第三章 東京と青森、二つの舞台

 

 

第一節 虚構化される町

 

寺山の作品は、土俗的・呪術的な因襲に被われた恐山の青森と、アウトロ−の集まる裏町・アングラ文化の中心としての東京・新宿の二ヶ所が、舞台になっていることが多い。青森を舞台とした作品は、映画では「田園に死す」、「草迷宮」、演劇では「青森県のせむし男」、「犬神」、「青ひげ」、「身毒丸」などが挙げられる。青森を舞台とした作品では、犬神憑き、間引き、イタコなどの土俗的なものがキーワードとなっていく。

東京を舞台にした物語としては、小説「ああ荒野」、映画では「書を捨てよ町へ出よう」、「初恋地獄篇」、「ボクサー」、演劇では「アダムとイブ、私の犯罪学」、「毛皮のマリー」、「千夜一夜物語 新宿版」などがある。もっとも、外国や架空の国を舞台にしたものと青森を舞台にしたものを除けば、残りはすべて東京が舞台といってもよい。また、劇の解体をテーマとした作品では、東京の町は虚構の延長線上のものとして、舞台装置の一部となっている。青森ものでは家出して東京に出ることを夢見る人物が出てくるし、東京を舞台とした作品では地方出身の東北訛りの青年が出てくるように、二つの世界はつながっている。

東京を舞台にした作品では、ボクサー、トルコ嬢、競馬無宿などの裏町の人物が描かれる。「千夜一夜物語 新宿版」は言うまでもなく、新宿の場末のトルコ風呂を舞台にした「アダムとイブ、私の犯罪学」や東京のゲイバーのママが総出演した「毛皮のマリー」などの作品は、新宿文化と切っても切り離せない関係にある。

寺山が、山谷初男に歌詞を提供したレコード「山谷初男の放浪詩集 新宿」はタイトルの示すとおり、新宿を舞台にしたものである。この中の歌「終電車の中で書いた詩」の「花園町歌舞伎町三光町番衆町柏木町人妻町」という虚実の入り混じった地名の羅列は、「田園に死す」の「大工町寺町米町仏町老母買う町あらずやつばめよ」という歌に通じるものがある。これらの場合、実際にこの地名があるかどうかよりも、青森や新宿というイメージを想起させる言葉が羅列されることのほうが重要なのだ。同じレコードに出てくる「青森県上北郡六戸村の桃ちゃん」といった歌詞や、「書を捨てよ町へ出よう」の主人公の「本籍、青森県上北郡六戸村大字犬落瀬 氏名、北村英明 昭和二十四年十月十一日六戸村古間木にて出生……そして我が家は新宿区戸塚一丁目三十三の九の家畜小屋だ」「青森県東津軽郡平内町大字小湊字小湊六四の一佐々木英明。その俺がカチンコの音がすると喋り出す」といった独白や、詩「なつかしの我が家」の「青森県浦町字橋本の小さな日当たりのいい庭で」がそうであろう。寺山作品には、具体性を持った住所や地名がたびたび出てくる。「東京都の電話帳のほうがロートレアモンの詩よりも詩的ではないか」と言ったように、寺山によって使われるとき、住所は、現実感を持った存在として読み手の想像力を書きたてると同時に、実際に町に出て自らの足で検証されることを待っている事件性を持った言葉となる。

ちなみに、寺山の青森での住所を簡単に上げていくと、寺山の出生地は弘前市紺屋町、本籍は上北郡六戸村(現三沢市)大字犬落瀬字古間木、その後引越しを繰り返し、青森市在住のときに橋本小学校に入学。青森大空襲で焼け出されてから、三沢の古間木近くの寺山食堂に間借りし、古間木小学校に転校。古間木中学に入学したのち、青森市松原町の大叔父夫婦に引き取られ、野分中学校に転校、といった感じである。作品中で使われる住所は、自分の履歴を元にしながら、その時々にあわせて合成していったことが読み取れる。

 

 

第二節 裏町人生の東京

 

寺山は「東京東京東京東京・・・・ 書けば書くほど悲しくなる」という東京への憧れをあまりにも率直に歌った詩を書き、ここを第二の故郷とした。寺山の作品、特にエッセイにおいては、トルコの桃ちゃんや寿司屋の政などの魅力的な人物や、ボクシング、競馬などに関連して、たびたび新宿の町のイメージが登場する。そこはエッセイ「スポーツ版・裏町人生」や映画「ボクサー」の泪橋食堂のシーンで描かれるような、裏町に住む差別された人々の集う場所である。彼らをサラリーマン的な日常の狭い倫理で捉えることはできない。寺山は「人形の家」のノラは家出した後娼婦になるぐらいしかなかっただろうが、私はそれでいいと思うのだ」といっているように、家に縛られて生きるよりは、一般的な倫理に背くこうとも個人として自由に生きるのがよいと考えている。

しかしこうやって描かれているのも、青森のイメージ同様、寺山修司によって脚色された虚構の新宿だろう。寺山が、自作の内容のどこまでが虚構でどこまでが真実なのかを語ることはほとんどないが、1977年に出演した「徹子の部屋」において、自分がしていた競馬予想欄について、「競馬の予想をもう十年も新聞でやってるけど、必ず寿司屋のマサとトルコの桃ちゃんというのが出てきて、予想するような形になっちゃってるんですね。(「ご自分の創作ですか」と聞かれ、)まあそんなふうなものですね。もう十何年だから、本人たちが本当にいたらそれだけ年をとってなきゃいけないんだけど、いつも同じだから」といって、出身地の住所やプロフィールまで記したこの二人が創作上の人物であることを明かしている。これに対して、青森を舞台にした登場人物には、印象的な者がいない。もちろん多彩な人物が登場はするのだが、強烈な母と家のイメージの前にかすんでしまっている。

 

東京を舞台とした作品でも、青森の場合と同様、たいてい東北訛りの抜けない気弱な青年が主人公である。東京では、青森でのような母との相克よりも、彼と兄貴分の相克、あるいは社会との相克という部分の比重が強くなっている。東京において主人公をしばりつけるのは、自らの―政治的・金銭的・性的―非力さである。ほとんどの場合結果が敗北に終わる点では、どちらも同じである。「ああ荒野」の新宿新次や「書を捨てよ町へ出よう」の近江が兄貴分の代表的なものだろう。主人公ははじめ彼らに弟のようにかわいがられながら、一種同性愛的な感情を持っていて、やがて超えるべき対象として認識するのだが、結局は勝てない。「ああ荒野」の主人公バリカンは新宿新次とのボクシングの試合の中で死んでいくし、「書を捨てよ」の主人公は近江に妹を奪われた上、騙されて盗品の屋台を買わされて警察につかまる。「田園に死す」に出てくる、あこがれの人妻をさらっていく共産党員の男や、「青ひげ」で自分に体を許さない嫁を寝取る男なども同様なものだろう。これらの主人公たちは一様に、薄笑いを浮かべている。「薄笑い」というのは、目の前の現実を「まあ、しょうがないなあ」と妥協し、やすやすと受け入れることである。彼等に必要なのは、現実に対し「怒り」、行動を起こすことである。笑いながら戦うことはできない。兄貴分を乗り越えるためにも、相手を敵として「憎む」ことが必要なのだ。

これらの対立を見るとき、どうしても青森訛りの方に寺山の自己が投影されているよな気がするが、必ずしもそうではない。近江が語る「サッカーが好きなのは、玉大きくてその分男性的だからだ」とか「ヨーロッパでは五人組という新しい家族制度が生まれている」と言った言説は、寺山がエッセイで語っている持論そのままだからだ。自分の陽の部分と陰の部分をそれぞれ具現化したのだろう。最後まで母のそばで暮らしたのも、「家出のすすめ」を説いたのも、同じ寺山なのである。

また、脚本を担当した映画「乾いた湖」の主人公は、画一的なデモを軽蔑し、爆弾テロを計画するが、実行の直前になって以前のつまらない暴力沙汰のために逮捕される。寺山作品の主人公たちは、母や地縁的な呪縛のないところであっても、また何か別のものとの対決を迫られ、敗北していくのである。

東京では、都会人としての心の孤独も問題になってくる。私自身上京して故郷を振り返る中で実感として感じることだが、田舎においては血縁的・地縁的な呪縛や、古い因襲やしきたりなどによる呪縛が強い。しかし、それは一方で常に何らかの共同体に属しているという安心感も与えてくれる。隣組的な要素は、互いに親密に付き合い困ったときは助け合うという面と、集団の秩序を破るものは村八分にし、異物を徹底的に排除する面をもっている。寺山作品ではそれは徹底して描かれ、「田園に死す」では、父なし子を生んだ草衣は村中の人間に「犬憑きの子は殺さないと村に悪いことが起こる」と責められ、子供を間引きせざるを得なくなる。草衣は故郷を捨てて東京に出ることで、赤襦袢の着たきりすずめの女から、美しい都会的な女性に変わって戻ってくる。

 

だからといって東京に出て自由になれば幸せになれるのかといえば、必ずしもそうではない。何の呪縛もない、すなわち他人との接触を失う中で、人は限りない孤独を感じることになる。それは「誰か私に話し掛けてください」という札を下げて街中に立ったり、「宝くじがあたった」と嘘をついて他人の気を引いたりする老人や、「人に好かれる法」という本を読んだり、「どもり対人赤面恐怖は直る」というセミナーに必死で通う青年を生み出す。寺山作品の登場人物は、必死で他人との社会との関わりを求める。そこには、「自分は昔女優だった」、「昔力士だった」などと言って、やりきれない人生を「虚構化」して話す人々も現れてくる。「私自身の私的自叙伝」で語っているように、寺山にとって、ボクシングも殴り合いのかたちで行われる「肉体対話」としての意味を持っている。「ああ荒野」のバリカンが、新宿新次と戦うことを望むのも、「超えたい」というよりは、この孤独を埋めるための「話したい」という欲求である。バリカンは「拒絶されてもなお話し掛ける」ようにして新宿新次と戦う。しかし、この欲求は卑小で、一方的なものである。勝つために新次を憎むこともできず、女を抱くこともできなかったバリカンは、一方的に殴られて、対等の立場で「話す」ことができずに死ぬ。

長編小説「ああ荒野」(1966年)は、章ごとに冒頭に自作の短歌が引用されており、また、「自殺機械」の製作に没頭する大学生や、「どもり対人赤面症」の治療、「キャッチボールは二人の人間のボールを使ったコミュニケーションである」と言う思想など、寺山が繰り返し書いてきたモチーフが描かれており、「田園に死す」に対して新宿を舞台にしたものの集大成と言えるかもしれない。寺山は、この小説の中で、ネオンに照らされる町を、男と女が絡み合うシーツの上を、荒野に例える。そしてバリカンが死の瞬間にボクシングのリングの上で見るのも、「一望の荒野」なのである。

「田園に死す」の現代の私と少年時代の私が将棋を指す場面で、背後に広がっていたような、故郷の寂莫とした荒野を、寺山は新宿の雑踏の中に見出す。「田園に死す」の最後が「東京都新宿区新宿字恐山」というセリフで結ばれているが、恐山の荒涼とした風景は、常に都会人の心の中に常に潜んでいる。ラジオドラマ「恐山」の主人公は、「十年の間、私は人夫からボーイ、皿洗いまで、さまざまの仕事をしました。しかし、どこに行っても恐山はあった。どこの仕事場の背後にも血なまぐさい禿山の恐山は私の心を去らなかったのです」と、故郷の呪縛から逃れられない心情を語っている。




第三節 恐山の青森

 

「田園に死す」に描かれる故郷は、恐山を通じて地獄と地続きであるかのようなイメージを出している。死者との会話もはイタコの口寄せによって自由にできる。このように、寺山世界では死の世界と生の世界が同じ次元に存在する。そのイメージを代表しているのが、J.A.シーザーの曲に乗って歌われるいくつかの合唱曲だろう。まず冒頭、タイトル文字が現われると同時に始まる「子供菩薩」がある(曲名も歌詞も、シナリオでは全てひらがなだが、ここでは便宜上漢字にして紹介する)。

〈賽の河原に集まりし 水子 間引き子 目くらの子 手足は岩にすりただれ 泣き泣き石を運ぶなり 指よりいずる血のしずく 身内をあけに 染めなして 父上恋し 母恋し             呼んで苦しく叫ぶなり ああ そは地獄 子供地獄の あ――〉

 内容的には「恐山和讃」と重なるが、こちらは子供の合唱なので、不気味さよりも哀しげな感じの方が強い。「恐山和讃」の方が客観的、こちらの方が子供の主観が入っているような気がする。東北の自然環境はかなり厳しく、盛んに間引きが行われていたらしい。寺山のエッセイでも、幾種類もの間引き方が紹介されている。生きる前に殺された子供たちが、それでも親を恋う、悲痛なまでの思いが伝わってくる。劇中でも、草衣は、自分の生んだ赤ん坊に痣があったのを、村人に犬神憑きだと罵られ、災いが起こらぬように間引きさせられる。自分の意志で捨てるのではない点が、いっそう悲劇性を高めている。この合唱が恐山の荒涼とした映像を背景に冒頭に出てくることで、恐山イコール地獄と言うイメージが(それは幻想であるのだが)、観客に叩き込まれるのである。

有名な「恐山和讃」も少年が草衣に襲われるシーンで合唱されている。寺山はこの歌が自分の子守唄だったというが、それは虚構だろう。歌詞は「子供菩薩」同様のもので、少年時代の寺山の、不在の父母を恋う心情も反映されているようだ。回向の塔を積む子供の姿は、父母のいない家で「家族あわせ」に興じていた少年時代の寺山と重なってくる。

〈これはこの世のことならず 死出の山路の裾野なる 賽の河原の物語 あああ 手足は血潮に染みながら 川原の石を取り集め これにて回向の塔をつむ 一つつんでは父のため 二つつんでは母のため 三つつんでは国のため 四つつんでは誰のため 兄弟わが身と回向して 昼はひとりで遊べども 日も入りあひのその頃に 地獄の鬼があらはれて つみたる塔をおしくずす あああ〉

この歌は、「青森県のせむし男」や「邪宗門」でも使われていて、J.A.シーザーとのコラボレーションの中では、最高傑作といっていい。少年と草衣のセックスのシーンでこの呪術的な音楽が流れること、そしてセックスが行われるのが、お寺の本堂の仏壇の前というのが、不思議な感じを与える。大人ぶろうとしても、まだまだ純粋な少年にとって、「性」はいまだ地獄のイメージなのだろう。俗な言い方をすれば、初体験をすることで「少年時代」が「死んで」しまった、その追悼の歌ということかもしれない。

 

恐山のエピソードとして使われるものの一つに、生まれ変わりの話がある。「家出のすすめ」に載っている「棺桶が歌っている」を要約すると、こんな内容だ。

ある日、ある百姓の次男が「姉さんはどっからこの家に来たの」と聞くので、姉は不審に思って弟に聞きかえしてみると、「自分は本当は隣村の平蔵の子だ」という。「自分は、六歳になったばかりで死んでしまった。棺桶につめられて運ばれて行き、やがて土を掘る音が聞こえて、埋められてしまった。しかし気が付くと、棺桶の中だと思っていたところは、実は畑の中で、一面に黄色い花が咲いていた。その花をもぎ取ろうとするとカラスが飛んできて邪魔をする。そこで家への一本道をとぼとぼ歩いていくと、白髪頭のじいさんがきて、「おまえの家はあれだ」と見知らぬ家を指して言う。その家が今の家だった」というのである。

この話はラジオドラマ「恐山」、「まんだら」や、長編叙事詩「地獄篇」、「花札伝奇」などでも形を変えて使われている。ここでは、死は再生への通過点であり、恐山はそのための場所として考えられている。第一章で映画「田園に死す」の恐山が胎内のイメージに包まれていることには触れたが、山は昔話でもよく胎内の比喩として使われる。「恐山」に出てくる老人は「生まれ変わるためには、死なねばならねえんだ」と言っている。これは「お母さん、もう一度僕を妊娠してください」という言葉とほとんど同じ意味である。恐山という死と生が同居する場所(胎内)に帰っていくことで、一度死に(妊娠され)、もう一度生まれることで成長を遂げるのだ。

 

「田園に死す」で、現在の「私」が語るエピソードに、「子供の頃、蛍を一匹つかまえてきた。母ちゃんに見せようと思って裏口からまわり込んでみたら、何だか変な声がした。戸のすきまからのぞくと母ちゃんが見たことのない男に抱かれていた。赤い蹴出しと毛脛が見えた。俺は吐き気がした。折角つかまえた蛍を見せるのをやめて、机の引出しにかくしておいた。その晩、遅くなってから、わが家に火事があり、近所の家まで焼けてしまった。警察では漏電だと言ったが嘘だった。ほんとは俺が机の引き出しにかくしておいた一匹の蛍の火が原因だったのだ」というのがある。これは寺山の少年時代のエピソードとしてたびたび使われるものの一つで、エッセイでは「蛍火抄」と名付けられている。ここでの蛍とはなんの比喩だろうか。その光は淡く儚く、何かの有用性を持って光るのではないので、それゆえに純粋な存在である。少年の純粋な心の象徴だといえる。その蛍の光を母にも見せてやりたいというのも、母を慕う少年の素直な気持ちだ。しかし、母親は男と寝ている。少年は醜い大人の世界への嫌悪感から「吐き気」を催す。実際、母を独占したい盛りの少年時代の寺山にとって、母親が水商売のようなことをしてお金を稼いでいるのは、かなり複雑な心境だったろう。少年は自分の純粋な心を押さえつけ、閉じ込める。たった一匹だというのも、少年の孤独な心を表している。だが、蛍の純粋な炎は、「こんな汚い家は燃やしてしまいたい」という少年の思いを具現化し、火事を起こしてしまうのだ。

 

今年青森の恐山を訪れた際、三沢の寺山修司記念館にも立ち寄り、開館二周年のイベントに参加した。周囲に広がる田園風景は、映画「田園に死す」で私と少年が将棋を指すシーンの背後に広がっている、遠く海鳴りの聞こえる田畑の風景と重なる。パネルディスカッションの場でも、九条今日子が「寺山が短歌や俳句や詩の中に書く、太平洋とか荒野とか地平線とかいうのは、みんな三沢の風景だ」と語っていたが、それは事実だろう。また、駅から記念館までは徒歩で行ったのだが、途中米軍基地の巨大な「鉄の檻」があり、その周囲には英語の看板やアメリカ人の住宅が建ち並んでいた。イベントの間も、上空のすぐ近くをたえず飛行機が飛び交っていた。「時代はサーカスの象に乗って」は寺山流のアメリカ論になっているが、ここに出てくるイメージは、東京に出てから培ったというより、米軍基地があった三沢での生活の影響が大きい。母親も米兵の相手をして生計立てていたし、目の前でアメリカの力というもののまざまざと見せ付けられて育ったのだろう。まして、父親は病死だったとはいえ、アメリカとの戦争の中で死んでいるのである。「アメリカよ」という詩にも、その憧れと憎しみが表れている。逆説的だが、アメリカ的なものを体験したのが、三沢にいた少年期の頃で、恐山のような呪術的な世界を得ていったのが上京して以後のことなのだ。

 


第四節 鎖げるものとしての汽車

 

「田園に死す」の中で少年は、汽車の口真似をして憧れの人妻の気を引こうとする。これは「懐かしの我が家」の「僕は子供のころ汽車の口真似がうまかった」というセリフを思い起こさせる。寺山作品では、青森(地方)から東京へという単純なこと以上に、「ここから離れていきたい」という意志の現われとしてたびたび汽車のイメージが現われる。だから、目指される東京が夢見ていたような場所でなかったとき、少年は再び、今度はもっと遠い場所を目指す。「書を捨てよ町へ出よう」では、主人公の旅立ちのための道具は人力飛行機になっている。「一人の男がはじめて汽車に乗るためには、その男の母親の死体が必要なのだ」という言葉にもあるように、これらの乗り物に乗ることは、自分を縛り付けているものを捨てること、あるいは戦うことでもある。だから、母を殺せなかった主人公は、家の中に閉じ込められることになるし、兄貴分に裏切られ、夢が壊されたとき、人力飛行機は燃やされる。


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