一人じゃない

by 亜紀 









 … 誰かの泣き声が聞こえる … 。 何て、悲しそうな泣き方をするんだ … 。
 俺はいったいどうしちまったんだ? なぜ、こんな暗いところにいるんだ?
 だが … ここはとても静かで心地よい。 遠くからかすかに聞こえる鳴き声以外は何も聞こえない … 。
 … ここはこの世なのか? それすらもわからない。
 ああ、もし、ここがこの世でないならばこのまま親父やおふくろの側に逝っちまうのもいいかもな。 そう すれば「寂しい」思いをしなくて済む … 。
 「寂しい」? 俺は「寂し」かったのか? ずっとその思いを俺自身が否定してきたというのか … 。 も う何も考えたくない … 。 このまま眠らせてくれ。 誰も俺を起こさないでくれ。 戦うのにももう疲れたんだ … 。 誰もこの世では俺のことなんて愛してはくれないのだから … 。
… 誰かの泣き声は大きくなる。 切ないくらいの泣き方 … 。 ああ、俺はこの声が誰なのか知っている。 俺 の心を揺さぶり続けてきたこの声の主を … 。
「 … 馬!豹馬!!」
 はっとして豹馬は目を覚ました。 側には自分の手を握り眠っているちずるがいた。 その顔には涙のあとがあった。
「 … ちず … る … 」
 朦朧とした意識の中で豹馬は次第にこれが 「現実」 の世界なのだということを認識した。
「そうだ。 ずっと俺の名前を呼び続けていたのは … 」
 そのちずるのやつれた顔を豹馬は見つめた。
 すると、入り口のドアが静かに開き十三が入ってきた。
「なんや。 目ぇ覚ましとったんか」
 喜び混じり驚き混じりに十三が言った。
「ああ … また死に損なっちまったがな」
 力無く豹馬が笑うと
「あほんだら!」
 声はちずるを起こさないよう静かな声だったが明らかに 「怒り」 のこもった十三の声が 「ぴしゃり」 と豹馬の頬を打つように飛んだ。
「お前にな … お前にこの間ちずるが言っていたことを聞かせてやりたいわ」
 十三が今度は心底 「悲しい」 といったトーンで静かに先日のちずるとのやりとりを話し始めた。




――― 一週間前リビング ―――

 ピアノを弾くちずる。 それを聞く十三。 曲は「別れの曲」
「なんや。 随分悲しい曲弾いとるやないけ」
「 … 。 わかる?」
「なんや … 。 なんかあったんか?」
「十三くん … 」
 ちずるがピアノを弾く手を止めた。
「なんや。 えろう深刻な顔して … 。 あー 『恋』 の悩みか」
 からかうような口調にもちずるは眉一つ動かさず十三の顔を見つめていた。
 時刻は夜10時 … 。 そもそもこんな時間に2人きりなのは訳があった。
 十三は珍しく寝付けず、訓練所でひとしきり拳銃の練習をして引き上げようとした時リビングからピアノの音が聞こえてきた。
「なんや? こんな時間に」
 リビングをのぞくと明かりも付けずにちずるが静かにピアノを弾いていた。 うっずら部屋に差し込む月の光だけを頼りに … と、言ってもちずるは楽譜など立てておらず、弾き慣れた様子で、そして鍵盤など暗闇でも弾けるといった様子で静かに静かに「別れの曲」を弾いていた。 音楽に疎い十三でもこの曲は耳にしたことがあった。
「TV局が『放送終了です』いうとき使う曲やな」
 ひとしきり弾き終わったちずるに十三はやっと声をかけた訳だったのだ。

「十三くん。 豹馬ね … 」
 ちずるが重い口調で話し始めた。
「豹馬の事どう思う?」
「え? いきなり『どう』と言われてもな … 」
 十三は言葉があとに続かなかった。
「うーん … 。 一言で言うと 『無鉄砲』 やな。 あ、それと 『意地っ張り』 。 うーんそれにや … 。 『自分のことを … 』 」
 ここまで言うとちずるが続けた。
「 … 大事にしていない?」
「そうや。 今わいもそう言おう思ってたんや。 あいつすぐにマグマ獣の真っ正面へ突っ込もうとしたり … 確かにバトルチーム一人一人死ぬのを恐れては戦えないから無茶を … 俺を含めてやらかしちまうが豹馬のは何か違うんや。 あまりにも 『ためらいなく』 突っ込もうとするんで時々わいもあいつのサポートしていて恐くなるときがあるんや」
「豹馬ね、ご両親が5歳の時事故で亡くなったでしょ。 で小介や大作が『お母さん』の話をすると決まって出ていってしまうでしょ。 あたし、おもったの。 豹馬自身 『自分が愛されてる』 って心の底から思ったことないんじゃないかって … 」
「 …… 」
 十三は黙ってちずるの話を聞き続ける。
「あたしね、 『幸せ』 っていろいろあるけれど 『自分は誰かから必要とされている』 と感じること、 『誰かから愛されている』 と感じることが本当の 『幸せ』 じゃないかって最近思うの」
 ここまで話すとちずるは黙った。
「つまりや … 。 豹馬は 『愛された経験がない』 そういいたいんやな?」
 十三がちずるに聞いた。
「そうじゃないの。 豹馬のご両親は5歳まで目一杯豹馬を愛していたと思うわ。 問題なのは豹馬が 『自分は愛されてない』 と思っている事よ。 あまりに豹馬が幼すぎるときにご両親が … しかも目の前で亡くなって … 。 愛情を感じる前突然真っ暗な世界へ放り込まれて … 。 あたしね、豹馬に何時の日か 『自分は愛されているんだ』 って感じて欲しいの。 『幸せ』 になって欲しいのよ」
「なんや。 簡単やないけ。 お前が一言 『豹馬、愛してるわ』 と言えば事は解決するんやないけ」
 十三はそう答えたがちずるは強い口調で言った。
「違うわ!」
 あまりに強い口調に十三は圧倒されていた。 それに気がついたちずるは慌てて小さな声で言った。
「 … ごめんなさい … 」
 そう言って顔を伏せた。 我慢していた涙が一気に頬を伝わっていくのが暗闇でも十三にはわかった。
「例えあたしが豹馬のことを愛していたとしても、豹馬が 『愛されている』 と感じなければ意味がないのよ。 そう … 豹馬が 『愛されている』 と感じなければ … 」
「 … あんさんの思いきっと豹馬に伝わると思うで」
 十三はどういっていいかわからずやっとここまで言えた。
「ううん … 。 あたしでなくてもいいの … 。 豹馬が 『愛されてる』 と感じる相手は … 。 もちろんあたしなら嬉しいんだけど … 。 例えその相手が違っていたとしても今は 『豹馬が幸せになること』 しか望んでない … 。 なんて。 段々豹馬の事を好きになればなるほど 『欲』 が出て来ちゃうかもしれないけれどね … 。 豹馬が 『一人じゃない』 って感じてくれれば … 今は … 」
 そういってちずるは寂しそうに微笑んだ。




――― 豹馬と十三の会話 ―――

「 … お前はいつもいつも自分一人で悲しいこと、辛いことを背負いこんじまう … 。 それが、どれだけ周りを … ちずるを悲しませているのかわからへんかいな」
 十三は諭すように続けた。
「 … 。 なぁ豹馬。 お前が両親亡くした事実は変えられへん。 わかれ言うてもわからへん。 『わかる』 なんてことも言いとうない。 ただや。 今、こうしてお前のことを心底愛しとる人間がおるゆうことにもっと気がついた方がいいとちゃうか?」
 十三は豹馬の顔を見つめた。
… 部屋の中に月明かりが差し込んで眠っているちずるの顔を照らした。 豹馬は思わずその髪をなでた。
「ちずるはいつもおまえの側で笑って、そして … 泣いてたんや。 今時惚れた男の為に身代わりになって死のう思う女がおるか? ちずるは豹馬が『愛されてる』と感じることができるなら自分が例え豹馬から愛されなくてもいいと言うた。 でも … 『もし』 … もしもや。 ちずるを愛することができるなら … 愛せないもんか?」
 十三は 『懇願』 とも言えるような声で豹馬に言った。 ちずるの深い愛情を知り、何とかちずるの想いを叶えてやりたい。 と願う気持ちからだった。
「 … 」
 豹馬は長い長い沈黙を続けた … 。
「ほな、疲れているところ悪かったな。 ちずる … 3日3晩お前につきっきりやったんや。 お前がコックピットで倒れてしまったあとな、ちずる、お前の代わりに超電磁スピン決めてな … 。 自分だって疲れとるのに病室へ担ぎこまれたお前に付き添って。 四ッ谷博士に頼み込んで。 『豹馬が目を覚ますまで側にいさせてください。 目を開けた時、誰もいないんじゃ豹馬がかわいそうだから』 いうて … 。 だから起こさんとこのまま眠らしとき」
 そういって十三は部屋を出ていった。
 しばらく静寂が部屋を包んでいた。 自分の手をしっかり握るちずるの寝顔を見つめ続けた豹馬は自分の心の中が深く深く暖かさで満たされていくのを感じていた。
「 … 『もし』 … じゃ … ねぇよ … 」
 豹馬は小さくつぶやいた。
「『愛されてる』 と感じるならば … 」
 十三の声がいつまでもいつまでも豹馬の心に繰り返し聞こえていた。





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