#34 迷いは世界樹へ消えて

アキホたちがユウナギに来る数日前のこと。

見たことの無い男が船長の家を訪れた。
だがその日、船長は偶然にも留守。
そのため応対をしたのはハルヒコ。
そしてその男は言った。

「おそらく数日後、この街に長い髪の女が現れる。
 狼人の女と青い髪の男、黒い髪の男の3人が一緒にいるはずだから、分かる。
 ・・・長い髪の女を殺してもらいたい」
「なんだと?」
「謝礼は出す。
 事情で俺は直接手を下せない、だからお前に頼みたい」
「断る。 何故見ず知らずの貴様の言うことを聞かなくちゃいけないんだ!」

「お前の妻は病気なのだろう?」

「・・・貴様・・・」
「裏の情報筋を甘く見ないことだな。
 かつては亡国スノーノウェスパの準兵士部隊の隊長、
 そして今は植物状態の妻の治療費を稼ぐため、船乗りの裏で密輸業を・・・」

「・・・分かった。
 一つ聞きたい、そこまでして殺さなくてはいけないその女・・・何者だ」
「ただの殺害対象だ。 気にしていたら仕事にならないだろう」
「・・・さっさと消えてくれ」
「言われなくてもな」






残されたハルヒコはひとり、ユウナギの街にたたずんだ。

「畜生・・・、俺はこの先、何をすりゃいいんだよ・・・
 教えてくれよ、ノリコ・・・・」






時間を現在に戻しさらに2日。
氷女の月18日のこと。

「もう丸2日も霧の中を進んでるが、本当に大丈夫なんだな?」
「叔父上、彼女を信じるのでは?」
「それは分かってる。 だがな・・・」
「申し訳・・・ありません・・・、でも・・・もう少し・・・ですから」

そんな彼らの会話を、マサヤはただ後ろで見ていた。

あの後もアキホの、マサヤを何となく遠ざけるような態度は続いた。
クライアント命令、と言うことになるのだろうから、それに従うもののどうもスキッと来ない。
「マサヤ、眉間にシワよってるぞ」
ハルヒコに言われ、自分が相当難しい表情をしていたことに初めて気付く。

『そんなもん巻いて無理してると、いつか身を滅ぼすんじゃないかい?』

それでも、これが僕の生き方だから・・・!
もう、人にあんな目では見られたくは無い。
あんな目では・・・。

『・・・これはクライアント命令です』

僕はどうすればいいんだ・・・?

「・・・なんだ・・・陸か!?」
突如、船長が叫んだ。
確かに霧の向こうから、大きな陸地が突然姿を現した。
その大きさから言えばもっと早く見えてもおかしくは無いような気もする―――が、
それよりも船員達は『誰も帰ってこられない海』で目的地にたどりついたことの感動の方が大きかった。






やがて船は広い入り江へと辿り着く。

船と陸が渡された直後、アキホが口を開いた。
「この先は・・・私と・・・マサヤさんの・・・2人で・・・行きます。
 みなさんは・・・ここで・・・船を・・・守っていて・・・ください」
「2人? 俺も行こうか?」
ざわめく船員の中からハルヒコが名乗り出る。

「いえ・・・こちらにも・・・誰か・・・いた方が・・・安全・・・ですから
 いままで・・・ありがとう・・・ございました」
「いや、こちらこそ」
色々な意味を込めた2人の会話。

そして相変わらずの顔つきで、マサヤが降りて来る。
「・・・いいんですか、僕だけで?」
「お前以外に誰が適任だって言うんだよ」
ハルヒコが小突いた。

「改めて・・・よろしくお願いします」
「・・・了解です」
あまりにも微妙な雰囲気に、見ていた船員達の表情まで硬くなった。

「大丈夫かよ、あの2人・・・」

【多分、大丈夫じゃありません】←天の声






島の奥へと2人は進む。
周りに生えている植物は激しく大きく育ち、マサヤにはとても見たことの無いものばかりだった。
不思議と、霧は徐々に薄くなる。

「不思議な場所だな・・・精霊力に満ちてる」
思わず声に出してつぶやいた。
「世界樹の・・・膝元・・・ですから」
当たり前のようにアキホが返す。

スイッチが入ったように、マサヤは今まで考えていたことを吐き出した。
「―――あの、アキホさん、そろそろ教えてくれませんか?
 世界樹に行って、その後どうするんですか?
 ・・・僕も世界樹で神様に会えるんですか?」
「・・・会える・・・としたら・・・、どうする・・・おつもりですか・・・?」
「何故僕をこんな身体に産んだのか、問います」
「・・・」
アキホは悲しそうな顔をしてうつむくだけだった。






またも無言で2人は進んだ。
1時間以上歩いただろうか。
島の回りをあれほど囲んでいた霧は、既に周囲に無い。

そして前方にはいつからかはっきりと、巨大な樹が見えていた。

やがて開かれるように、前方に茂っていた木々が消えて行く。
(広場だな・・・まるで・・・)
2人の足が止まる。
直径数百メートルはあろうかと言う巨大な樹、その周りは吸い取られたかのように他の樹の姿はない。
アキホの目的地、フェルキナの世界樹。

おそらく、これを見た人間は地上世界ではマサヤただ1人だろう。

それは異様な光景だった。

かつて見たことの無いほど太い樹、しかしそれに「根」は無かった。
大地から「幹」が生えている。

「・・・この樹は・・・どこから生えてるんだ?」
「世界樹の・・・根は・・・、地底世界に・・・あります・・・。
 この樹は・・・天界・・・地上界・・・地底界・・・3つの世界を・・・繋げる・・・
 扉・・・です。」
「これが、扉なのか・・・?」

ヒトは常識では捉えられない物を目の前にした時、『それ』に意識をとりこまれる。
以前、ヒムロ神官長にそう言われた事があった。
今のマサヤは、完全に世界樹の中へととりこまれていた。

―――珍しい客が来たものだな。

大地の底から響くような声に、マサヤは意識を取り戻す。
「誰だッ!?」
身構えた彼の前で、樹の周りの地面が盛り上がっていく―――。

大地は形を変え、一つの新たな姿をかたどる。
それは龍、本で読んだドラゴンの姿。
だが、今目の前にいる存在から感じるのは、生物とは違う、圧倒的なオーラ。

威勢は消え去り、マサヤは威圧感を全身に受けながらもなんとか言葉を搾り出す。
「あ・・・あなたは・・・一体・・・!?」

―――かつてヒトは私を、偉大なるアース・ドラゴン、と呼んだ・・・。

かつて書物で読んだ事がある。
神から預かりしこの地上界を司っているのは、一体の精霊龍。
その名は偉大なるアース・ドラゴン―――。

「地上界の守護神・・・そんな・・・!」
「恐れる事は・・・ありませんよ・・・。
 お久しぶりです・・・、アース・ドラゴン」
アキホが一歩、アース・ドラゴンへと近付いた。

―――西の地に産まれしチカラ・・・、そうか、お前か。
    お前が来たと言う事は、地底に危機が迫っていると見て間違いないな。

頷くアキホ。
しかし、マサヤには把握しきれない。
「アキホさん、地底の危機とは一体・・・」

―――今はまだ知る必要は無い、一角なる魔族の力を受け継ぎし者よ。
    やがてお前にも運命は訪れよう、それまでしばし休め。

「どういう意―――」
次の言葉は発する事は無かった。

直後、世界樹を光が包んだ。

マサヤは思わず目を覆った。
風の音すら聞こえない。
だが、頭の中に直接刻み込まれた音は聞き取る事が出来た。

 これまで、ありがとうございます―――。
 でも自分に嘘をつけば、やがてはあなた自身を滅ぼす事になる―――、
 分かっているのですね・・・ならば恐れず、前を向いてください―――。

 あなたには、その力がありますから―――








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慧太のつぶやき。

さらばアキホさん・・・。

最後のアキホのセリフ、いつも通り切れ切れにしようかとも思ったんですけど
頭に直接語りかけているので、(面倒くさいし)普通にしちゃいました。
アース・ドラゴンは出番がちょっと少なくなってしまったか?

あ、タイトル部分が徐々にお話になってきてますが気にしないでください(ぇ)。
マサヤが大変な事になっている時、ミノリは別の意味で大変な事になってます(笑)。