り戻すことなど出来ないのだから。

           << BACK                NEXT >>



             NOVEL TOP                TOP