#32 拭い切れない傷跡

好きでこんな身体に生まれて来たんじゃないんだ。
そんな目で、僕を見ないでくれ・・・。

『こ、このバケモノがッ!!
 今まで養ってきた恩を忘れたか!?』

違う・・・。
あなたは僕を養ってなんかいない。
飼っていた、の間違いだ。

『き、貴様・・・、貴様などに生きる場所など用意されちゃいないんだよ!!!』






その日、僕は初めて、

人を殺したんだ。






「・・・また嫌な事思い出しちゃったよ・・・」
路地裏で、ひとりつぶやく。

表通りには、こんな時間でも酒飲み達がうろつき歓声を上げていた。
その脇の人目につかない場所に、マサヤはいた。

(もう9年か・・・あれから・・・。
 今まで隠してきたけど、さすがに・・・もうダメなのかな)
心の中でつぶやき、立ち上がる。 ゆっくりと表通りへと歩き出す。

ちょうどその時だった。
その表通りを見覚えのある男達が歩いて来たのは。

「いつまでこんな事しなきゃなんねえんだよ。
 いくら聖女様だからってよ、俺様はもういい加減うんざりなんだっ!!」
「ぐふぅ・・・そろそろ別の上手い話見つけたほうがいいかもしれねぇなぁ・・・」
「・・・勝手にしろ。 私は諦めるつもりはない」
「何だと?
 あのムラサメで会った妙な男の事が気になるのかよ、ミチヒコ・・・ん?」

大男―――ダルマと目が会ってしまった。
まるで瞬間湯沸し機のように、ダルマの顔が真っ赤に染まる。

「あの青髪・・・てめぇ、ムラサメの・・・!!!」
「くそォッ!」
再び路地裏に向け、マサヤは逃げ出した。 が、後ろから猛牛の如くダルマが追ってくる。
ついでに白髪のミチヒコ、太っちょエビス、ガリガリのギンと言った面々も。

ひたすら路地を逃げる、滅茶苦茶に逃げる。
アキホがヒヅキ邸にいる事がバレれば間違いなく襲撃を食らう。
撒かなくては―――! その思いだけが身体を突き動かす。

だが、非情にもマサヤの前に現れたのは袋小路だった。

「チョロチョロ動きやがって・・・テメェ、あの時はよくもやりやがったな!?」
凄まじい形相でダルマが叫ぶ。
いつの間にか彼の後ろは誰もいない―――いつの間にか置いてきてしまったらしい。
「アキホさんを守るのが、僕の今の仕事だからだよ」
冷静な声で返す。

が、そのマサヤの言葉に対するダルマの答えはひたすら感情に満ちていた。
「ハッ、あんな女どうでもいい・・・、今、俺様はテメェと戦いたくて仕方ネェんだよ。
 テメェの顔見たら猛烈に機嫌が悪くなったんだ」

マサヤの表情が変わったのは、その直後だった。
それまでは無表情に近かった彼の顔、それが怒りへと変わる。
だがそれは、目の前のダルマに向けられた怒りではないのだ。
「・・・悪いけど、今はアンタの欲望を満たすほどヒマじゃない。
 言っとくけどさ、機嫌が悪いのはこっちも同じなんだよ。
 アンタ、この仕事にうんざりならさっさと消えてくれないか」
果たして、エルシャの面々はマサヤのこんな表情を見た事があるのだろうか。
それほどまでに、普段のおとなしさからは想像もつかない怒りがほとばしっていた。

しかし今のダルマにとっては「火に油」であったが。
「殺してやる!
 奴隷商人に売り飛ばそうかとも思ってたがよ、俺様が直々にぶっ殺してやる!!!」

叫びと共に、ダルマの右ストレートが飛んだ。
マサヤはその拳の軌道を読み、避ける。
そして右腕を振り上げ、瞬時に魔法を唱え上げる。

「《アイシクル・エッジ(氷雪刃)》!!」

マサヤの右手に、とげとげしい氷の刃が出現する。
ためらいは無い。 ダルマの後頭部へ向け刃を振り下ろす!

だが、一瞬にして身体をひねったダルマの右エルボーが、マサヤの小さなわき腹へと突き刺さった。

「うガハッ!!」
全く無防備だった。
軽い身体は路地の走って来た方向へと飛んでいく。
意識が朦朧とする。 だが、まだ右手に氷の刃の存在を感じる。
(飛べえぇっ!!)
声になるか、ならないか。 だが、確かにその刃は弾け飛んだ。

この状態から無数の氷の刃が飛んでくる、という事態はさすがに想定していなかった。
だがほとんど野生の勘で動くダルマは、判断より先に反応する。
頭を守る形で縮こまり、背中で刃を受ける形になる。
一つ一つの刃はかなり小さいものの、何しろ大きいダルマの背中だ、かなりの数が刺さった。

「こ・・・この野郎・・・!」
振り返ったダルマの前にあったのは、地面に転がりながらもなんとか起きあがろうとするマサヤの姿。
(サラシをかなり巻いてるとは言え・・・さすがにダメか・・・
 アバラが逝ってるか・・・? 内臓も・・・)
その時だった。 マサヤの左方から誰かが歩いてくる。
(誰だ・・・ミチヒコさんだとしたら・・・もう・・・)
だが予想は外れた。

現れた男は褐色の肌に白いターバン、白いローブ、腰には剣。
あきらかにこの辺りでは見られない姿をしていた。
南の大陸―――イルストローア大陸の、砂漠の民の姿。
年齢はマサヤと同じくらいか、20歳前後か。

「誰だ、お前よぉ・・・邪魔すんなら、潰す!!」

低い軌道からの右のパンチが迫る。
向かい合うその剣士の男は左に1歩避けると、ためらいなく剣を抜きざまにダルマの腕へと叩きこんだ。

が、ダルマの筋肉は剣を通しきることはなかった。
男は機械的に、今度は刺さった剣を抜く。
傷は浅く、ダルマもそれほど痛みは感じていないようだ。 血がゆっくりと流れ出す。

「どうしたんだよ、結局お前も雑魚と変わらねえんじゃねえのか?」
ダルマが高笑いを上げる。
が、それを無視するように男は背を向け、マサヤの元へと歩き出した。

「立てるのか?」
心配といった感情はなく、ただ移動が出来るか否か、それを聞くためのような低い声。
マサヤはあまりにも淡々とした彼の行動に、やや嫌悪を覚えた。
だがその反面、彼の視線が『特別な眼』ではないと言う事実がマサヤの心によぎる。
(人が感情を持つ以上・・・眼から逃れることなんて出来ない・・・。
 だけど、こういう感情の無いような人を求めてるわけじゃない・・・)

「立て・・・ます」
肺の中から絞り出すような声で、マサヤがつぶやいた。
そのマサヤの視線の先には、一歩一歩近付くダルマの姿。

「いい加減・・・死ねや!!」
ダルマが再び右腕を振り上げた、その直後。

木々に包まれ眠れ―――森龍の瞳

それまで全く静かだったダルマの傷口。
まるでそれを突き破るように、無数の枝が突き出す。

「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
内側の筋肉を破壊するかのような枝を、激しい叫びを上げながら、ダルマはむしり取ろうともがいた。
だが枝の侵食は止まらない。
徐々に一つの形―――龍のような姿へと変貌していく。

「あれは・・・?」
「龍剣の一つ、森龍の瞳。
 剣撃とともに剣に眠る『森龍』を召喚し、奴の身体に潜りこませる。
 森龍の瞳を見たものは、激しい幻覚作用に襲われる」
浅い傷口をもがきながらかきむしり、自ら広げるダルマを感情の無い目で一瞥し、男は歩き出した。
よろけながらマサヤも続く。

表通りまで辿り着くと、そこに同じような格好をしたもう一人の男がいた。
こちらは優しそうな瞳をした20代半ばくらいの青年。

「ヤナギ、相変わらず君は行動が早いね」
もう一人のほうが半分呆れながら笑った。
ヤナギと呼ばれた剣士の男は、
「手遅れになってから行動しては無意味ですから、兄上」
と一言言うと、歩き去っていった。

「・・・全く、相変わらずクソ真面目なんだよな。
 さて、君の泊まっている宿はどこだい? その傷じゃ一人で歩いて行けそうには無いし、
 俺がついて行くよ」
「すいません・・・」
マサヤはそう言うと、ヤナギの兄に支えられながら歩き出した。

その後なんとかヒヅキ邸へ到着し、ハルヒコに引き渡される形でマサヤの一日は終わった。






アキホが白魔法で傷をあらかた癒した後。

とりあえずマサヤは「ヒヅキ邸にて監禁処分」になった。
期限は3日間。 それは船の準備を終えるまでの日数と等しい。

サキも
「あの4人がいるんじゃあねぇ・・・会ったら色々面倒くさそうだよ」
と、自主的に外出を控えるようになった。

ユウジはもちろん動けない。
「見つかったら、間違い無くミッチーに串刺しにされるぜ」
との事。

初夏のユウナギで部屋に閉じこもりっぱなしと言う、退屈な3日間が過ぎていった。








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慧太のつぶやき。

一応計画通りに進んではいる、怒涛のユウナギ編。
次の2話くらいでアキホ関連の話がとりあえず完結できればいいんですが。
でも、予定通りにいった試しって無いんだよなぁ・・・。

あ、ついでに新キャラがちょこっと出て来ました。