明日に掛かる橋

by 亜紀 









「あーあ … 退屈だな〜」
 金太は、そう言うと大あくびをした。
「兄ちゃん … 。 退屈って事は、いいことだよぉ。 あたい達も、こうやって安心して学校に行けるんだからさ〜」
 妹の知恵がケロットの操縦席から声を掛けた。
 キャンベル戦争が終結してから3ヶ月が過ぎた … 。 金太や知恵だけではない。 日本全国の子供達が、安心して学校に通えない日々が2年ほど続いたのだ … 。
「昔の日本もそうだんたんだ。 お前らは、まーだ幸せだ。 ほれ、飯ができたぞ! 出てこい」
 2人の父親である木兵衛が昼食を持ってケロットがある格納庫 ――― 物置と南原コネクションの職員は呼んでいるが ――― へ、やって来た。
 戦争中、南原コネクションへやって来た2人には、専属の家庭教師が 『一応』 ついた。 だが、もともと勉強が好きではない野生児の2人にとって 『家庭教師』 など無用の存在ではあったが … 。
「勉強しないと、コンバトラー隊に入れないわよ」
 と当時、ちずるに諭されて 『しぶしぶ』 勉強 … のようなものをやっていたわけだった。 が、ときどき金太がへ理屈をこねることがあった。
「考えてみればさー、豹馬のお兄ちゃんは 『中卒』 だろ? でも、コンバトラー隊に入れたじゃないか」
 それを聞いていた豹馬が飲んでいた緑茶を勢いよくふきだした。 そして、むせりながらもこう反論した。
「やい! 金太! 俺はな天性の 『スピード』 に対する才能があったんだ。 だから … ちょっとくらい … 勉強ができなくたって … 」
 ちずるが、ものすごい目つきで睨んでいるのに気がついた豹馬は、段々語気が弱くなっていった。
「豹馬!! 変なこと言わないでよ!! 金太と知恵ちゃんが勉強できなくなったら、どうするつもり?」
 ものすごい剣幕のちずるに
「はいはい … 。 悪うございましたね〜 … 」
 と豹馬は、すごすごリビングをあとにしたのだった。
「ねぇねぇ、ちずるお姉ちゃんは 『勉強できる』 男の人って、好き?」
 そう知恵に聞かれるとちずるは、しばらく考え込んでいた。
「な〜にいってんだ。 知恵、ちずる姉ちゃんは豹馬さんのこと好きなんだぞ。 勉強なんて関係ないよな、ちずる姉ちゃん」
 と金太は、ちずるが「そうよ」というだろう期待を込めて聞いた。 が、ちずるの答えは意外な物だった。
「ううん … やっぱり 『勉強』 できる人が好き」
「え〜?」
 金太と知恵は、ちずるの意外な答えに拍子抜けた。
「た … 大変だ。 豹馬さんに知らせなくっちゃ」
 金太は慌ててリビングを出ようとした。 が、すぐちずるが後を続けた。
「待って。  『勉強』 と言っても学校でやってる 『勉強』 とは少し違うの。 うーんとね … なんて言ったらいいのかしら。  『はたから見ればばかばかしい』 ことでも将来人の為になる … って信じて 『勉強』 する人が好き。 それは決して 『机の上だけの勉強』 じゃないのよ … 。 ちょっと2人には難しかったかしら?」  ちずるが上手く説明できなくて申し訳ない … といった表情で話した。
「ふーん … 豹馬のお兄ちゃんは、そういう人?」
 知恵が聞くと
「うーん … まだまだ豹馬もあたしも自分のことで精一杯でとっても 『人のために』 って段階じゃないわね」
 とちずるが答えた。
「え〜、だってみんな地球のために戦ってるんじゃないの?」
 と金太が言うと
「違うわ。 まだ、あたし達は若すぎて 『地球のため』 なんて大それたことを本当は目的にしていなくって、本音を言えば 『自分のため』 なのよ。 ただ、あまりに戦いの日々が続くから、そんなことすらも考える余裕がないんだけどね」
 と、ちずるが話した。

  … そんな昔話 (といってもほんの半年前だが) を2人は思い返していた。 ちずるがいうところの 『人のため』 ってなんなんだろう … ?
 当時10代半ば ――― 今もまだ10代半ばだが ――― のちずるでさえ上手く説明できなかったものをどうして小学生の2人が理解できようか … 。
「おーい。 ケロットのメンテナンス終わったのかよ〜?」
 遠くから豹馬の声が聞こえてきた。 豹馬は終戦後、南原コネクションに残り、新開発のジェット戦闘機のテストパイロットをしていた。 (またいつ異星人の侵略があるかわからないから … という国連からの要請もあったらしい) で、夜は意外であるが、何と 『定時制高校』 に通い、遅れてきた青春を取り戻しているのであった。
 初めの内は、ちずるが家庭教師をやる … と言っていたのだが
「ばっきゃろー。 この豹馬様が女に勉強を教わったとあっちゃー末代までの恥ってもんよ」
 と、断固拒否したらしいが … 。 豹馬の真意は、別の所にあったらしかった。
 一つは次期 『南原博士』 になるべく研究開発プロジェクトに携わるちずるが忙しい最中、夜、自分の勉強を見るなんて事実上 『不可能』 … いやちずるならやってしまうかもしれないが … ちずるの負担になりたくないので … に近いと感じていたこと。
 二つには自分が17歳になるこの年まで 『人付き合い』 が全く苦手 … であることを豹馬自身気にしていたからである。 ぶっきらぼうな物言いとは裏腹な優しさに最初は眉をひそめていた大人達も次第に豹馬を信頼しかわいがるようにはなってきたが、豹馬自身、今回の戦いを通して 『人の有り難み』 を知り改めて 『色んな人とつきあいたい』 と思い決めた定時制高校進学であった。
「勉強より 『学校』 ってやつがこんなに面白いとは思わなかったぜ。 俺よりうーんと年上のじいちゃんや、戦争時代学校に行けなかったっていうばーちゃんや、ヤンキーだけど立派に人の親で … そいつ18歳なんだけど … 『子供に恥ずかしいから』 って通っているやつもいてよ … 」
 豹馬は学校の話となるとぎょう舌になる。
「こんなに学校が面白いもんだってわかっていたらちゃんと行きゃーよかったよ」
  … 実際豹馬の最終学歴は 『中卒』 だったがほとんど中学校になど行ってなかったというの が正直なところだ。
「ふーん。 でも、ちずる姉ちゃんの影響もあるんでしょ?」
 と知恵がいたずらっぽく尋ねると
「ばっばっきゃろー。 そんなんじゃねぇよ」
 と、真っ赤になって豹馬は答えた。 確かに戦時中は同じチームメイトだったが終戦後は、考えてみればちずるは、このコネクションの 『お嬢様』 であり、次期 『南原博士』 になるのは必至である。 その恋人がただの 『スピード狂』 とあっては男のプライドが許さない … とでも豹馬は思っているのだろうか。 案外定期テストの点数はそこそこ取ってくるのである。
「俺様は、もともと頭はいいんだよ」
 などと言って豹馬が 『ふん』 と胸を張った。
「でもさ〜、ちずる姉ちゃんが昔、 『将来人の為になると信じて勉強する人が好き』 って言ってたよ」
 と、知恵が豹馬に言った。
「豹馬兄ちゃんは 『人の為に』 勉強しているの?」
 と、知恵が聞くと
「馬鹿言え。 ばりばり自分の為だ」
 と、答えた。
「俺は17歳! 青春まっただ中なんだぞ! 今まさに 『自分』 の為に生きる時じゃないか。 あ、そうそう話は変わるけどよ、阿蘇の大作から手紙が来ててさ … 」
 と、豹馬はポケットから一通の手紙を取り出した。


大作の手紙


豹馬しゃん、ちずるしゃん、博士、ロペット、金太、知恵、元気ですか?
俺は、キャンベル星人に破壊された阿蘇の町を復興するのに必死の毎日です。 でも、大好きなふるさとを復興させるのに、何の迷いもありません。
阿蘇山をはじめ、自然は辛うじて残っておりますけん、よかったら一度遊びに来てくんしゃい。

甚だ簡単ではありますがまずは近況まで。

熊本県○○市   西川大作




追伸 : 豹馬しゃん達が忙しければ、金太達だけでもいいですけん。 懐かしか顔に会いたいとです。



「 … だとよ。 どうする? お前達、明後日から夏休みだろ?」
 豹馬はうらやましそうに言った。
「豹馬兄ちゃんは?」
 知恵が、できれば豹馬にもついてきて欲しいと言わんばかりの口調で訪ねた。
「 … 俺ぇ?? 俺は駄目だ。 一週間後に、国連のお偉方が新開発のジェット戦闘機を見に来るんで、最終チェックのテスト飛行があるし … 。 その … か … 化学が … 追試だしよ … ごにょごにょ … 」
「えー?? 豹馬兄ちゃん追試なのー?」
 と、金太は驚いて叫んだ。
「ばっ馬鹿! お前は声がでけえんだよ!」
 と、豹馬が慌てたその時
「豹馬!」
 と、ちずるの声がした。
「もう … こんな所にいたのね? なんですって … 化学が追試ですって?」
「あ … いや … その … 」
「もう … 将来南原コネクションを背負って立つ人間が 『化学が追試』 なんて困るわ! いらっしゃい!」
「あ、いや自分で勉強するから … 」
「うるさい! そんなこと言ってまた休憩時間にバイク乗りに行っちゃうんだから! 今日はあたしも休暇だから勉強つきあうわ」
「えー?? (ちぇ。 せっかくひとっ走り行って来ようと思ったのによ〔小声〕)
「問答無用! 来い!!」
「うわー!! お前はジャネラかー? いででで … 」
 ちずるに耳を引っ張られて豹馬は消えていった。
「 … 豹馬さん … ちずる姉ちゃんに完全に尻に敷かれてるな … 」
 金太が、ぽつりとつぶやくと
「うん。 あれは完全に 『お母さん』 っていった感じね」
 と、知恵も頷いた。
「でさ、お兄ちゃん。 さっきの話だけど」
「さっきの?」
「ほらぁ〜、大作さんの話よ。 阿蘇へ遊びに来ていいっていう … 」
「うーん、そうだな。 でも、父ちゃんがいいっていうかな … ??」
 と、横にいた木兵衛の顔をちらっと見ると
「うぉっほん。  『友、遠方より来るあり。 また嬉しからずや』 だ」
 と、言った。
「何? 父ちゃん。 それ、どういう意味?」
 と、金太が尋ねると
「友達が、わざわざ遠くから訪ねて来てくれることは、大変嬉しいというこっちゃ。 わしが許す! 行って来い。 大作さんによろしくな」
 と、快諾した。
「あれ? 父ちゃんは行かないの?」
 と、知恵が聞くと
「ばっかもん。 ワシが行ったらコネクションのみなさんの食事は、誰が作るんじゃ?」
 と、木兵衛は言った。
「本当は、おいら達だけで行っちゃいけないって、学校の先生が言ったんだけどな」
 と、金太が小さな声でつぶやくと
「ばっかもん! 将来のコンバトラー隊員が、親がいないと九州も行けないなんて恥じゃ! 行って来い」
 と、答えた。 ここまで子供のことを信頼してくれる親はいない … と言えば聞こえはいいが単なる放任主義だと取られてもおかしくない木兵衛独自の(?)教育方針のお陰で、夏休みに入るのを待って金太達は九州へ大作に逢いに行くことになったのである。


   阿蘇にて     (BGMは 『○の国から』 )
「父ちゃん … 。 今、おいらは阿蘇に着いたわけで … 阿蘇は、コネクションより南にあるとおもわれ … おいらは、今こうして阿蘇の駅に立っているわけであり … 」
「兄ちゃん! 何、 『北の○から』 ごっこしてるのよ」
 知恵がひじ鉄を金太にくらわせた。
「だってよ … 小学生で、上が兄ちゃんで下が妹で … てシチュエーション、似てなくない?」
 と、2人で馬鹿な事を話し合っていると遠くの方から
「金太〜、知恵〜」
 と、懐かしい声が聞こえてきた。
「あ〜!! 大作さんだ!」
 大作は、満面の笑みで2人を迎えに来たのであった。
「懐かしか〜。 コネクションのみんなは、元気にしとるか?」
 大作の九州弁を聞くのも3ヶ月ぶりだった。
「うん。 豹馬さん。 定時制高校に通ってて。 ちずる姉ちゃんは毎日忙しそうに何か研究してるよ。 四ッ谷博士は平和になった方が、お酒飲まなくなったみたい。  ロペットは研究プロジェクトに入ったり、四ッ谷博士の健康管理したりしてるよ」
「ふ〜ん。 豹馬しゃんとちずるしゃん、仲良くやってるとですか?」
「う〜ん … あれを 『仲がいい』 と言っていいものか … 」
「どぎゃんしたとです?」
「ちずる姉ちゃん、すっかり豹馬兄ちゃんを尻に敷いてるよ」
「ははは、そいつはよかです。 ちずるしゃん、もともとしっかり者ですけん。 豹馬しゃんには、その位手綱を絞るくらいでなけりゃぁ」
「ま〜ね。 豹馬兄ちゃん 『ジャネラの方がまだまし』 なんて言ったたよ」
「ははは … 。 けんかするのは、仲がいい証拠ですたい。 さ、乗った乗った」
 と、自分の乗ってきた4tトラックに金太と知恵を乗せた。
「ところで … 大作さん今何やってるの?」
 と、知恵が尋ねた。
「村の青年団と一緒に復興の毎日たい。 最初のうちは大変じゃった … 瓦礫を片付け、仮設住宅を作ったり … 阿蘇は日本の中でも特に被害が多かった場所ですけん … 」
 きっと苦難の日々だったであろうことも、大作が話すとまるで笑い話のようになるから不思議である。
「大作さんの弟妹は、学校に行けてるの?」
 知恵が尋ねると
「いや … 実際に学校が始まるのは2学期からですたい。 それまでは村の青年団と一緒に働いてますけん」
 と、答えた。
「おいら達の方が … 恵まれてるんだな … 」
 金太が深いため息をついて言った。
――― こんな大変なさなかに、どうして大作さんは、おいら達を九州に呼んだりしたんだろう? ―――
 こんな疑問が金太と知恵の胸によぎった。
「さー、着きましたけん」
 と … そこはとある仮設住宅であった。
「大作さん仮設住宅に住んでるの?」
 と、2人が聞くと
「そうたい。 俺の家はキャンベル星人に壊されてしまったですけん」
 と、笑って答えた。 と、その時大作の幼なじみである下山雄平が血相を変えて飛んできた。
「だ、大作! 大変だ! 政府が 『橋』 の予算を削ったんだよ! 俺たちもう 『橋』 を掛ける事が出来なくなっちまった!」
「な … なんですと!?」
 大作は大声で叫ぶと仮説住宅の集会所へ駆けつけた。 そこにはこの地区の仮説住宅の取締役、八波伊吉が腕を組んで考え込んでいた。
「お … おやっさん!  『橋』 が … 『橋』 が掛けられないってどげな訳たい?」
 八波は重苦しい集会所の雰囲気を破るかのようにゆっくり口を開いた。
「大作 … よく聞け。 政府から 『橋』 の予算削減の通達が来たんじゃ。 日本全国至る所復興せねばならん。 そのため、お前が計画してきた 『橋』 のこと諦めてくれと … 」
 そこまで八波がいうと
「いやじゃ!!」
 と、大作は叫んだ。 
「あの 『橋』 がどれだけ大勢の人を救うか八波さん、知っているじゃろ? 絶対いやじゃ!」
 かつて南原コネクションにいた頃 『温和』 で通っていた大作が、これほど激しく人に喰って掛かったことがあっただろうか? 金太と知恵は、ただただ黙って事の成り行きを見守るしかなかった。
「ねえねえ … 。  『橋』 って何のこと?」
 金太が雄平に尋ねた。
「ああ … ここ○○市と△△市の間には大きな川があってな … 。 本当は戦争前に立派な橋が架かってたんだ。 でも、あの戦争で橋が壊れちまって … 。 で、この○○市だけが復興が立ち遅れちまってるんだ。 そこで大作が考えたのが 『橋』 の復興なんだ。 しかし、あの戦争で何人もの犠牲者が出ただろ? 日本全国残った技術者を派遣してるから、この市まで技術者を派遣できない状態なんだよ。 そこで大作はこの3ヶ月間必死に建築学や 『橋』 を掛ける技術を学んで自分で 『橋』 を架けるんだ。 って張り切っていたんだよ。 本当に見るからにすごい努力だった。 別に特別な勉強をしてきた訳じゃない。 全く1から独学で … あいつ … 勉強したんだぜ … 焼け残った図書館から専門書引っ張り出したり … 仮設住宅じゃ遅くまで明かり付けられないから外の街頭で本を読んだり … 。 で、昼間は復興の手伝いしてるんだろ? 本当にいつ寝てるんだ … って感じで … 」
 ここまでいうと雄平は深いため息をついた。
「そうだったんだ … 。 大作さん … 」
 金太と知恵はしばらく黙って事の成り行きを見つめた … 。
「頼む、八波さん。 この辺の地域住民に署名運動をしたりなどしてみんなを説得して欲しいですけん、その先頭に立ってくれませんかいの?」
 大作は必死に八波に頼み込んだが
「 … 大作 … ここの住民だけじゃない … おそらく日本全国民がそうじゃと思うがこの戦争のあまりの被害の大きさに生きる力をなくしてしまって、今は自分たちの生活だけで精一杯なんだ。 お前達青年団はそんな中、本当によくやっていると思う。 だが、地域住民の協力はほとんど得られないといっても過言じゃなかろう … 」
「 … そ … そげなこつ言うても … 自分のふるさとのことなのに … 」
 段々大作の語気が弱くなる。
「この戦争で家を失い、家族を失い … そんな人間が 『生きる気力』 を失うのは当然の事じゃとは思わんか?」
 八波にも実は遅れてできた4歳の息子がいたのだったが … キャンベル星人の攻撃を受け八波の目の前で戦闘機の機関銃で撃たれて死んでしまったのだ。
 大作は集会所を出た。 そんな大作を金太と知恵は追いかけた。
「大作さん … 」
 金太はどんな言葉を掛けて良いかわからなかった。
「すまんの。 金太、知恵 … 。 お前達を呼んだのは 『国を守るのは何もコンバトラーVで戦うことだけじゃない。 俺は地球を救うなんて大それた事を考える前にふるさとを救いたい。 そして世界中の人々がそんな「小さな努力」をすることが、ひいては地球を救う事になる』 … 。 そんな所を見せたくって … 青年団を中心に阿蘇の復興に携わる人々を見て欲しかったですばい。 なのに … こんな … 」
ひ  大作の肩が震えているのが金太や知恵には、よくわかった。 大作は、おそらく泣いているであろう。 しかしそれを見ては行けない気がしてその場に立ちつくしていた。   ふいに大作が振り返ると
「 … みっともない所をみせたけん、すまんです。 さ、家へ行って何かごちそうするですばい。 これでもうちの母ちゃん、料理上手ですけん、楽しみにするとよかですたい」
 無理に明るく振る舞う様子は、金太達でもわかった。

 夜大作の家で 『本当に美味しい料理』 を堪能した金太と知恵は、大作がそっと家を出ていくのを見た。
「あんちゃん。 大作さん … こんな夜遅くに何処にいくんだろう?」
「うーん … 。 よし! ついていってみよう!」
 2人は大作に気づかれないようにそっとあとをつけることにした。
 大作が入っていったのは別の仮設住宅だった。 中から話し声が漏れてきた。
「 … ですけんこん橋ばかかれば輸送物資も楽に運べるようになるたい。 この町が復興しないのは橋が無いことが大きく影響しておりますけんどうか理解していただけないじゃろうか?」
 どうやら大作は1件1件 『橋の必要性』 について理解を求めるために回るらしかった。
「地道ね〜 … こんな方法じゃ、橋が架かるまでに何年かかるかわかんないわよ」
「こういう時、豹馬さんなら市役所とか県庁に殴り込みでもかけそうなのに … 」
「そこが大作さんがどうも 『主役』 に今一なれない所よね〜」
 など生意気なことを話していると家の中から出てきた大作とばったり会ってしまった。
「金太! 知恵! こんなところで … 」
 と、言いかけた大作は、2人が自分を心配してついてきたのだと悟ると、何もとがめずニコニコ笑って言った。
「2人とも来んしゃい」
 と、言って近くの公園へ2人を連れて行った。
「昼間、何にも遊んであげられなかったですけん、遊びましょう」
 と、言って2人をミニメリーゴーランドに乗せると、ぐるぐる回し始めた。
――― こんな時でも大作さんはおいら達に気を使ってくれて … ―――
 金太は大作の心の広さに胸を打たれていた。
「ねぇ。 大作さん。 これから1件1件橋をかけることをわかってもらうためにまわるの? 署名運動や市役所行った方が早くない?」
 と、知恵が言うと静かに大作は首を横に振った。
「署名にしても何にしても住民が本当に理解して始めなければきっと途中で不満が出たり、誤解が生まれたりするもんたい。 だから俺は例え地道でもこつこつ人と話して心の底からの 『理解と協力』 ば求めていきますけん。 これが俺のやりかたじゃ … 。 端から見ればじれったか思うかもしれんけど … 」
 と、いって笑った。

 次の日も次の日も大作は地道に1件1件回り丁寧に橋の必要性について話した。 金太や知恵や大作の弟妹もビラを配り大作を応援した。 大作はそれこそ 『足を棒』 にし、声を枯らし、寝る間を惜しんで活動を続けた。

 そして … 3週間後 … いよいよ大作は市役所へ赴き橋をかけてくれるように頼むべく掛け合うことにした。
「大作さん。 本当に1人で行くの?」
 と、知恵が心配そうに聞くと
「心配しなくてもよか。 大丈夫! 心から話せば … 」
 と、大作は笑った。 すると
「大作〜」
 と、遠くから声がした。 振り返るとそこには八波は雄平そして今まで大作が1件1件回って説得した地域住民がいたのだった。 
「大作、ワシの考えが間違っとった。 ワシは自分の息子を失った悲しみから立ち直れずに知らず知らずのうちに臆病になっとたのかもしれん。 しかし、いつまで嘆いても失った家や家族は帰ってこん。 それよりこれから未来に向かって、生き残ったもんが歩いていかなければ何も変わらない … 。 そう思ったんじゃ」
 そう八波がいうと
「お前が、1件1件仮設住宅を回っている間に、署名を集めておいたぜ」
 と、雄平が署名帳を大作に見せた。
「み … みんな … 」
 ここまで言うと大作は胸がいっぱいになり、何も話せなくなってしまった。
「お前の地道で、しかし誠意ある行動が地域住民の心をうったのじゃ。 さ、一緒に役所へ行こう」
 と、八波は大作の肩をぽんとたたいた。 周りからは一斉に拍手が起こった。
「1人の力は小さい。 だが1人が始めなくては何も始まらない。 お前はその1人になったんじゃよ。 大作、お前には大切な事を教わった」
 八波は心から大作に礼を言った。
「ね … 兄ちゃん … 。 いつか、ちずる姉ちゃんが 『人のためになると信じて勉強する』 って、こういうことだったんだね」
よ、知恵が言うと
「うん … 。 おいら … 阿蘇に来てよかった … 本当に良い勉強をしたよ」
 と、答えた。
 本当の 『橋』 がかかるのは、まだまだ先だが人々の心には確実に 『橋』 は、かかったのである。
 2人は長いようで短い3週間の夏休みに、一生忘れない貴重な体験をしたのだった。


   その後、南原コネクション   
 阿蘇の出来事を土産話として豹馬やちずるに詳しく話すと2人はびっくりしたり感心したりしていた。
「ふーん … 。 大作君らしいわね … 。 とっても励みになるわ。  … 実は私も戦争が終わってもずっと 『研究、研究』 で一体何のためにやってるのか、わからなくなってたの … 。 でも、大作君の話を聞いて 『地味でも焦らずコツコツやろう』 って思えたわ。 あー、大作君に会いたくなっちゃたなー」
 と、ちずるが懐かしそうに話すと
「ほんと! あいつの粘りには、戦いの時何度も助けられたもんな。 決して派手じゃないけど、ああいう奴が最後に 『勝つ』 奴なのかもな … 」
 と、豹馬が珍しく人を誉めるようなことを言ったので
「そうだよ。 うかうかしてると、ちずる姉ちゃん他の誰かに取られちゃうよ。 豹馬さんも大作さんを見習って 『地道な努力』 したら?」
 と、知恵は生意気そうに言った。
「何 … ? ちずるを取られるってどういうことだ?」
 と、豹馬は少し焦って知恵に聞くと
「ちずる姉ちゃんはね 『人のために勉強する人』 が好きなんだって。 ね、ちずるねえちゃん?」
 とちずるの方に顔を向けると
「うん … でも、いいよ … 。 豹馬。 ゆっくりゆっくり … きっとあたし達、まだまだ自分達の進む道を探している最中なんだから … 。 そのうち、きっとあたし達の 『橋』 をかけることができるかもしれないから … それまで気長に待ってるわ」
「ひゅーひゅー、ごちそうさま!!」
 金太がからかうと
「このー!! お前! 学校から出された宿題やったのかぁ?!!」
 と、豹馬が怒ったので
「大作さんは、そんなにすぐ怒らないよ〜。 あっかんべ〜」
 と、言って知恵を連れて猛ダッシュで逃げてしまった。
「 … 俺 … できるだけ … がんばるからよ … 『大作みたく』 って訳にはいかないけどよ」
 と豹馬がちずるに向き直って言うと
「先は長いから … ね!」
 と、ちずるは、にっこり笑って応えた。
 南原コネクション前方の海には雨上がりのあとに大きな虹の 『橋』 がかかっていた。





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