夏祭り

by 亜紀 









「あー、えろう久しぶりやな〜」
 十三は、新大阪駅のプラットホームに立っていた。 さっきまで南原コネクションにいたのが嘘のようだった。 ちずると豹馬に見送られて、新幹線に乗って数時間 … 。 あっという間の大阪だった。 思えば戦時中は帰りたくても、任務の為帰ることができなかったのだ。
「 … 取り敢えず … 家に帰るか … 」
 気温は35℃。 聞けば、この夏の最高気温だという。 じりじり夏の日差しが、アスファルトを焦がしていた。


――― 浪花旅館 ―――
「あ〜、ぼっちゃん。 おかえんなさい」
 仲居頭の八重が 温かく迎えてくれた。
「ただいま」
「ぼっちゃん、お国の為、よくがんばってくれはって … 。 八重も鼻が高いですわ〜」
 おっとりとした八重の大阪弁 … 。 思えば、コネクションの中で大阪弁を話すのは自分1人だった十三にとって、人の大阪弁を聞くだけで何か 「ホッと」 した気持ちになるのであった

「そうそう … 。 有希ちゃん、後で来る言うてはりましたよ」
「え? 有希が … 」
 十三は嬉しいような 『気まずい』 ような気持ちになった。
 『柳 有希』 … 十三の幼なじみである。 十三の一つ下で幼い頃から十三にくっついてきた少女だった … 。 しかし、十三が射撃の道にのめり込めばのめり込むほど、有希と会う回数は確実に減っていたのである … 。


 有希と最後に会ったのは、確か4年前。 浪花旅館の側にある神社の夏祭りである。
「いっしょに、お祭りにいこ!」
 と、有希が言い出したことだった … 。
 十三は、周りの同級生や近所の人間に見られはしないかと気が気ではなかったが、有希の方は、しっかり浴衣を着て嬉しそうに綿菓子を買ったり、お面を買ったりしていた。
「十三君。 射的やってよ。 射的!」
 有希が言うと
「あほ! わいの腕をこんな遊びに使えるか!」
 と十三は取り合わなかった。
 有希はいつもと違っていた。 いつもジーパンで制服以外、絶対スカートなどはかない少女であったから浴衣姿は十三にとって眩しく映った。
「きゃ … 」
 あまりの人混みに有希はよろけそうになった。 十三は手をつなごうとしたが 『同級生に見られては、体裁が悪い』 と思い、出しかけた手を思わずジーパンのポケットに突っ込んでしまった … 。
「気ぃつけて歩けや」
 後ろも振り向かずぶっきらぼうに言った。
 そうしているうちに、段々歩くと人が少なくなっていき、とうとう2人きりになってしまった。 何か気まずい空気が2人を包んでいた。
 沈黙を破ったのは有希のほうだった。
「ね … 十三君。 花火やらへん? 花火!」
 そういって巾着から線香花火を取り出した。 祭りの太鼓の音や人のざわめきが遠くの方で聞こえていた。
 ふいに、線香花火が照らす有希の顔を十三は 「美しい」 と思った。 特別美しい少女というわけではないその顔 … 。 幼いころからに慣れたその顔を十三は黙って見つめていた。 花火が終わってふと見上げると十三が自分を見つめているので有希は驚いて
「ね … 十三君もやってみなよ」
 と数本、線香花火を渡した。
 パチパチと頼りなげに線香花火は火花を散らした。 そのたびに有希の顔の陰影が変化し、十三は何か現実離れした世界に自分はいるんじゃないか、と錯覚に陥っていた。

  「 … たまには … こういうのも、いいやろ?  … 十三君 … いっつも射撃のことで … 頭がいっぱいなんだもん」
 有希は少しさみしそうに笑った。
「十三君 … 今日は一緒にお祭りにきてくれて、おおきに。 私、本当に嬉しかったんよ」
 有希は思い切って十三に言った。
「そんな … 大げさやな … 」
 十三は有希の真っ直ぐな瞳をつめ返すことが出来なかった。
「十三君が、これからどこに行こうと … わたしが、どうなっても … 今日のこと … 私忘れへん」
「だから … おおげさや言うてるんや。 夏祭りくらい、また一緒にいったる」
「ほんま? でも無理しなくていいんよ。 お互い、どうなっても今日のこと私忘れへんから … 」
 そう言って有希は笑った … 。 その時大きな九尺玉が轟音と共に夜空にはじけて、そして消えていった。
 十三にはその残像だけがいつまでも瞳に焼き付いていた。


「十三君! お帰り! 」
 懐かしい声が後ろから掛けられた。 少し背の伸びた有希がそこにいた。
「私の幼なじみが国の英雄なんて、私、鼻が高いわ」
 にっこり笑うその笑顔が昔のままだった。 がその後ろに背の高い男がいた。
「あ、この人ね、私の彼氏。 同じ大学で、今年知り合ったの」
 と、後ろの男を紹介した。 男は、にっこり笑って十三に会釈した。
「十三君、今日裏の神社のお祭りよ。 行かへん?」
 と有希が尋ねた。
 十三は、少し寂しいような感情が自分の胸に広がっていくのを感じていた … が …
「ええわ … 帰って来たばかりやさかい、ちょっと休むわ。 それに、2人のお邪魔虫になりとうないし … 」
 と、言うと少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
「ふ〜ん … 気にせんでもええのに … 。 じゃ、また日を改めて旅館に寄るわ。 おばちゃんに、よろしゅう言うといて」
 と、いうと人混みの中に彼氏と共に消えていった。
十三は、しばらく、その2人の消えていった方向を見つめていたが
「かくも4年の歳月は流れけり … か … 」
 と、夜空を見上げた。 夜空には、あの時と同じ九尺玉が夜空にはじけて消えていった。
「 … 自分が惚れとって … そして自分の事を惚れてくれとる女には、自分の気持ちを伝えなあかんかったんかいな … 。 もっともっとあの時、自分の気持ちとあいつの気持ちを大事にせなあかんかったんかいな … 」
――― 何を思っても 『後の祭り』 やな ―――
 もう一度夜空を見上げるとしだれ花火が見事に夜空を飾ってそして消えていった。



――― 君がいた夏は遠い夢の中。 空に消えてった打ち上げ花火 ―――





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