#36 消える灯火

氷女の月21日。

マサヤ達を乗せた船は無事に霧を抜け、いよいよユウナギへの航路を取り始めていた。
その夕方、一人甲板で風を浴びるマサヤの姿があった。

「霧を抜けたか・・・」
その声に振り向くと、ハルヒコが歩いてくるところだった。

「この調子なら、無事に帰れそうですね」
「全くだ。 最初は帰れるか帰れないか、分かったもんじゃなかったけどな」
2人は並んで笑う。

しばし沈黙が流れ、ハルヒコが再び口を開いた。

「マサヤ、お前に言っておきたい・・・いや、謝っておきたい事がある」
「・・・なんですか?」
「船が霧の中に入った日・・・あの日、俺がアキホさんを連れ出しただろう?
 あの時のことだ」
突然の言葉に、マサヤは戸惑う。
だがこのあとの言葉には、さらに戸惑うことになるのだが。

「あの時な・・・、俺は彼女を殺そうとしてた」
「・・・えぇっ!?」
「お前達が来るちょっと前に頼まれてたんだ・・・。
 だけど、実物を見たら殺す気が・・・いや、殺せなかった。
 あの人はいつか、この世界に必要となる人なんじゃないか、って気がしてきてさ」

ハルヒコは全てを語った。
妻の病気のこと、治療費を稼ぐために裏稼業をしていること。
訪れた男のこと、アキホとのやり取り―――。






話し終えたハルヒコは、深々と頭を下げた。

「すまなかった・・・! 俺は、もう少しでお前達を裏切るようなことをするところだった・・・!」
突然の元上司の行動に、マサヤは困惑した。
「そんな・・・顔を上げてください。
 それなら、これからやりなおせば良いじゃないですか・・・!」

「・・・やりなおせるのかな、俺は」
「それはヒヅキさん次第ですよ、きっと。
 終わったことはどうしようもないですけど、これからを機動修正することは出来るはずです」
その言葉に、ヒヅキは顔を上げた。
「・・・これから・・・か、そうだな・・・。
 マサヤ、お前凄く人生経験豊富そうなことを言うな」
「え? あ・・・そうですか? 気のせいです」

ややごまかしの入った言葉で逃げる。

だが一瞬考え、マサヤは再び口を開いた。

「・・・豊富と言ったら豊富ですよ。
 あの・・・聞いてほしい事があるんです」
「穏やかじゃないな。 何だ?」
「僕の本当の―――」






その先の言葉を、ハルヒコは聞き取ることは出来なかった。

横にいたマサヤの細い身体が、海へと落下して行く。
かすかに赤い血をなびかせながら。
それは、不気味なほどにゆっくりと、静かに見えた。

「・・・!?」
振り向いたそこには、船員の一人が立っていた。
その手には1本のナイフ。
新しすぎる血が、滴っていた。

全く気配は感じられなかった。
そして再び、殺気と言うモノを放つこと無くハルヒコへと向かってくる。
「くぅっ・・・!?」
困惑の中、かわす。

「ちぃっ・・・なんだ、催眠術・・・?」
暗示によって操られているかのように、ただ人形となって、今、船員が自分を殺そうとしている。
「冗談じゃ無いっ!!」

またも突進して来た船員の腕を、ナイフごと蹴り上げる。
ナイフは高く飛びあがり、そのまま海へと落ちた。
蹴り上げた足はそのまま次の行動へ。 船員の肩めがけ、かかと落としをしかける。

普通の人間なら、ここで飛んだナイフに気を取られるはずだった。
だが、船員はハルヒコのかかと落としを両腕で見事にガードする。
彼の腕の骨が、わずかに嫌な音を発した。

(こりゃ、完璧に催眠術の一種だな・・・)
折れかけた腕でなおも飛びかかってくる船員の攻撃をかわしつつ、一人考える。
(・・・あの男か・・・! 俺を使い捨ての駒にしやがった・・・!
 逃げ場は無い・・・、畜生・・・!)

船員の腹に思いっきり蹴りを叩きこむ。
1メートル以上吹っ飛び、彼は動きを止めた。
「くそぉ・・・! 俺だけならまだしも、マサヤまで巻き込みやがって、畜生っ!!!」

その直後だった。
1本のナイフが、ハルヒコの胸を貫いた。

「・・・!?」
力が抜けて行く。
かすかに見えたその姿は、見慣れた色黒の―――。

「な・・・叔父・・上・・・!?」

ハルヒコ=ヒヅキ。
彼がそれ以降意識を取り戻すことは無かった。






それから5日。
氷女の月26日の、朝。

野宿の後片付けをしながら、サオリがつぶやいた。
「海、海、海・・・見渡す限り海ね・・・」
「そうだね、サオリさん・・・」
「もう飽きたわ、海見るの・・・」

彼らはもう半月近く海沿いを旅している。
と言うのも、東の国の北半分は山岳地帯で、海沿い以外は安全なルートが確保されていないのだ。

「元気だそうよっ! もうすぐユウナギだよー!」
相変わらずの元気娘っぷりなのは、アユミ。
「そやな・・・。 一時期はユウナギの辺りに勇者が2人おったんやけどなぁ・・・」
「今はどうなのよ」
「1人はさらに東に行ってもうたな。 もう1人は南に行ってもうた」
アユミの肩に止まったジャスが、眠そうな声でつぶやいた。

片づけが終わり、馬車に乗りこもうとした時、シバが口を開いた。
「ところでジャス。 俺達はもう世界を半周してるけど、何かおかしくないか?」
「何かって、何?」
と、アユミ。

「半周してるのに、勇者があと2人しかいないのはおかしい・・・でしょ?」
「サオリさんの言う通り。 最初はジャスのチカラが弱まってるせいで
 広範囲のチカラが感知できないと思ってたんだけどね。
 エナ=ソーとジレスの間の海で出会ってから大分経つけど、
 感知してる勇者は相変わらずサオリさんとアユミとあと2人、って言うのはおかしいと思う」

シバの言葉に、ジャスは黙りこくる。
確かにジャス自身、気にはなっていた。
あらゆる可能性を考えた結果、出た結論はこれだった。

「多分・・・この世界の外に、他の4人は居るんやろな」
「・・・外・・・と言うと、どこなのよ?」

天界大戦以降、この世界の周りには結界が張られている。
『外の世界』の実在は確からしいが、実際に外へ行く方法は無い。
ただ、結界の隙間が多少なりともあるらしく、魔物達がそこから侵入しているのも事実である。

「神のチカラの届く範囲で、この世界以外・・・地底やろ」
その言葉に、サオリは凍りついた。
「地底・・・!?
 でも地底への扉は500年に一度しか開かないのよ!?」

この東の国の最北部にあるタカミ島には、崖に大きな裂け目がある。
その奥は地底へと通じている―――と言われているが、普段はただの行き止まり。
だが500年に1度、地上と地底の間の結界が弱まる時期があるらしく、
地底への扉が開くのだ。

【ちなみに、最後に扉が開いたのは20年ほど前】←天の声

「地底って・・・またスケールが違う話になってきたな」
「シバも感心してないで! それに、地底へは一方通行だって話、聞いたことあるでしょう!?
 八勇者集めても、帰ってこれなかったら意味無いわよ!」
サオリの言う通り、地底へ旅だった者は多いが、地底から来た、もしくは帰って来た者は1人もいない。

「大丈夫だよ、きっとなんとかなるよ」
特に根拠も無く、アユミ。
肩のジャスも同意する。
「そやな。 八勇者のチカラを使えばなんとかなるかもしれへん」

「『かもしれへん』じゃダメなのよ、『なんとかなる』じゃないと!」
まだパニックが収まらないサオリは、とりあえずジャスを吊るしてみた。

「まだ実像は見えてきてないけど、これからとんでもないことが起きるって言うなら、
 私達は『確実に』それに対処しなきゃ行けないはずでしょう?
 危ない賭けに負けたら、世界が終わりかもしれないのよ?」

いつも『とにかく実行』のサオリらしからぬ言葉だったが、ジャスは頷いた。
「確かにそやな。
 なら『なんとかなる』やろ。 八勇者が集まれば、物事に『確実に』対処するチカラが生まれる」
「あんたがそう言う事言うと、格好つけてるみたいで嫌だわ・・・」
そう言って、サオリはジャスをアユミに向かって投げ捨てた。

「普段は無茶ばっかり言っとるサオリが、真面目さを前面に出すのもなんかアレやで」
「サオリさんは、なんだかんだ言っても根は真面目なんだよ」
「うるさいわね」
苦笑いを浮かべ、シバは馬へと飛び乗る。

「じゃあ、ユウナギに向けて出発ー!」
「了解です、アユミ艦長!」
「あんたら、何やってんだか・・・」

彼らがユウナギに到着するのは、その昼過ぎである。



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慧太のつぶやき。

殺っちゃいましたね・・・(滝汗)。
予定通りなんですけど・・・う〜ん・・・。
ようやく愛着がわいてきたところで退場してもらわないといけないなんて(汗)。

さておき、サオリ達が久しぶりに出てきました。
世界の中心に関する話が終わり、残るは後片付け(?)のお話。
次回で長い長い7章も完結です。