POINT OF NO RETURN

by 亜紀 









――― 南原コネクションリビング ―――
 ピアノの音が朝の光と混じり合い心地良い響きを織りなしている。 曲はベートーベンの 「メヌエット」 ――― 本当はバイオリンとの二重奏が、この曲は、いいのらしいが ――― だった。
 珍しく今日、ちずるは休暇だった。
 キャンベル戦争終結から半年 … ちずるは新開発の戦闘機を始め (あくまで 『新たな異星人の侵略に備えて』 … という条件付きで … ) 復興に使うマシンの開発など 山ほど研究を抱えて、忙しい毎日を送っていた。
「よぉ! 相変わらずうめぇな〜、お前のピアノはよ。 ベントーベンの 『運命』 だろ?」
 豹馬がリビングに入ってきた。
「 …… 『メヌエット』 よ … 」
 ちずるは、ため息混じりに答えた。
「ふーん … どっちでもいいや。 なぁ … なんだ … その … 今日、お前休暇だろ? 俺と一緒に、海まで行かないか?」
 豹馬は思い切ってそうちずるに聞いた。
「豹馬、もの凄いスピード出すんだもん。 恐いわよ」
 ちずるはこの間、トラックと正面衝突しそうになったことを思い出し、ぶるぶる首を横に振った。
「バイクが好きなんでしょ? どうぞ、1人で海でも山でも行って来たら?」
 ちずるは、このところ休みが全く取れずにいた。 たまに休みがとれ、豹馬と出かけようとしても
「豹馬さん? あー、山の方に走りに行きましたよ」
 と、所員に教えられ、がっかりしたこともある。 前回出かけたのは、もう2ヶ月も前だった。
「な〜に、ぶりぶり怒ってんだよ?」
 豹馬は、少しムッとして言った。
「べ〜つに … 」
 ちずるは、振り向きもせずピアノを弾き始めた。
――― なんか … 一緒に戦ってきた時の方がずっと側にいた気がする ―――
 ちずるは、こんな2人の現状がさみしくてならなっかた。
 正直いって2人の間に 『これ』 といった進展があったわけではなかった。 考えてみれば、自分から豹馬に 「好きだ」 と言ったこともなければ、豹馬から 「好きだ」 とも言われた訳ではない。
 ちずるは研究、豹馬はテストパイロット … セクションの違う部署ではなかなか接点がない。 あったとしても無線越しに
「飛行状態は、どうですか?」
「上々です」
 など周りを気にしながらの他人行儀な会話 … 。
――― 戦ってた時の方が豹馬のことわかってた気がする … 。 どう豹馬が動きたくて、どんな武器を使いたくて、どんな戦術を考えていて … ―――
 ここまで考えて、ちずるはハッとした。
「あたし … 。 豹馬のこと … わかってない … 」
 出てくるのは 『豹馬の戦い方』 ばかり … 。 普通の青年としての豹馬をちずるは、あまりに知らない自分に愕然とした。
「んじゃ〜、俺、1人で行ってくるからよ。 なんでぇ! せっかく誘ってやったのによ! ふん!」
 豹馬は、完全に怒ってリビングを出ていってしまった。


――― 研究セクション ―――
「 … さん … ?? ちずるさん … 『ちーちゃん!』」
 ハッとしてちずるは振り向いた。 そこには同じ研究セクションの椎菜 新がいた。
「あっちゃん … 」
 ちずるは、新と幼なじみだった。 戦いの時もずっと南原コネクションで働いていた所員であり将来を嘱望された青年だった。 新は、ちずるより4歳年上の21歳だった。 幼い頃は、あまり年齢差など気にせず 「いいお兄ちゃん」 だったが最近ちずるよりずっと大人びて、なにくれとなく、ちずるの相談に応じていたのであった。
「どうした? 疲れたか?」
 と、言ってちずるにコーヒーを渡した。
「 … うん … 大丈夫だよ … 」
 先日の豹馬との 『けんか』 から3日 … 。 あれ以来、豹馬とは全く話をしていなかった。
「ふーん … 。 でも自分で意識してなくても『心』の方がまいっちまう時だってあるんだぜ。 もっと自分に正直になんなくちゃな」
 と、言って 『ぽん』 とちずるの頭をなでた。
「もう! あっちゃん。 あたし、もう小さい子じゃないんだから! 子供扱いしないでよ! 」
 と、ちずるは頬をふくらませた。
「ははは … 。 じゃ『大人扱い』してやろうか?」
 と、新がふいに真面目な顔で言ったので、ちずるは 『どきっ』 とした。
「来週ちーちゃんと俺、ローテーションの関係で休暇一緒の日なんだよな。 どう? どっか行かない? あ、豹馬君と約束があるかな?」
 と新が言うと
「 … いいわ。 どこか行きましょ」
 と、ちずるが答えた。
「おいおい … 。 豹馬君は、いいのかい?」
 まさか、OKが出るとは思わなかった新は、ビックリして聞いた。
「いいの。 別に、あたしと豹馬 … そんな関係じゃないし … 。 向こうはバイクが恋人みたいよ」
 と、ちずるは半分怒ってそう答えた。
「よっし。 決まった! どこに行きたい?」
「うーん … そうね … 空気がきれいで … 夜は、星がいっぱい見える所。 あっちゃん知ってる?」
「うーん … あ、そうだ!」
「え? 心当たりがあるの?」
「ああ、とってもいい場所だぜ! じゃ来週な! だから! ほら仕事! がんばろうぜ!」
 と、また新は、ちずるの頭を 『ぽん』 となでた。
――― あっちゃんといると 『楽』 だな ―――
 ちずるは、思わぬ幼なじみの誘いが自分のぎすぎすした心を癒していくのを感じていた。


――― 翌週、N県 ―――
「うわー、緑がキラキラしていて、空気がきれい!」
「だろ? きっと、ちーちゃん気に入ると思って … 」
 自慢げに新が笑った。
 新の車は大型の4WD。 スキーがプロ級の腕前の新は冬になると寸暇惜しんでN県に滑りに来ていたので道の方は地図がなくても自称 『地元民より知っている』 状態だった。 と、いっても荒っぽい運転でなくスピードは出しすぎず、滑らかなハンドルさばきで車を操るのだった。
「こういうところも、あっちゃんの 『安心』 できるところなのよね」
 ちずるがそういうと
「まーね … 1人の時は、もっと飛ばすけど、誰かと会話を楽しみたい時はこんな感じかな … 。 お! ほら! 湖が見えてきたぞ!」
「うわー! きれい!」
 突然開けた視界の向こうには太陽の光をそのままはね返してきらめく湖が2人を出迎えていた。
 湖畔で車をとめて2人はゆっくり歩き出した … 。
「わー … 車の騒音が聞こえない … 。 鳥の声がいっぱい聞こえるわ … 」
 しばらくちずるは目をつぶって自分の頬にあたる風の音や鳥のさえずりに耳を傾けていた。
「 … どう? 元気になった?」
 新が笑うと
「うん! なった! なった! 体の中からきれいになるみたいだわ!」
 と、ちずるは満足そうに応えた。
「よーし … 。 美味しい空気を食べたところで … 美味い飯食べに行かない?」
「うん! 行きつけの店でもあるの?」
「ははは … 。 N県は俺のフィールドだぜ! まかせときな」
 と、言って新はちずるの手をひいた。
 小さい頃から手をつないだことがあったので別段気にせず新が差し出したその手を握ったちずるは思わず驚いた。
――― … あっちゃん … こんなに … 手が大きかったかしら?  … ―――
 ふいに、ちずるが黙りこくったので、新も手を握ったまま黙り込んでしまった。 結局2人は新の行きつけのレストランに行くまで黙ったままだった … 。 ただ鳥の鳴き声が響くばかりだった。


 夜 … ひとしきり湖の周りの美術館やオルゴール館などを回った2人はもう一度湖岸に戻って来ていた。
 湖岸に寝そべると満点の星空が広がっていた。
「うわー!! きれいね … 」
 ちずるが感嘆の声をあげると
「だろ? 俺が初めてのデートで女の子を連れてきた場所なんだよ」
 と、新は、ためらいもせず言った。
「え? あっちゃん、彼女いたの?」
 と、ちずるは驚いて尋ねた。
「ははは … 。 この年になれば、女の子とつき合ったことぐらいあるさ。 もっともその子とは、半年ぐらいで別れちゃったけどね」
 と、笑って答えた。
「 … なんで?」
「うーん … なんとなく … じゃ、答えにならないかな?」
「 … ふーん … 『なんとなく』 … ね … 」
「 … そう … 『なんとなく』 … な … 」
 そういうと2人は再び上空を見上げた。
 星空はコネクションのそれとは比べ物にならないほどだった。
「すごいね … 。 星と星の隙間がないよ … 。 手を伸ばせば届くみたい … 」
 ふいにちずるが立ち上がって手を伸ばした。
「もう … 1つくらい取れないかしら?」
 するとちずるがあまりに背を伸ばしたため体制を崩してよろけてしまった。
「きゃっ … 」
 肩から転びそうになるちずるを寝ころんでいた新が素早く抱き留めた。
「ご … ごめん。 あっちゃん、大丈夫?」
 と、ちずるが言おうとした瞬間、新は不意にちずるをきつく抱きしめていた。 あまりに不意の事だったのでちずるは息が止まりそうだった。
「!!」
「 … 」
 自分を抱く新の肩が小刻みに震えているのを見てちずるはなんの抵抗も出来ずにいた … 。


――― コネクションに帰ってきたのは明け方だった。
 あれから新は、にっこり笑って
「さ、帰ろうか」
 と、ちずるの手を引いて車に乗せたのだ。
  … ちずるは混乱していた。
 新の気持ち … 。 そして … それ以上に自分の気持ちに … 。


 新と部屋の前で別れると、ちずるは眠気覚ましにコーヒーを飲みにリビングへ足を運んだ。
 が、ドアが開くとちずるはドキッとした。
「 … ひょ … 豹馬 … ?」
 朝4時半だというのに、豹馬は、たった1人でリビングでタバコを吸っていた。
 ちずるが灰皿に目をやると、もう何時間も吸ったというようにタバコが山のように灰皿に積まれていた。
 豹馬が夜通し、ここにいたことを物語っていた。
「 … よぉ … 」
 豹馬はゆっくりちずるの方を向くと力無く言った。 ちずるを見るその目はうつろであった。
「 … 」
 ちずるは、こんな表情の豹馬に何を言っていいかわからず、立ちつくしていた。
 やがて、豹馬は何も言わず立ち上がるとリビングを出ていった。
 豹馬とすれ違った瞬間、ちずるは全身の血が冷たくなって行くような感覚を覚えていた … 。


 その日は、久々にバトルジェットのテスト飛行であった。 もちろん、パイロットは豹馬である。
 司令室からちずる、新、四ッ谷博士、ロペットが豹馬に指示を出すことになっていた。
「バトルジェット、発進!」
 ジェットは会心の飛行をした。 まるで戦時中と変わらぬ飛行に
「さすが、豹馬さんだな … 」
 と、所員達も感心していた。  … が … 。
 不意にロペットが四ッ谷に警告を出した。
「豹馬サンノ脳波ニ、極度ノ乱レガ生ジテイマス」
 それを聞いた四ッ谷は無線で叫んだ。
「どうしたんだ? 豹馬?」
 豹馬は必死に目を凝らしていた。 だが自分の目の前の景色がぼやけ、そして意識が段々遠くなって行くのを感じていた。
「豹馬!! 豹馬ー!!」
 ちずるが四ッ谷から無線を奪い、叫んだのも無理はなかった。
 バトルジェットは、真っ逆さまに海に墜落したのである。
 その瞬間、ちずるは着ていた白衣を脱ぎ捨て、バトルマリンに乗り込んだ。
「ちずる、戻ってこい!」
 と、言う四ッ谷の制止も聞かず、ちずるは豹馬が墜落した地点までマリンを飛ばした。
「豹馬!! 豹馬!! 生きていて … お願いだから … 」
 ちずるは、泣きながらジェットの側に着水し豹馬を救出した。


――― 病室 ―――
「山本先生 … 豹馬は一体 … 」
 四ッ谷は、心配そうに山本医師に豹馬の容態を尋ねた。
「 … 極度の過労です … 。 まったく … 一体どんな生活をしたのかしら? こんなになるまで … 」
「で、命に別状は?」
 と、ちずるが尋ねると
「それは大丈夫です。 2・3日、安静にしていれば … 」
 と、答えたので、その場にいた一同は一気に力が抜けてしまった。
「ふー … 全くこいつには、心配させられ通しじゃわい。 しかし … 一体、どうしてこんなに体調を崩したんじゃ?」
 と、四ッ谷が首をかしげた。
 ちずるは、唇をかみしめて四ッ谷と山本医師のやりとりを聞いていた … 。


 その夜 … 豹馬は、深夜に目を覚ました。 ふと見るとちずるが横の簡易ベッドで眠っていた。
「 … なんか … こんなこと … 前にもあったよな … 」
 豹馬はぼぅっとする頭でそんなことを考えていた。 するとふいにドアが開いて新が入ってきた。
「よぉ … 豹馬君 … 目が覚めたかい?」
 優しい口調で新が尋ねた。 が、豹馬は何も答えなかった。
「 … 君 … 今日、徹夜したって?」
 と、新が続けたので豹馬は 『なんで知ってるんだ?』 という表情でビックリして目を見開いた。
「だめじゃないか … 。 体調を整えなくちゃ … 」
 と『弟』を諭すような口調の新に
「 … そっちだって … 『徹夜』 じゃねえかよ … 」
 と、低く … だが明らかに 『敵意』 のこもった声で答えた。
「 … だから?」
 と、余裕な顔の新に更に豹馬は更に続けた。
「 … 自分だって『徹夜』 したんじゃないかって … 言ってるんですよ」
 と、豹馬は声を荒げていった。
「 … ずっと … 『僕たち』 の帰りを待っていたんだね?」
 新は、静かに答えた。
「 … 君の体調不良の原因は、ちーちゃんかい?」
 単刀直入に新が尋ねたので逆に豹馬はかっとなった。
「『そうだ』 と言ったら?」
「豹馬君 … 君はちーちゃんに『好きだ』とか … 『愛してる』 と自分の気持ちを伝えたことあるのかい? もしそうでないなら君に怒る権利はないね … 」
 と、相変わらず冷静な口調だった。
「 … 新さんは言ったのかよ?」
 と、豹馬が尋ねると
「気になるかい?」
 と、言ってクスッと笑った。
 新の笑顔に嫌みはない。 あまりに優しい笑顔に豹馬は 『敗北感』 さえ覚えていた。
「もちろん言ってないが、近いうちに僕の気持ちは、ちーちゃんに言うつもりだ。 僕は、ずっと彼女を見てきた。 子供の頃からずっとね … 」
 新は静かだがはっきりした口調で豹馬に告げた。 そしてこう続けた。
「僕は … 今まで … ちーちゃん以上に好きになれた子はいなかった … 。  『幼い頃の初恋なんだ』 と自分の気持ちをごまかし続けてきたが … もう … そんなことはできない んだ … 。 だから僕はちゃんと『愛している』と彼女に言うつもりだ … 。 君はどうするつもりだい。 思っているだけじゃ伝わらないことだってあるんだぜ」
 あくまで優しい新に豹馬の胸は締め付けられるようだった。
「 … いいんですか … そんなこといっちゃて … 『敵』 に塩を送るようなもんですよ」
 と豹馬は新を睨み付けた。
「 … 戦いはフェアでなくっちゃね。 ところで、君の体調不良は昨日の徹夜だけじゃないそうだね? このところ、ずっと勉強していたり、暇が出来ると街に何回も行っ てたりしてるんだってな。 知恵ちゃんが大声でリビングで話していたよ」
 と、新が心配そうに聞くと
「 … ほっといてください。 俺はもう寝るんで … 」
 と、言って布団をかぶってしまった。
「そうかい … 。 本当はちーちゃんを寝室まで運びたいところだけど、ちーちゃんの 『君の側にいたい』 という気持ちを尊重してこのままにしておくよ。 じゃおやすみ」
 と、言って新は出ていってしまった。

 豹馬は新が行ってしまうとベッドから起きてちずるの寝ているベッドに近づいた。
「 … 豹馬 … 」
 と、ちずるがち、ふいに寝言で自分の名前を呼んだので豹馬の心は何か見えない手に 『ぎゅっ』 と捕まれたような感じがした。
 手を伸ばせば、ちずるに触れることもできる。 だが … 。 豹馬は、しばらくちずるの寝顔を見つめて立ちつくしていた。


 次の日、仕事が一区切りついた新はちずるをコネクションの前の海岸に呼び出していた。 もうすぐ暮れそうな真っ赤な夕日が海を染めて眩しい位だった。
「ちーちゃん … 。 ごめんな … 。 こんなところに連れてきて … 」
 新は笑った。 が、その笑顔はいつもの人当たりの良いものではなく少し悲しそうなものだった。
「ううん … 。 どうかした?」
 『先日の事』 もあったのでちずるは少し新の心を探るような顔で聞いた。
「 … 。 なあ … この間 … 僕は以前つきあっていた子と 『なんとなく』 別れたって言ったろ?」
「うん … 」
「 … あれな … 。 違うんだよ … 」
「?」
「僕は自分の気持ちに嘘がつけなくなっていった … 。 その子とつきあっている時 『僕は、この子が好きなんだ』 って、自分に言い聞かせて、つき合っていたんだ。 そんなの … 『本当』 じゃないだろ?」
 ちずるは黙って新の言葉に耳を傾けていた。 海からの風がちずるの長い髪をたなびかせている。
「その時、僕は気がついたんだ。  『本当に好きなのは誰か』 って … 。 ねぇ … ちーちゃん … 僕は … 君が好きだ … 。 ずっと言えなかった … 。 自分の気持ちに気がついたのは戦いの最中で … 。 戦争が終わったら … 君は豹馬君とつき合っていて … 。 でも、この間ちーちゃん 『豹馬とは、そんな仲じゃない』 って言ったろ … 。 その言葉につけこんじまって … 。 ごめんな … 」
「 … 」
「例え君が誰を好きでも自分の気持ちに嘘をついてはいけないって思ったんだ … 。 そうしないとまた、前の彼女みたいに誰かを傷つけてしまう … 。 いや、自分自身、前へ行けない … 。 そんな気がして … 」
「あっちゃん … 。 あたしね … 。 あたし … 」
 ちずるは言葉が続かず黙った。 まるで、その先の言葉が海に飲み込まれてしまったように … 。
「 … いいんだ … 君の心がどこにあるか何て … とっくにわかっていたんだから … 」
「 … あたし … ずるい … あっちゃんは … ちゃんと自分の気持ち … 言ったのに … あたしは誰にも自分の気持ち言ってない … 。 こんなの … ずるい … 。 誰かから『好きだ』って言ってもらえるの待ってたんだね。 ずるいよ … こんな … 」
 ちずるはそこまで言うと激しく泣き出した。
「 … 人はずるいもんだよ … できるだけ自分が傷つかない様にするものさ … 僕だって同じさ。 でも、本当に自分が誰かを愛した時 … そんなことを考えず … 自分の気持ちを言えるもんなんだよ … 。 なんて … 今、気がついたんだけどな」
 と、新は悲しそうに笑った。
「 … でも … すっきりしたよ … 。 結果は 『玉砕』 だったけど … 自分の気持ち伝えなかったら一生後悔するからな … 。 ちーちゃんも自分にもっと正直になったらどうだい? ばちは当たらないと思うぜ」
「 … 」
 そういうと新は振り向いてゆっくり歩き出した。
「ちょっと … 散歩して … 帰るから … 先、帰っててくれないか?」
 そういう新の声は、心なしか震えているようだった。
「な … 。 ちーちゃんに 『思いやり』 があるんなら … 先に帰っててくれ … 」
 もうすぐ太陽は海に消えてしまう … 。 ちずるには、新の姿が夕闇の中に消えてしまいそうに見えた。


 その夜、コネクションの屋上にちずるはいた。 疲れるとここにある望遠鏡で星を見に来るのがちずるの常だったが今日はとてもそんな気分になれなかった。
 ちずるがベンチに座って夜空を見上げていると、階下から足音が聞こえドアが開いた。 人影はひとしきり辺りを見回した後、ちずるに気がついて近づいてきた。
「?」
 ちずるが目を凝らすと段々その人物が誰であるのかがわかり、思わず息をのんだ。
「 … !」
 豹馬であった。 豹馬はちずるの横に腰を下ろすと一緒に夜空を見上げた。
「よぉ … 。 昨日は悪かったな。 墜落しちまって … 」
 ばつが悪そうに豹馬が言った。
「 … いいの? もう起きて? 」
 確か医師は2・3日、安静だと言ったはずだが … 。
「ああ、今日は寝ちゃいられない日なんだよ。 お前 … 3年前の今日のこと … 覚えてねぇのか?」
「?」
 ちずるが首を傾げると
「全く … 自分たちで呼び出しておいて、そりゃねぇだろ」
「!」
「そっ … お前達が俺たちをここに呼びだした日 … 。 つまり … 俺とお前が初めて会った日だよ。 あん時、訳がわからずここに来て … 『コンバトラーVに乗れ』 なんて言われて … 。 俺 … いったいどうなっちまうんだろう … 。 って思ったもんさ … 。 あの時の俺は … 暴走族に入っていたけど … 毎日つまんなくってな … 。 別に俺が死んだって泣いてくれる親がいるわけじゃなし … 。 いいかって感じでバトルチームに入っちまったんだが … 」
 豹馬は、ふぅとため息をついた。
「 … 後悔 … してる? … 」
 ちずるが豹馬に尋ねると
「 … 別に … こうなったのも何かの運命かもしれないし … 。 それに … 最後の戦いの時言ったろ … 『お前達みたいな仲間ができて良かった』って」
「 … うん … 」
「その気持ちに嘘はねぇよ … 」
 今日の豹馬は昨日、寝ずにリビングにいた時とは、うって変わって落ち着いていた。
「俺 … 新さんに言われたんだ … 。 『思ってるだけじゃ伝わらない』ってさ … 。 どきっとしたぜ。 あったまにきたけど図星だったな … 。 だから … 。 今日は … お前にちゃんと … 言わなきゃ … て思ったらお前が部屋にいなくって … ここかなって思って … 」
 ちずるは身じろぎせず豹馬の言葉を聞いていた。
「俺さ … 。 自信がなかったんだ … 。 ずっと自分に … 。 お前は何でもできる。 人当たりもいいし … 頭もいいし。  … その … かわいいし … よ … 。 だから俺よりもっともっといい男が現れたらお前のこと諦めようって思ってた。  … でも … お前が新さんと出かけたって知恵から聞いたとき … 俺 … すっげぇ苦しくなって … ずっと待ってても … お前 … 帰ってこないし … そん時、思ったんだよ 『お前を誰にも取られたくない』 って … 」
「 … 」
「俺、ずっとお前に近づきたくて、結構この半年勉強頑張ったんだぜ … 。 ま、お前や新さんには全然比べ物になんないけどよ … 。 自信が欲しかった … 。 だから勉強も、コネクションの仕事も頑張ってた」
 豹馬の言葉を聞いてるうちに、次第にちずるは涙があふれてきた。
「 … 俺は … お前が好きだ。 誰の物にもなって欲しくない。 俺のこんな気持ち … お前に言わなくても通じてるって思ってたけど、それじゃずるいよな … 。 だから言わなきゃ … って思ったんだ … 。 で、これ … 」
 と言って豹馬は小さなリボンがかかった箱をちずるに渡した。
「 … これって … 」
 中にはプラチナの指輪が入っていた。
「 … 知恵に、お前の指輪のサイズ探らせたから、ピッタリのはずだぜ」
 少し波うったようなデザインのその指輪には 『mon cherie』 と刻まれている。
「 … 今日、お前に渡そうと思って毎日何件も店回ってよ … 俺こういうの苦手だから … 気に入るかどうかわかんねぇけどよ … 」
 と、豹馬が言うか言わないうちにちずるは豹馬の首に両腕を絡めた。
「 … ちずる … 」
 豹馬は、不意のちずるの重みに少し戸惑った。
「 … ごめんね … ずるかったのはあたしの方。 なのに … 」
 ちずるは涙声でそう告げた。
「 … ほら … はめてやるからよ … 。 右手出せ」
 そう言って豹馬は、ちずるの右手の薬指に指輪をはめた。
「もう少し … 俺たちが『大人』になったら、今度は 『左手』 のを買ってやるよ」
 にやっと豹馬は笑った。
「愛してるわ。 豹馬 … 。 もうあたし 『ずるい』 の嫌だから … あたしも … ちゃんと言うわ」
 ちずるは泣き笑いの顔で豹馬に告げた。
「 … あ、言っちまったな。 もう後戻りできないぞ … 。 後で 『新さんの方が、良かった』 なんて言わせねぇぞ」
 といたずらっぽく豹馬が笑うと
「もう、後戻りできないわ」
 と、ちずるが答えた。
 豹馬はきつくちずるを抱きしめた。
 夜の静寂だけが2人を包んで、星空だけが、この後の2人のことを知っていた。





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