【ラブリー・エンジェル】 P16(兄弟X拓…と思う )

「…ッ…こ!……こや〜」
「・・・え?…こ、『こや』…って何だよぅ、それ。違うって。啓介だぞ?啓介!」
 拓海が何を言ったか分からなかった啓介は、もう一度、自分の名前を覚えさせようと必死である。
 だが、ふと気づくと両側に座る兄と母が、肩を震わせて笑っているではないか?
「何だよー。何で2人とも…」
笑ってんだよっ…と言う前に、2人の笑いは盛大な爆笑に変化する。

「───ッ!だぁって、コレ、笑わずには居られないわよぉ〜!!」
 バシバシッと床を叩いて爆笑する母に、啓介は拓海ごと後ずさりして離れてしまう。
「…プッ…ククッ…わ、分かんねーのか?啓介。拓海はコラって言ったんだよ。」
 何とか笑いを抑えた涼介だったが、自分の台詞に又、笑いがこみ上げてきた。
「何でだよー。何?俺、拓海に怒られたってコト?」
 まだ赤ん坊の拓海が、意味を分かって言葉をしゃべるはずもないのだが、啓介は頭が混乱しているらしい。
「そ、そうじゃなくてぇ…ププッ、あーおかしい!…だからネ、涼ちゃんが啓ちゃん呼ぶ時、大抵『コラ』で始まるから、拓海ちゃんソレが名前だと思ってんじゃないの?」
 涙まで浮かべて我が子を笑う母のあんまりな台詞に、啓介は唖然とした。
「…ええーッ!俺、ヤだよ!そんなんっ!」
「嫌って言ったって、拓海はまだ赤ん坊なんだからしょうがないだろ?・・・ま、普段の行いのせいだな。」
 啓介はキッパリと言い切る兄を恨みがましく睨む。大体、涼介がいつもコラって言うから悪いんだと言いたいが、そんなコト言ったら3倍返しで言い負かされるのは間違いない。
 悔しげな啓介にフッと笑うと、涼介は啓介の手から拓海を取り上げた。

「拓海?俺のことは?…りょ・う・す・け…だよ?言ってごらん?」
 キョトンとしている赤ん坊を覗き込んで、満面の笑顔で涼介は言った。
腕の中の赤ん坊をじっと見つめる瞳には、期待の気持ちがありありと伺える。
(…ほーんと、涼ちゃんは拓海ちゃんに夢中なんだから。)
 こんな時ばかりは、生意気な涼介も可愛い子供に見えるのが不思議〜と思いながら、母は赤ん坊に夢中な長男を眺めていた。
「…ちゃ…」
「・・・え?」
「にーちゃ…にぃ〜」
 ニコォと笑って、拓海は涼介に手を伸ばした。涼介は1度瞳を瞠ると、次の瞬間、嬉しげに微笑んだ。
「そっちで覚えちゃったのか。・・・ま、いいか。…いい子だね、拓海。」
 小さな顔にスリッと己の顔を寄せて、拓海を抱きしめる。この温もりが、涼介の1番の宝物だ。

「ズルイーッ!!」
 その姿にブーイングを出したのは、残る2人だ。拳を握って訴える姿まで、クリソツな親子である。
 涼介の手から拓海を奪い取り、2人して己を指さしながら拓海に向かって連呼しはじめた。
「拓海ちゃん、ママよ〜。マ〜マ。ママって言ってみてぇ〜」
と、母が言えば、
「何言ってんだよ、気持ち悪ぃ!…拓海ィ!俺は啓介。啓介ったら啓介。コラはねぇだろぉ〜」
 それを押しのけるようにして啓介が言う。ちなみに『ママ』だなんて、涼介どころか啓介だって1度も呼んだコトはない。
「何よ!いいじゃない、一人くらい可愛いく呼んでくれる息子がいたってー!!啓ちゃんなんか、コラで充分よっ」
「何だとー!」
「何よッ!!」
「・・・2人とも、そんな風にしてたら、拓海に『何』って呼ばれるぞ?」
「涼ちゃんは黙ってなさい!」
「兄ちゃんはひっこんでろよ!」
 2人息ぴったしで抗議されて、流石の涼介もヤレヤレと閉口した。

 そうして、拓海に名前を呼んでもらおう大作戦は、2時間ほど続けられ、結局、母は『かーちゃ』啓介は『けーちゅ』に落ち着いたらしい。
 2人の兄が『母さん』と呼んでるのを耳にしているのだから当たり前と言えば当たり前だが、高橋母はやはり残念そうである。
 じゃあ、それなりに呼んでもらえた啓介・涼介は大喜びなのか?と言えばそうでもなく・・・
「何で兄ちゃんは『兄ちゃん』なのに、俺は呼び捨てなんだよ…」
「何で啓介だけ名前なんだ?」
 隣の田圃は青く見えるとは、正にこの2人の状態を言うのだろう。

 一方、今日1日で3人の名前を覚えるという大業を果たした拓海はと言えば、嬉しいながらも不満を漏らす不届きな3人をヨソに、満足げに笑いながらスヤスヤと安らかな眠りについてしまっていた。

★☆★☆★

「まぁまぁ、じゃあ昨日は大変だったんですねぇ。」
 翌日の朝食の席で、啓介はミツに昨日の事を話して聞かせていた。
「それにしても、もう皆の名前を言えるなんて、拓坊ちゃんはホントお利口さんですよ。普通は、もう少し時間がかかるものですからね。」
「皆?」
「ええ。私も朝1番に驚かせてもらいましたよ。」
 そう。今朝1番に、ミツは拓海に『みちゅー』と言われて、ビックリ飛び上がったのである。
 ソレを聞かされた兄弟は、ミツに驚きの表情を見せた。
「・・・さすが、ミツさん。」
 2人声を揃えての賛辞に、老婆は朗らかに笑った。
「・・・でも、ミツさん、誰か忘れてない?」
「え?」
「父さんが、まだなんじゃねーの?」
 昨夜も不在だったこの家の大黒柱を、ミツはすっかり忘れているのでは…と思った2人だが、その台詞に老婆はフフッと楽しげに笑った。
「いいえ。今朝、私が来た時、旦那様が拓坊ちゃんをあやしてらっしゃいましたよ?」
「…あやして?…叩き起こしたの間違いなんじゃないのか?」
 ミツの台詞に、涼介は眉間に皺を寄せた。
昨日はめずらしく母が居たので拓海はベッドごと父母の部屋に連れて行かれたのだが、間違いだったなと溜息をつく。
 ミツはまぁまぁ、そう怒らずに…と宥めながら話を続けた。
「それはもう一生懸命、パパ、パパ〜と教えてらっしゃいましたよ。」
 老婆が思い出し笑いを浮かべながら告げた父の姿に、息子2人はげんなりとなった。
「パパぁ〜?!…何だよ、それ!…すげ、気持ち悪ぃ。」
 己がそう呼ぶのを想像して、啓介はゲローと舌を出した。途端にミツに叱られてしまう。食卓のマナーには割と口煩いのだ。
「…ヤレヤレ、似たもの夫婦だよなぁ、あの人たち。」
「まあ、涼介坊ちゃん。あの人だなんて、ご両親のことをそんな風に言ってはいけませんよ!」
「そうだね、ゴメン。…それより、拓海は結局、父さんの事は呼べたの?」
「ええ。旦那様の事は、教えられるままに覚えたようでしたよ?…『パーァ』って呼ばれて、嬉しそうにしてらっしゃいました。…奥様は悔しいーッて叫んでらっしゃいましたけどねぇ」
 その時のデレデレ〜とやにさがったろう父の姿がアリアリと脳裏に浮かんで、涼介・啓介は二人揃って眉を顰めた。
(・・・くるくるパーって事なんじゃねーの?)
(・・・頭悪いって言われたも同然だな。)
 口に出して言うとミツに叱られてしまうので、悔し紛れの毒舌を心で呟く高橋兄弟であった。

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