#33 過去を捨てる男達は

そして氷女の月13日。

船には長期の航海用のような荷物がつまれていた。
間違い無く遭難対策である。
この危険な船旅に、船長を初めとした6人の船乗りとハルヒコが同乗する事となった。

「・・・いよいよ・・・か」
「いよいよだね。 ま、あたしは留守番だけどさ」
「・・・」
あの日以降、マサヤはサキと距離を取りたがった。
だが当のサキはそんな事は許さない。

「・・・サキさん、結局あの時、何がしたかったんですか?」
しつこく付きまとうサキに、マサヤが問う。
「別に〜。 自分の中ばっかりで悩んでる臆病者に喝を入れたかっただけさね」

「・・・そう言うの、なんて言うか知ってます?」
「大きなお世話、かねぇ」
「・・・」
再び、マサヤは黙りこくった。

その時、後ろからアキホが杖をついたユウジと歩いて来た。
「・・・ユウジさん、安静にしてた方がいいですよ?」
「だ・・・大丈夫だぜ。 もう熱もだいぶ下がったし、一緒に行けないのがマジで残念だぜ」
ユウジは世界の中心に最も興味を持っていた男だった。
それだけに落胆は大きく、動けるようにはなったようだが覇気は無い。
【いわゆる抜け殻状態だね】←天の声

ユウジとマサヤが話をしている横で。
「サキさん・・・」
「珍しいね、何だい?」
珍しいのは彼女―――アキホから問いかけてきた事。

「なんと言ったら・・・いいんでしょうか・・・、
 ・・・ありがとう・・・ございます。
 サキさんも・・・目的・・・見つけてください・・・」
「分かってるさね」
笑いながらそう言うと、アキホの頭を軽くなでる。
「さ、行きな」
「・・・はい」
アキホの顔は照れくさそうな、名残惜しそうな、微妙な表情になっていた。
マサヤはそれを横目で眺めるのみだった。






「野郎ども、出航だーっ!!」
「おおーーーーーーっ!!」

心地よい風が吹く中、男達が帆を上げる。

アキホの旅の終わりが近付く。
だがそれは、マサヤにとっては旅の始まり。
サキに取っては旅の転換点。

船は動き出した。
彼らの運命と共に―――。






さて、出航の後、残された二人は。

「行ったね」
「ああ」
「行ったな」

・・・・・・。

第3者の声に、おもわず2人は振り返った。
「み・・・ミッチー!?」
「あああっっ、若白髪ぁっ!!」
瞬間、それぞれの脳内の通称で叫ぶ。
そこにいたのはミチヒコ=ヘイケ。

「何と呼ぼうが勝手だが、今はお前たちと争う気は無い」
「はっ・・・、どうだかな」
ユウジがつぶやく。
あきらかに警戒の色はとけていない。

「で、何の用さね? オモシロ3人組もいないようだけど」
剣にかけていた手を下ろし、サキ。
彼女に対し、ミチヒコは面倒くさそうに口を開いた。
「あいつらは『割に合わない仕事なんてやってられるか』と言って消えたよ。
 ユウナギまで来たはいいが、ちょっとした噂を聞いたものでな」
その声には自嘲や落胆が混じっていた。
「どんな噂だよ?
 あいにく俺たちは、ここんとこ外に出てないから情報が入ってないぜ?」

「お前たちに言う必要があるのか・・・?」
ミチヒコはボソリと言い放つ。
だが、サキが負けじと1歩前に出る。
「言うためにここに来たんじゃないのかい、若白髪?」

「・・・フン。
 ならば教えておこう・・・ついにタカマガハラ家が潰された」
「チッ・・・そんなことだろうと思ったぜ
 詳しい事は分かるのか?」
と、ユウジ。

「今回の一件を誇張するなりして、他の二家が圧力をかけた。
 権力の集中を狙うヤツらにとって、今回は絶好のチャンスだった、と言うわけだ。
 俺たちに依頼した男はそれを防ごうとしていたようだが」
「結局取り潰し。 あんたらは、これ以上仕事をしても報酬も入らない、と」
「そういうことだ」
そう言って、ミチヒコは大きくため息をついた。
そのまま背を向ける。

「ミッチー、お前、エルシャに来る気はないのかよ?」
ユウジの問いに、答えは返って来ない。






やがてミチヒコは見えなくなった。
ユウジは怒りにも似た表情で、彼の消えた方向を睨む。

「・・・」
「アイツは・・・自分自身の道を探してんだろうね。
 今までの財産を全て捨ててでも、さ」
「確かにそうかもしれんぜ・・・。
 だがよ、過去の精算はきっちりして行くべきだと思うぜ?
 今のアイツは、ただ逃げてるだけにしか見えんぜ」
その問いに答える者はいない。






それから3日。
氷女の月16日の昼。

「船長」
「どうした?」
「あの魔道士の少年、今日も部屋から出て来ようとしないんですよ」
「そうか」

「そうか・・・って、船長、いいんですか?」
「言ったろう。 少年はあの女性を守るガードなんだ。
 好きにさせておけ。 俺たちはただ、船を動かせばいいんだ」
「はぁ」






船室の一つで。
アキホとマサヤはただ座りつづけていた。

「あの・・・」
沈黙を破ったのはアキホの方だった。

「あまり・・・思いつめずに・・・、少しくらいなら・・・」
「あ、いえ。 僕は大丈夫ですから」
「・・・そうは・・・見えませんが」
表情こそ相変わらずほとんど無いが、その声は心配そうだった。

ここ数日、マサヤはずっとこの調子だった。
怪我をおって町から戻ってきた、あの日から。
人との関わりを極力断ち、ひたすら何かを考えている。 探している。

今までの自分の道を否定された気がした。
それでも。
自分には何か、出来るのだろうか。

この人と一緒にいれば、何か見つかるかもしれない。

心の中でつぶやく。






『お〜い、俺だ。 入っていいか?』
突然のハルヒコの声に、マサヤは我に返った。
が、彼が声を出すより早く。
「どうぞ」
アキホの言葉に、ドアが開く。

「悪いな。
 そろそろ霧が出始めてるんだが・・・これからどうすればいいんだ?
 船長の方も無理に進めなくて困ってるんだが」
「分かりました・・・行きましょう・・・。
 私が・・・方向を・・・指示しますから・・・」
そう言うと、長い髪を舞わせながらアキホが立ち上がった。
つられてマサヤも立ちあがる、が。

「・・・大丈夫・・・ですから・・・」
「でも」

「・・・これはクライアント命令です」
強い目で一言。

拒絶されたマサヤはひとり、部屋に残ることになった。






船室を出て間も無く、ハルヒコが口を開いた。
「マサヤのことだが・・・良かったのか?」
「ええ・・・無用な心配を・・・かけたくは・・・ありませんから」
彼と目を会わせようとせず、淡々とアキホは語る。

「そうか、ならばここで何をしても・・・いいんだな?」
立ち止まったハルヒコが、剣の柄に手をかけた。
金属のぶつかる苦い音が響く。
「・・・」
何も言わないアキホの細い背中に、さらに言葉をぶつける。

「ヤケに落ちついてるんだな。 いいのか? ここで死んでも・・・。
 やる事があるんじゃなかったのか、言いたい事は無いのか?」
「・・・これが・・・運命なら・・・、受け入れるまで・・・です」

一時の沈黙。

「やめだ、やめだ・・・やってられねえよ」
そう言って、ハルヒコはあっさりと剣から手を離した。

「ハルヒコ・・・さん?」
「そんな堂々とされちゃ、殺る気も失せるってもんだよ。
 第一、なんであんたを殺さなきゃいけないのか・・・それを聞いて無いしな」
「・・・あなたは・・・法王家の・・・使いでは・・・ないのですか?」
「はあ? 法王って、まさか君・・・フィルネファーラの・・・!?」



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慧太のつぶやき。

こりゃ、後1話じゃ終わりませんな・・・(笑)。

ちょっと改行を多用しすぎたんでしょうか・・・あと1話で終わらせるつもりがあと2話かかりそうな予感です。
良く考えたらさらにエピソードが必要なので、あと3話かも(笑)。

これを書いている時点で夏です。
暑いので、脳が動いてくれません・・・(そうか?)