#35 ホビットの集落にて

―――・・・て・・・?

―――いき・・・か・・・? お〜い・・・?

「ん・・・?」
朦朧とする意識の中、マサヤはむくりと起きあがった。

「えと・・・ここは・・・」
「世界樹の広場だよ」
声のした右側を向くと、そこには身長70センチほどの少年が立っていた。

「・・・ええと・・・君は?」
「俺? 俺はホビットのルッツって者さ。
 昨日、世界樹が光ったから何があったのかなと思ってさ、
 でも怖かったから今日来たって訳・・・どうしたの?」

ホビット―――ルッツのある一言に、マサヤは顔色を変えた。

「昨日・・・? 世界樹が光った・・・あの時からもう1日経ってるのか!?」
「みたいだね。 君が1日寝てた、って事だろうね」
ルッツの気楽な声。
マサヤは改めて辺りを見渡す。
そこにあるのは世界樹の幹のみ。 アース・ドラゴンもアキホも、もういない。

「情報をありがとう。 僕は・・・船を待たせているから行かなくちゃいけない」
そう言って歩き出そうとするマサヤを、ルッツが呼びとめた。
「お〜い、待ってくれよ! 君ら、どうやってここに来たんだ!?
 この島に人が来るのなんて何百年ぶりか、って爺さんたちは言ってたぞ?」

そこではっとする。
今まで船でナビゲータを務めていたアキホがいなくなっては、帰れないのではないか?

硬直するマサヤを見て、ルッツは思案した。
「何なら、俺らの村に来てみなよ。
 何か解決策が見つかるかもしれないし、さ?」






小さなルッツの後ろを歩く事20分ほど。
マサヤが辿り着いたのは、これまた小さなサイズの集落だった。

集落には木製の家が立ち並び、そこから次々とホビットが出て来た。
外へ出ることの少ないホビットだが、中へ入ってきたものには興味が高いらしい。
「人間か?」
「人間だ」
「大きいな」
「人間って言うのは青い髪なのか?」
「なにしに来たんだ?」
「世界樹が光ったのは何だったんだ?」
「おい、ルッツ、教えてくれよ」

やがてマサヤのいた所には、ホビット山が築かれていたのだった・・・。






大量のホビットに囲まれたマサヤが解放されたのは、数十分後のこと。

「いやぁ、それにしても落ちついたもんだね」
ルッツの一言に、ようやく周りを見渡していたマサヤは振り向いた。
「そう見える? そんなことはないんだけどね。
 色々ありすぎたし、ホビットも初めて会ったし」
「俺としては、かつて見たことのないようなリアクションを期待してたんだけどな。
 ちょっとガッカリだ」
「そんな事でガッカリされてもなぁ」
そう言って、笑う。

「お、笑えるじゃん。
 さっきからず〜っと暗い顔してたけど、良かった、良かった」
「そんなに暗い顔していた?」
「してたよ」
ルッツにバッサリと斬られ、たたずむマサヤ。

そのルッツは、小川の近くの家の前へと歩いていった。
「ここが俺の家。 ホビットサイズだけど大丈夫か?」
そう言って開けてくれたドアは、130センチくらいか。
身長160センチのマサヤから見ると、肩より低いくらいだ。
「ちょっと小さいけど・・・多分大丈夫だと思うよ」
意外と横幅は広かったので、思っていたよりはすんなり入った。

「ほう、これが来たっちゅう人間か、150年ぶりくらいかのぅ」
突然横からした声に驚くと、そこにはがっしりした老ホビットが一人いた。
「こちら、俺の爺さんだよ。
 爺さん、もう噂になってるみたいだけど、こちらが人間のマサヤ=ユキハラ」
「ルッツの祖父のガッツじゃ、よろしくの」

【・・・ガッツってアンタ・・・】←天の声

中はかなり広く、部屋もたくさんある。
「ここで待っててくれよ。 俺は爺さんとかと話して、なにか役に立つものを探してくるから」
「あ、ルッツ。
 裏の川で身体を洗っておきたいんだけど、大丈夫かな?」
そう言ったマサヤの身体は、もう泥だらけだった。
一日放置されていた間に、だいぶ汚れたらしい。

「構わないよ。 じゃあこの辺の物、貸してやるから―――」






裏口から出ると、さっきも見えた小川が目の前にある。
しかしコレもホビットサイズなのか? と言いたくなるような川だった。
浅く、おそらく人に比べ当然足の短いホビットでも、足が楽々つくだろう。
と言っても、水を好かないホビットが川に入るのかは良く分からないが。

「・・・覗きは・・・いないよな?」
辺りを見まわした後、マサヤは服を脱ぐ。
胸のサラシを外した時、ふとユウナギにいるであろうサキの姿が思い浮かんだ。

「・・・やっぱりそろそろ・・・転換点かなぁ・・・」
世間から切り離されたようなこの土地で、マサヤはふとそう考えた。
普通の女性に比べれば小ぶりだが、膨らんだこの胸だって自分の一部。
「嘘は自分を滅ぼす・・・か。
 なんか少し・・・スッキリしたかもしれない」

世界樹に呑み込まれたことで雑念が消えたのかな、などと考える。

そうして身体の泥を落としていたその時。
目の前にあったルッツの家の裏口がバン、と開いた。

「マサヤ! いい物見つか―――」

マサヤの姿を見て、ルッツは凍り付いた。

時が止まった(笑)。






「中性魂者、か・・・初めて見たよ」
「僕も、ホビットは今日初めて見たよ」
バツが悪そうなルッツの頭を軽く叩き、その向こうのガッツ老の元へと歩く。

「中性か・・・、いろいろ大変じゃろ」
「ええ。
 今までずっと隠してきたんですが、帰ったらみんなに本当のことを言おうと思ってるんです。」
やや恥ずかしそうにうつむきながら、マサヤは言った。

「フン、特別なのを気にするのは最初だけじゃよ。
 気がつけば、それが当たり前になっているもんじゃ」
「そう思いたいです。
 ところで、見つかった物って何ですか?」
マサヤの言葉に、ガッツが懐から一つの磁石のような物を取り出した。

「コレはなんですか?」
「ふむ、世界樹の魔力に反応する磁針と思ってくれればいい。
 普通の磁石は世界樹から発生する魔力の霧で狂ってしまうが、コレなら大丈夫じゃ。
 この島の西のドワーフが作った物じゃよ」

「・・・この島は、ドワーフもいるんですね」
マサヤの問いに、ガッツはさらに続けた。

「遥か昔、ここには大陸があったんじゃ。
 そこには人やエルフ、ホビットにドワーフといった様々な種族が暮らしておった。
 だが、天界大戦の大天使フェルキナ様の死でその大陸は沈み、わずかにこの辺りだけが残った。
 やがて大戦の後、人はホビットなどの亜人を自分達の住処から追い払った。
 我々の先祖は、そうしてここへ集まって来たといわれておる」
「・・・」
マサヤは、何も言えなかった。

「その磁針があればまたここへ来ることも出来るじゃろう。
 だが」
「分かっています」
そう言って、マサヤは磁針を受け取る。

「なるほど・・・、お前さんなら大丈夫だろうな。
 ルッツ! マサヤさんを送ってやれ」
「分かりました! じゃあ行こう、マサヤ」
頷き、マサヤはルッツの後へと続く。

家の外に出て、見上げるとそこには世界樹がそびえたっていた。
おそらく自分はこの光景を一生忘れないだろう。
「じゃあ頼むよ、ルッツ」
「ああ、気が向いたら仲間と遊びに来てくれよ。
 お前のような奴ならいつでも歓迎だからさ」
「ありがとう」

こうして、マサヤはホビットの集落をあとにした。






今日、そして昨日来た道を引き返し、霧の中にやがて船が見えてきた。

そこでルッツは立ち止まる。
「じゃ、俺はここで。 面倒なのは嫌だからね」

そのルッツの言葉に、思わずマサヤが顔をしかめる。
「・・・ちなみに僕を拾いに来たのは面倒じゃないの?」
「あれは好奇心だよ! じゃあ、いずれまた会おう、人の友・マサヤ!」
「うん、また会おう、ルッツ・・・ホビットの友・・・!」

笑顔で別れ、そして二人は背を向けて歩き出した。
お互いの社会へ戻るために―――。



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慧太のつぶやき。

世界の中心編、あと1話です。
さて、次回は帰り道。 このまま平穏に帰る事は出来るのか?
と言っても、いつもトラブルに巻き込まれてしまうマサヤ君ですけど(笑)。

今回からマサヤはずいぶん前向きになりました。
前向きになりすぎたかな・・・?
世界樹に呑み込まれて、テンションが上がってるみたいです(笑)。