「だーかーらぁー!!何で俺がディアッカさんの仕事までやらなきゃいけないんですか!」
「・・・お前、暇だな。暇、決定」
「なんすか、決定って!てか、暇じゃないっすよ!!」
「それでだ。このディスクをD3格納庫にいるファイ整備士長に届けてから、車をピロティにまわしてくれ。そのままアカデミーに行く。運転手はお前」
「だぁーかぁーらぁー!!人の話を聞けぇぇ―――!!」
シン・アスカの叫びが、イザーク・ジュールの背中にぶつけられた頃。

彼らは四ヶ月ぶりに、そのエアポートに降り立っていた。





両手に大荷物を抱えながらも満面の笑みに溢れているディアッカに、メイリンは多少の頬の引き攣りを感じていた。
「ディアッカさん・・・。もの凄い荷物なんですけど、その中にご自分の荷物はあるんですか?」
「自分の荷物?パンツと靴下の替えは持ってきたぜ」
「あ・・・そうですか・・・」
「男ってのは旅は少ない荷物って決まってんの。小さいことは気にすんなって」
それはそれは女の子ならイチコロでしょう、という笑みにメイリンは肩を落とす。ただし彼女には「にっこり」というより「デレン」と見えるから、深い息も吐きたくなる。
(本当に可愛くて可愛くて仕方ないんでしょうねぇ)
メイリンは、お土産の袋たちを大切に抱える身の男に、小さく苦笑する。
―――俺も休みをもぎ取ったぜ!
大声と勢いのままディアッカに抱きつかれたのは、三日前のことだ。小さな子供のようにはしゃぐ姿は、微笑ましいを通り越して、この人大丈夫かな、という心配が脳裏を横切ったのはメイリンだけの秘密だ。四ヶ月ぶりとなる訪問先の主に ディアッカと共に行くことは伝えてあるが、小さな天使には彼のことを知らせないでもらっている。鼻息も荒く、驚かせるんだと言ったディアッカは、まるで子供だ。
彼は小さな天使が大好きで、小さな天使も彼が大好きで。
眼には見えない過去からの繋がりがあるのかもしれない、とメイリンは思う。仲間だったのではなく、今も仲間なのだから。
「ディアッカさん。ケーキ買いません?」
「ケーキ?」
「この地下街に美味しいケーキ屋さんがあるんですよ。ラクスさんとの約束の時間まで、まだ少しありますし」
「ケーキかぁ。よっしゃ、買うか」
「了解!」
足取りも軽やかに、二人は地下街を目指した。



子供は自分の手を引く女性の右手をしっかりと握り締めながらも、興味深げに周りをきょろきょろと見渡している。普段、あまり街中に出ることがないため、その眼は好奇心に満ちていた。
「ねぇ、ラクス。おかしのお店が、いっぱいあるね。すごいや」
ラクスと呼ばれた女性は、見上げてくる幼い眼差しに、優しく微笑んだ。
「ふふ・・・。これからケーキを買うのですけど、アスランは何がいいですか?」
「ホント?ケーキかうの?」
「はい。何にしましょうか」
「でも、こんなにたくさんあると、迷っちゃうね」
アスランと呼ばれた子供は、喜々とした表情で色とりどりの洋菓子たちへと視線を移した。
ラクス・クライン―――。
かつて、プラントの歌姫だった少女。今もその面影は残してはいるものの、印象深かった長い髪をセミロングまで切り、後ろで一つに纏めていることもあり、一目見ただけでは歌姫の少女を重ねることは難しい。
そして―――アスラン・ザラ。
プラントにとって、その名を忘れることなど出来ないであろう、少年の名を受け継いでいる幼い子供。
子供は、少年のままで逝ってしまった彼が、この世界に残してくれた大切な存在だ。彼の人の血を受け継いでいる幼子。藍の髪に、翠の瞳。とても良く似ている。違うところといえば、藍の髪も翠の瞳も、彼ほど深くはないところか。藍色が軽く揺れる。
「ねぇ、ラクス。ぼく、チョコレートケーキがいいな」
「チョコレートケーキですか。じゃあ、チョコレートにしましょう。とっても美味しいケーキ屋さんがあるのですよ」
「ヤッター!」
小さな天使の笑みに眼を細めて。ラクスは繋ぐ手の温もりを、そっと握り返した。

―――だからそれは、ちょっとした偶然。

「あれ?」
「あら?」
「おや?」
「・・・・・!」
同じ店の前で、彼らはお互いの顔を見合わせる。一瞬、ぽかんとしてしまったのは、やはりお互い様であろう。最初に口を開いたのはメイリンだ。
「ラクスさん!どうしたんですか?びっくりしちゃった」
「驚いたのはわたくしも同じですわ・・・。わたくしたち、ケーキを買おうかと思いまして」
「ケーキ?」
「はい。チョコレートケーキです」
きっぱりと言われ、メイリンは偶然ってあるのねぇと口の中だけで呟く。
「そうなんですか。私たちもケーキを買おうって、このお店に来たんですよ。気が合いますね」
「まぁ、本当に奇遇ですね。お二人はどのケーキにするか、決めたのですか?」
「いえ、まだ決めてないんです。ラクスさん、今、チョコレートケーキっておっしゃっていましたね。それでしたら、チョコレートケーキを1ホール買いませんか?」
「よろしいのですか?チョコレートはアスランが決めたケーキなのですよ。ね、アスラン」
急に話を向けられて、アスランはラクスの後ろへと隠れるように、彼女の長いスカートを掴む。人見知りでもあり、恥ずかしがり屋なところもある子供は、本当に彼とそっくりだ。メイリンは膝を折り、目線を同じ高さにした。
「久しぶりね、アスラン。元気にしてた?なんか、もっと感動的な再会を望んでいたんだけど、ケーキ屋さんの前っていうのも気が合うってことで、ある意味、感動的かしらね」
四ヶ月ぶりの再会は、地下街の人気洋菓子店の前。偶然であり、突然でもある。子供は、その突然に驚きすぎたのか、ラクスの後ろから来訪者を交互に見上げている。
「あらあら、どうしたのアスラン。お二人にごあいさつは?」
ラクスが小さな背を勇気付けるように軽く押せば、翠の眼がメイリンとディアッカにまっすぐ向いた。
「よっ!元気してたか?」
頭上から落ちてきた、女性とは全く違う低い声に、ようやくアスランが破顔する。ラクスの後ろに隠れていた体を前に出し、そのまま勢い良くメイリンに抱きついた。
「ちょっ・・・アスラン!どうしたの?」
「すごいや!メイリンだけじゃなくて、ディアッカもいるよ。ぼく、びっくりしちゃった!」
メイリンの腕の中から、子供特有の高い声と共に、ディアッカへ向けられる瞳。とても綺麗な翠は、輝いている。
「おう!急に休みが取れたからな。お前を驚かせようと思って、ラクスには黙っててもらったんだぜ」
「そうなの?ディアッカもお休みなの?すごいや!」
「だろぉ〜。凄いだろ。だって、俺様だもんね」
胸を張って笑うディアッカに、アスランもキャッキャッと声を上げる。そんな彼らを微笑ましく見つめながら、ラクスは言った。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、ここでは他の人のご迷惑になってしまいますわ。ケーキを買って、家に行きましょう」
「あっ、そうですね。すみません」
「ぼ・・・ぼくも、ごめんなさい」
慌てたように謝るアスランが離れるのを待って、メイリンも立ち上がる。再びラクスの白い手を掴んだ子供に、口元を綻ばせて。
「さてと、それじゃあ、ケーキを買うとしますか!」
メイリンの元気の良い台詞に、店員が頬を緩めたのは言うまでもない。



ラクスとアスランの住む家は、街中より離れた閑静な住宅街よりも先にある。来客があっても部屋に困ることにないそこは、「彼」と「彼女」が暮らしていた家。二人で住むには少々広いが、友人たちが集まるにはちょうどいい。庭先を彩る花たちも、久しぶりの来客を喜んでいるようだ。
「・・・それにしても、こんなに沢山のお土産をいただいてしまって、本当によろしいのですか?」
居間に広げられた大小のぬいぐるみや、幼児を対象としたマイクロユニット。いつものことながら、ディアッカからのアスランへのプレゼントは、物量作戦ともいうべき量の多さだ。
「いいの、いいの。俺の愛だから、気にすんなって」
ディアッカの膝の上にちょこんと座ったアスランは、タツノオトシゴのぬいぐるみを小さな手に持ち、まじまじと見ている。
「でもディアッカさんがぬいぐるみを買う姿って、想像出来ないんですよね。それに、ペンギンやうさぎは分かるんですけど、何故タツノオトシゴって突っ込みたくなります」
「えーっ、いいじゃん。タツノオトシゴ。可愛いじゃん。アスランもそう思うだろ?」
アスランの持っているぬいぐるみを、ちょんちょんと突付けば、彼はそれをぎゅっと抱き締めた。
「うん、かわいい。ありがとう、ディアッカ!」
「だろぉ〜!可愛いよな!」
ぬいぐるみを抱き締めるアスランを、ディアッカがさらに抱き締める。ザフト軍のトップパイロットも、腕の中の存在を前にしては、甘すぎるお兄ちゃんだ。
「そういえば、キラさんは今日いらっしゃらないんですか?てっきり居るのかと思っていました」
「夕食までには来ますわ。キラは今日、大学で補講があって、それに行っているのです」
「そっかぁ。大学の先生も大変ですね」
「十五、六歳の子たちを相手にしているからか、最近の若い子は熱心さが足りない、なんて言うのですよ」
「ホントですか?なんかそれって、ジュール隊長なら似合いそうなセリフですね」
クスクスと笑みを交えながら、二人の会話が続く。ディアッカは彼女たちの話に入ることはせず、アスランを膝に乗せたまま、ソファに深く身を沈めた。
四ヶ月前―――。
幼年学校に入学をしたアスランを祝うべく、ここを訪れた。その時は、イザークやシンたちもいて、随分と賑やかだった。子供の成長は早いというが、本当にそうだ。四ヶ月ぶりに抱く子供の身長は少し伸び、体重も増えている。あの赤ん坊が、もうすぐ五歳だ。
終戦から五年が過ぎ、この子供が生まれて五年になろうとしている。
彼―――アスラン・ザラと、彼女―――ミーア・キャンベルの子供。
居間にある、背の低い棚の上に置かれた写真たての中で、二人が控え目に微笑んでいる。もう一つ、直ぐ横にもある色違いの写真たての中では、ミーアが産まれて一年にも満たない、小さなアスランを抱えている姿がある。
彼らは、この家に住んでいた。共に暮らしていた時間は、ほんの僅かではあったけれど。しかしその写真は、二人の幸せが確かにそこにあったことを、物語っている。 ディアッカとイザークは。 彼らがここに住み始めたと知ってから、何度か会いに来ている。アスランとミーアと四人で、どんな話をしたとか、彼女の手料理だとか、彼の相変わらずの球体作りだとか。ラクスたちよりも、多くを知っている。
知ってはいるが、それを語ったところで、過去となってしまったことだ。必要以上に、二人のことは話さないでいる。この農業プラントで、自分たちのことを誰も知らない静かな土地で、彼らが過ごした日々の一部分を、ディアッカは胸の奥深くにしまったまま。
幸せそうだった、と。彼らを語るのは、きっとそれで充分なのだ。
―――会えばミーアが気を遣うから
いつだったか、アスランが少し淋しげにそう言った。それを聞いたとき、これは溝なのだと思った。
ミーア・キャンベルを、一人の女性として見ているか、いないか。受け入れているか、いないか。そういう溝。
ディアッカもイザークも、彼女に対して、特別な感情を持ってはいない。ラクス・クラインを演じていたことについては、感心出来ることではないが、プラントにとって歌姫の言葉が必要だったと言えなくもない。実際、ラクス・クラインを演じていた少女の声に、頷いた人も多くいた。だからあれは、ギルバート・デュランダルという男の、演出だったのだ。効果があるからこその演出。
但し、ディアッカもイザークも、ラクス・クラインを信じ、ラクス・クラインのために戦ったのではない。プラントのためだ。真実が明るみに出たとき、歌姫の名を纏っていた少女を哀れだと思いはしたが、それだけだ。
その少女の手を、アスランが取ったことに驚きはあったが、彼の柔らかな笑みを前にして、ディアッカたちは何も言えなかった。
しかし―――。
何も言わないでは済まなかった人間もいる。彼らはアスランにとって、とても大切な人で。それでもわだかまりを持ったままの彼らとは、会わなかったようだ。いつかは越えられる壁だと信じて、信じて、信じたまま。
アスランは。
手の届かない世界の住人となってしまった。
彼らの感情は、変わったのだろうか。わだかまりは、消えたのだろうか。本当のところは、本人たちしか知らないことだ。あえて訊くこともない。
が、アスランとミーアの子供の保護者代わりは、彼らのうちの一人、ラクス・クラインだ。今、彼女と子供は、とても幸せそうに見える。否、幸せそうではなく、幸せなのだと言い切っても過言ではないとディアッカは思っている。子供は元気だ。その元気さで、二人の関係の良さがわかる。
ラクスはアスランが幼年学校へ入学をする少し前に、彼の両親がとてもとても遠い場所へと逝ってしまったことを教えている。
産みの親と育ての親。
小さなアスランが、それをどこまで理解をしているのか判断はつかないが、仲の良さは誰が見てもわかることだ。だからアスランは、幼いながらも理解をしているのだろう。その証拠に、ラクスをお母さんとは呼ばない。それは彼女自身が、言葉を覚え始めたアスランに”お母さん”ではなく”ラクス”という名前を、教えたこともあるけれど。
小さな子供の小さな世界の中で、自分にはお父さん、お母さんと呼べる人はいないのだと、本能でわかっているのかもしれない。
けれど、子供は笑っている。子供はラクスにべったりだ。両親はいなくても、彼女が自分を護ってくれる存在だと、知っている。暖かい手と優しい微笑みに包まれ、子供は甘えん坊真っ盛りだ。
「・・・それではディアッカさん、お願いしますね」
「あ・・・なに?」
急に名前を呼ばれたばかりではなく、お願いまでされて、ディアッカは返事に詰まった。
「もう、私たちの話し、聞いてなかったですね」
ぷうっと頬を膨らますメイリンの横で、ラクスの唇が再び動く。
「少し早いのですが、メイリンさんと一緒に夕食の支度を始めますから、その間、アスランのことをお願いしますね」
「あ・・・そゆことね。じゃあ外に出ていいかな。一時間くらいで戻るよ」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「オッケーオッケー。それじゃあアスラン、俺と散歩しようぜ」
「うん、おさんぽ行く!」
顔をくるりと向けてくる子供の髪をくしゃくしゃと撫でて、ディアッカはまだまだ軽い体を抱き上げた。



農業プラントだけあり、高い建物はエアポート周辺以外にはほとんどない。木々の多さと静けさと、鳥の囀り。都市の忙しなさとは縁遠いここでは、時の流れもゆっくりと感じる。
ラクスとアスランの住む家は、住宅街よりも少し離れた場所に一軒だけぽつんと建っている。だからといって、淋しい場所というわけではなく、単に隣家との距離が少しばかり離れているだけのこと。
道の突き当たり。そこが二人の家だ。
家の前の一本道は、T字路へとぶつかる。そこを右に折れ、暫く歩くと左手に広い公園がある。ディアッカはアスランを伴い、周辺の住人達の憩いの場であるそこへ来ていた。
公園内の東西に桜の木が並び、春には桃色に染まる。今は深い緑が眼に眩しい。園内のほぼ中央に噴水があり、水の流れが午後の日差しを受け、輝いている。
青いリボンのついた麦わら帽子をかぶり、ディアッカの横をトテトテと歩くアスランは、実に愛らしい。いつか自分も愛する人と結婚をし、子供を連れて公演に遊びに行くのだろうか。想像をすることは出来ても、想像止まりであり現実味がないのは、やはり仕事が恋人状態ということだ。
同時に―――。
幼いアスランが、自分の子供だと思う。否、自分たちのだ。
親友の残した宝物。
宇宙に浮かぶ故郷のために働き、この幼い命を慈しみ護っていく。
少しずつ成長する体。屈託のない笑顔。駄々をこねる表情。それら全てが愛しい。血の繋がりはなくても、溢れる想いは、親が子へ向けるものと同じだ。
(自分の結婚は、小さなアスランが立派に成長するのを待ってからになりそうだ)
ディアッカは、未来の自分に笑った。
ちょうど木陰になっている場所にあるベンチを見つけ、腰を下ろす。強い光をやんわりと遮ってくれる緑の葉に、息を吐いた。
「ん―――天気いいねぇ。こぉーんな天気の良い日に、キラも補講じゃ泣けるねぇ」
見上げる空は、澄んだ蒼を広げている。人工物ではあっても、素直に綺麗だと言える色が、そこにある。まだ学生だったころ、良く晴れた空を見上げては、校舎の屋上で昼寝をしていたことを思い出す。きっと補講を受けている学生も、教室の外に飛び出したいに違いない。
「あぁ、そうだ。お前さ、学校で夏休みの宿題出たの?でも、まだ四歳だもんなぁ、宿題なしとか」
ベンチから、地面よりも上にある両足を前後に動かしながら、アスランは言う。
「しゅくだいはね、まいにちかく絵にっき。ラクスがね、絵にっきは字のれんしゅうになっていいですね、だって」
「あぁ、なるほどね。毎日字を書いてれば、上手くもなるし覚えるよな」
四歳の子供の口から、夏休みの宿題はパソコンを使うのが普通、などと言われたらどうしようかと思っていたが、いかにも子供らしい宿題で安心した。
四、五歳の年齢では、ナチュラルもコーディネーターも、その能力に大きな差はない。アスランの通う幼年学校には、多くはないがナチュラルの子供もいると聞く。ナチュラルもコーディネーターも関係なく、友達は出来たのだろうか。クラスメイトとは、喧嘩をしたりするのだろうか。普段はなかなか訊けない学校の様子を、ディアッカは尋ねた。
「なぁ、アスラン。学校楽しいか?クラスメイトはどうだ?友達、出来た?」
「がっこう・・・?」
ブラブラと動かしていた足を止め、アスランが少し首を傾げる。何かを考えているのか、暫しの間をおいてから、口を開く。
「・・・よくわかんない」
「・・・ん?」
「がっこう・・・よくわかんない」
予想外すぎる答えと、どこか怒っているようにも聞こえる声音に、ディアッカはまじまじとアスランを見つめた。

―――よくわからない

これは一体、何を意味しているのだろうか。一体何を指してのことなのだろうか。学校での様子を訊いただけなのに、わからないという答えは何故だろう。
四歳の子供が持っている心の内側を開かせるべく、ディアッカは父親のような、力強くも柔らかな眼差しで問い掛けた。
「よくわからないかぁ。何か嫌なことでもあったのか?友達にいじめられたとか、先生が嫌いとか」
「がっこうはね、キライじゃないよ。先生はおもしろいし、べんきょうも楽しいもん」
「じゃあ学校は好きてことだろ?何が、よくわからないんだ?」
「だって・・・」
何か言いたそうではあるが、口を噤み俯いてしまったアスランの頭に手を置く。
「何だ?黙ってたらわかんねぇぞ。言ってみ?」
固く結ばれた唇。話をしてもいいのか、迷っているようにも見える。ディアッカは黙り込んでしまったアスランが、自ら話してくれるのを待つことにした。
白い横顔を、藍の髪が隠している。久しぶりの再会だというのに。
学校のことを尋ねたら、子供の気持ちを落ち込ませることになるなんて。
しかし、逆に考えるならば。
たまたまではあるが、学校のことを訊いたことによって、アスランが何かを抱え込んでしまっているだろうことがわかった。もしかしたら、それほど悩むようなことでは、ないのかもしれない。単に友達と喧嘩をしてしまい、仲直りをする機会を失っているだけかも。
が、そういったことを、アスランはラクスに話したりしないのだろうか。学校での様子を、離すことはないのだろうか。
ふとした疑問。
幼年学校に通い出して、アスランの小さな世界で、何かが変わり始めている予感。ざわざわと揺れた葉の群れの中、ぽつりと声が漏れた。
「・・・へんなこと言うんだ」
「変なこと?」
鸚鵡返しをすれば、アスランは頷く。
「リサもエイミもケインも、へんなこと言うんだ」
変なこととは、何だろう。いじめられている、と受け取れないこともない。不安が過ぎる。
「お前、いじめられてんの?」
「ちがうよ、へんなことだもん」
「いや・・・いじめじゃないんなら、何だ?俺には、お前の言う変なことが、わかんないんだけど。その友達に言われたこと、話してくれるか?」
顔を覗き込むようにして言えば、戸惑いの色を浮かべながらも、アスランが信じられないことを口にした。
「イヤ!」
はっきりすぎるほどの拒絶の言葉に、ディアッカは一体俺が何をした、と叫びたくなった。
「イヤってお前ね、俺は心配してんの、わかる?てか、ラクスには話したのか?友達から、変なことを言われるって」
「ラクス?はなしてないよ」
「・・・ソウデスカ・・・」
まるで答えの出ない迷路だ。小さく華奢な肩に両手を置き、自分の方へと体を向けさせる。
「いいか、アスラン。言いたくないことも、そりゃあ、あると思うけどな。お前の言う変なことっているのは、言われて嬉しいもんじゃないんだろ。だったら、そういうことは、ラクスにちゃんと言うこと。お前のことを、愛している人なんだぜ。母親には、学校でのことをちゃんと話さないとな」
「ラクスは、ぼくのおかあさんじゃないよ」
「それは・・・そうなんだけどさ。お前を産んだお袋と同じように、お前を大切に想っているんだから、嫌なこととか困ったことがあったら、ちゃんと話してみ?お前にとって、一番いい答えをくれるし、何より隠し事をされたら哀しむぞ、な?」
決して難しいことを言っているわけではない。が、話すということが、とても勇気の必要なことだともわかっている。アスランは、友達から「変なこと」を言われている。けれど、それをラクスに伝えてはいない。それはアスランにとって、とても話しづらい内容なのだとも言える。でも、いじめられているのではないという。
アスランは視線を落とし、少なからず納得しきれていない色だ。
―――こういう頑固さも、父親に似過ぎだ
溜息を一つ零して、ディアッカはあっさりと負けた。
「わかった。言いたくないなら、無理には訊かねぇよ。お前の中で、ちゃんと答えが出せるなら、それでいい。でもな、自分一人じゃどうしようも出来ないと思ったら、ラクスに言うこと。ラクスに言えないことなら、キラもいるし、もちろん俺らもいるしな。俺らはみんな、お前の味方だってこと、覚えておくように」
髪をくしゃくしゃと撫でれば、アスランは首を縦に振る。
言いたくないであろうことは、無理に言わせることはしないが、とても気になることだ。
なんだろう、気になる、気になる―――。
四ヶ月振りの再会は。
なんとなく、なんとなくではなるけれど。
明確な形にはならない不安定さが、現れたような気がした。





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