良く人は、あの日が全ての始まりだったと言う言葉を口にする。
今回の戦争のこともそうだ。
だから、俺は思う。
俺と、奴の関係を。
親友というほど、近い存在ではなかったのかもしれない。
けれど、それでも俺は、奴を見ていた。
ずっと、見ていた。






CE70。
一人の少年が軍人となる道を選んだ。
まだ幼さの残る少年は、自らの意思で銃を持つ兵士へとなる。
少年の名は、アスラン・ザラ。
十五歳の決断だった。


イザーク・ジュールは、アスランがザフト軍に入るまで、全てにおいて最高の位置にいた。
射撃も戦闘機やモビルスーツでの訓練でも、成績は常にトップだった。それが今では二番手に甘んじている。
プライドの高いイザークにとって、アスランの存在は煙たいもので。実に不愉快ではあったのだけれど。
裏を返せば、それだけだった。
アスランを妬むほど、イザークは子供ではない。何よりイザークはアスランの優秀さを認めている。
ただ、口に出して言うことは無かったが。
気が合うほど親しくもなければ、必要最低限の会話すら怪しいものがある。
イザークとアスランの関係は、同じ部隊に所属する者。
それ以上でも以下でもない。
単なる事実が関係なのだ。
だから今日も、ミーティングで席が隣になろうがお互いに会話など無い。
嫌いだとか、苦手だとか。
そういう感情が無いとは言い切れないのかもしれないけれど。
イザークにはどうでもいいことだった。
兵士として与えられた任務を完璧に出来るのであれば、それでいい。必要以上の仲間意識など邪魔なだけだ。
イザークは少なくとも今日までは、そう思っていた。
「・・・それではミーティングを終わりにする。明日と明後日は休日となるが、休み明けに今日、打ち合わせたモビルスーツでの訓練をやるので、あまり気を抜かないように。以上だ」
どこかの学校の先生のように、ヴェザリウスの艦長であるアデスが、休日に意識が向いてしまっている少年たちを見て小さく息を漏らす。
いつも緊張の中にいるのだから仕方ないにしても、自分が若かった頃は、と言いそうになってしまうのはやはり時代の差だからなのか。
アデスは緊張の糸が見事に切れた少年たちを残し、ミーティングルームを後にした。
「あーあ、訓練訓練の毎日で、いつ休みがあるかと心配したぜ」
ディアッカ・エルスマンが大きく伸びをしながら言う。アデスが去った後の空気は、どこぞの学食化している。兵士とはいっても、まだ実践経験の無い少年たちだ。気を抜くのは早い。
イザークは隣に座っていたアスランが立ち上がるのを横目で見た。相変わらず、何を考えているのかさっぱり判らない表情をなんとなく見上げるのとほぼ同時に、小柄な少年がアスランに声を掛けた。
ニコル・アマルフィである。
「アスラン。アスランはこの休日、家に帰るんですよね」
軍人らしくない少年。いつも穏やかな雰囲気を纏っている。イザークはこの少年が何故か苦手だった。
「うん、帰るよ。珍しく父さんがここに迎えに来てくれるんだ。もうすぐ来ると思う」
「本当ですか?いいなぁ。僕のところなんて、自力で帰って来いですよ」
「自力って・・・。なんか言い方が凄いな」
ふんわりとアスランが笑う。とてもあどけない笑みだ。少年なのに、どこか少女のように愛らしいそれ。
イザークとてアスランの笑みを見たことが無いわけではないが、今日は何かが違った。先ほど言っていた父親のことが大きいのだろう。ミーティングの時は感じなかった嬉しさに似た感情が、アスランを包んでいる。
どんなに優秀なパイロットではあっても所詮は子供だ。
久しぶりの休日に父親と逢えることが、それだけ嬉しいということだ。
「僕もこれから帰るんです。次の休みなんて、いつになるかわからないですもんね。こういう時は、一生懸命ダラダラしなくちゃ」
「あはは・・・。ダラダラはいい表現だ」
「だってアデス艦長が気を抜くな、なんて言うから余計にダラダラしたくなりますよ」
そんな子供っぽい会話をしながら二人がミーティングルームから姿を消すのを、イザークは黙って見ていた。
彼らの中に、イザークに話し掛けようという気は無かったようだ。彼とて、話し掛けられたところで、眉間に皺が寄るだけではあるが。
配布されたレジュメを持ちイザークは席を立つ。それを待っていたかのように、ディアッカが声を上げた。
「イザーク、お前これからどうすんの?」
「どうするって、何を・・・?」
「メシまで時間があるから、俺とミゲルはトレーニングルームに行くんだけどさ。お前は?」
今日は朝から上官との話し合いが続いたから、ディアッカは体を動かしたいようだ。それに付き合うミゲルも同類のようで、重量挙がどうのこうのと呟いている。
(こいつら、これ以上筋肉つけてどうする気だ?)
そんな問い掛けをしてみたくなったイザークだが、趣味だ、と応えが返ってきたらそれはそれで嫌だ。
彼は首を横に振った。
「俺はいい。お前らだけで行って来い」
「あっ、そう。じゃあ行こうぜ、ミゲル」
鼻歌でも歌いだしそうなディアッカに、陽気な奴だと息を一つ吐いて。
いつの間にか誰も居なくなったミーティングルームから、イザークも自室へ戻ることにした。


軍の教養棟と兵士たちの生活棟は、ありがたいことに前と後ろの関係だ。どんなに寝坊したところで、遅刻は無い。
イザークは教養棟を出ると頭上を仰ぎ見た。
造られた人工の空間であるプラントに、空と呼べるものが広がっている。青く澄んだ空だ。もちろんイザークは本当の、地球から見上げる空を知らない。
知らないが、彼はこの青色が広がっている景色を気に入っていた。
眼に優しい色は、どことなく急ぎがちになる気持ちを落ち着かせてくれる。
始まってしまった戦争。未だ実際の戦場へ出たことは無いが、近い未来にイザークたちは、血と埃に塗れた憎しみ合いの中心へ行く。
怖い、と思ったことは無い。
プラントを守るための道を選んだ自分は、決して間違ってはいないのだから、何も怖くはない。
死を恐れたら、きっと何も守れない。
軍人は多かれ少なかれ、自分だけの正義を持っている。イザークもその一人だ。
銃を向けてくる相手には同じ銃口を。
これがイザークの兵士としての考え方だ。
正義と言えるのかどうかは判らないが、生きるための戦争だというのなら躊躇わずに銃を持つ。
ブルーコスモスなどという、誰が始めたのか実にくだらない団体がイザークは嫌いだった。一種の差別意識である。
コーディネータとナチュラル。
人として、どちらが正しいかなんて、上も下もありはしないというのに。
コーディネータは人間だ。悪魔でも怪物でもない。
それがいつから憎悪の対象となってしまったのか。
イザークの正義は。
自分たちコーディネータの存在そのものを認めない世界的な意識を変えることだ。
そうしなければ、戦争なんて終わりはしない。イザークはそう思っている。
静かな音と共に、一台の車がイザークの横を通り過ぎる。車中の横顔に彼は歩みを止めた。
教養棟の駐車スペースに納まった車から姿を現したのは背の高い男だ。プラントに住む者なら誰もが知っているであろう、その人。
プラント最高評議会の一人であり、国防委員長も努める彼の名は。
―――パトリック・ザラ。
アスランの父親である。
(そういえば、迎えに来るとか言っていたな)
イザークの脳裏を、ミーティングルームでのアスランとニコルの会話が過ぎった。
車から降りたパトリックは、そのまま教養棟へ足を踏み入れる。宿舎に向かう前にここへ来たということは、誰か逢う人がいるのだろう。
教養棟のピロティを暫く見つめていたイザークは、止まっていた歩みを再び動かした。
久しぶりの休日、といっても二日間である。家に帰ってのんびりするほどの時間があるわけではない。ニコルの言うように、ダラダラするならここが一番適しているとイザークは思う。
が、それでも家に帰る連中はいるのだから、つかの間の家族との時間を大切にしているようだ。
(かといって、ダラダラするのは性に合わないがな)
未だ決めかねていた休日の予定。
それが、これからのイザークにとって重要な意味をもつ二日間になることを。
今の彼は、まだ知らない。



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