#31 抱かれた想いと

翌日。 氷女の月9日の朝。

久しぶりに柔らかいベッドの上で目を覚ましたマサヤは、起きあがりカーテンを開けようとした。
が、そこで手が止まる。
振り向くと、いつも早起きのユウジがまだもう一つのベッドで寝ていた。

(起こしたら・・・悪いかな?)

そう思ったが、一瞬後、彼は勢い良くカーテンを開けた。
「んん・・・・・・っ? ・・・朝か?」
唸りながらユウジも目を覚ます。

「ユウジさん、普段はあんなに早起きなのにどうしたんですか?」
「あ・・・? いや・・・な。
 ちょっと思ってたより疲れ溜まってたみたいだぜ」

まだ唸っているユウジに、マサヤが口を開いた。
「ユウジさん、いつもの朝の運動はいいんですか?
 腕が鈍るって言っていつもやってるじゃないですか」
「・・・今日は止めておくぜ。 ちょっと調子悪い・・・ぜ」
「え、今日は昨日会った船長さんのところに行くんですよ?
 大丈夫ですか?」
自分の荷物をあさりながらマサヤがつぶやいた。

二人ともシャツにパンツだけと言う格好。
サキやアキホと行動し続けて来た間はそれなりに気を使いつづけて来たが、
反動的になのか、こういう時はお互い非常にアバウトである。

まだ布団から起きあがれないユウジを尻目に、マサヤはさっさと着替え始める。
というよりも、さっさと済ませなければいけなかった。
今まで宿に泊まると必ずユウジが先に起きて運動のために外へ出てしまっていたので気にする事はなかったが・・・。

(・・・いざと言う時は言わないといけないな。)
そう思いつつ、シャツを脱ぐ。 その下には白いサラシが巻かれている。
胸のふくらみを隠すために無理矢理巻き続けているモノ。

着替えを終えて振り向くと、まだユウジは起き上がれていなかった。
「ユウジさ〜ん・・・、大丈夫ですか?」
「・・・」
返事は無い。

「・・・ちょっと・・・ユウジさんッ!?」






「で、だぜはどうなったんさね?」
「傷が治りきってないのに無理に動いてたのが原因らしくて、
 かなり熱が高いですね。 また絶対安静って言われて、文句言ってましたよ」
「そういや、今までも安静って言われてた割にはかなり動いてたね、アイツ・・・天誅?」

アキホを中央にして、3人は海辺のユウナギの街を歩く。
もっとも、喋っているのはサキとマサヤだけだが。

3人が向かっているのはとある船乗りの家。
様々な船乗り達に話を聞いて回った結果、辿り着いた場所だった。
ユウナギの中でも、かなり大きな船を持っている有力な人物らしい。
昨日は時間の都合で挨拶くらいしか出来ず、今日改めて出直す事となっていた。

「さてと、こんな怪しいヤツらに船を貸してくれる太っ腹は果たしているかねぇ・・・?」
「これはもう、当たって砕けろですね」
既にダメもとの覚悟が決まったところで、3人は船乗りの家に到着した。

一介の船乗りの家にしてはなかなか洒落た客間、そこに3人はいた。
2人掛けのソファ、そこにアキホとマサヤが座り、サキは後ろに立つ。
「な、何でこんな客間に通されてるんでしょうか、僕達・・・」
「その時突如として天井から矢の雨が!! 哀れ3人はハリネズミのように」
「止めて下さいって、サキさ〜んッ!!」

「御主人を信じましょう」
突然。 今までの旅で初めて、アキホがキッパリと言い放つ。
あまりの出来事に、2人は緊張を忘れ、呆然としてしまった。

その直後、戸が開き2人の男が入ってきた。
1人は見るからにベテラン船乗りといった、色黒の中年男。
そしてもう1人、目つきの穏やかな男。
「よっ、2ヶ月ぶりだな、マサヤ」
マサヤは彼と会ったことがあった。 ほんの2ヶ月前までは毎日会っていた。

「ひ・・・ヒヅキさん・・・!?」
思わず立ちあがり、すぐハッとして座るマサヤ。
彼の名はハルヒコ=ヒヅキ。 かつて、スノーノウェスパの準兵士部隊の隊長をしていた男―――。






ハルヒコの口からは、実に様々な事が語られた。
彼が2ヶ月前にエルシャを出た後、叔父であるこの船乗りの男の家に居候していること。
彼自身も船乗りの修行をしていること。
以前、他の船乗り達に北の国時代の部下の「青髪の魔道士」の話をした事。
そのために彼らがこの家を紹介してきたこと・・・。

さらに隣にいた船長も、まるで我が子を見るような目で見ながら口を開く。
「・・・ハルヒコからは本当に色々な話を聞いてるよ。
 君がいかに優秀な魔道士なのかも知っている」
「ありがとうございます・・・」
マサヤは、照れくさそうに下を向いた。

「さて、本題に入ってもらっていいかい?」
サキの言葉に、ああ、と船長が頷く。
「目的地を聞かない事には始まらんが、教えてくれないか?」
マサヤが、サキが、アキホにちらりと目を向けた。

「・・・分かり・・・ました。 お話・・・します。
 世界の・・・中心、・・・世界樹へ・・・連れて行って欲しい・・・のです」
「世界の・・・、あそこは今まで誰一人として帰ってこなかった場所だぞ?」
思わず船長の顔が曇った。

霧の立ち込める中心部は人々の方向感覚を狂わせる。
付近には化け物が生息していると言う噂もあり、彼の言う通り、帰ってきた船は無い―――。

「・・・ハルヒコ、彼らは信じるに値する人物か?」
「それは叔父上が決める事では?」
助け船をバッサリ斬られ、船長の顔はさらに渋くなった。
そして。

「仮に中心へ、世界樹へ行ったとして、そこで何が起こるんだ?
 帰ってこられる保証はあるのか?」
「何が起こるのか、私にも分かりません。 分からないから、行くのです」
再びキッパリと言い放った。
その表情は、船長の心と直接対峙しているかのようだった。

何分経ったかは分からない。
長い長い沈黙の果てに、船長が口を再び開く。

「・・・分かった。 賭けてみようじゃないか・・・。
 船乗り人生は長いが、こんな航海は始めてだ・・・やってやろうじゃないか!!」
握り締めた拳を解き、差し出す。
アキホはその右手を両手で握り返した。
「ありがとう・・・ございます」






西の海に太陽が沈む。

ダウンしたユウジは船長の家で保護することになった・・・が、しかしここで問題がひとつ発生した。
今のユウジは全く戦力にならない―――とりあえず1週間は安静らしい。
もしも追っ手が来た場合、ユウジが抵抗できずに・・・と言う可能性もある。

そして協議の結果決まったのは、サキがユウジの護衛としてユウナギに残り、ハルヒコがマサヤ・アキホと同行する、と言うことだった。
ハルヒコをユウナギに残してもいいのだが、何しろ彼は追っ手の顔を知らない。
それなら、海のほうが勝手も良いだろう、と言う事になった。

「すいません、サキさん・・・」
「気にすることは無いさね、マサヤ、あんたこそ、生きて帰れんかもしれんよ?」
「それはそうですけど」

アキホの護衛をハルヒコに頼み、二人はユウナギの街を買い物がてら歩いていた。

サキが大きく伸びをしながら口を開く。 同時に頭上の耳がピクピク動いていた。
「・・・〜〜〜ん、この仕事が終わったら、たまにはハギノに・・・故郷にでも帰ってみるかな」
さらに続ける。
「マサヤ、アンタは? ユウジとエルシャに帰るのかい?」
「まあ、そうでしょうね。 日常に戻ります」
「日常・・・ねぇ・・・」
サキの目が、一瞬怪しく光った。

「こんな事に巻きこまれたんだよ・・・、
 マサヤ、もうこの先、日常に期待は出来ないんじゃないのかい・・・?」
「・・・」

そうこう言っているうちに、二人はヒヅキ邸に到着したのだった。

「マサヤ」
サキの突然の呼びかけに、ドアを開けようとしたマサヤが振り向く。
直後、サキの右腕がマサヤの首付近へ伸びた。
「!?」

後ろへ飛ぼうとした彼は、周りが全て壁である事に気付きハッとする。
(やられる・・・!?)
だがサキの右腕は一気に方向を下に変え、マサヤの服をまくり上げた。
月明かりに、白いサラシがあらわになる。

「油断大敵、さね。 そんなもん巻いて無理してると、いつか身を滅ぼすんじゃないかい?
 抑えつけないで、健康的に成長させたほうが良いと思うけどねぇ」
「ちょ・・・っ、さ、サキさんッ!! や、やめて・・・ッ!」

ドンッ

「こんなことして、何のつもりなんですか・・・サキさん・・・ッ!!」

思わずサキを突き飛ばしてしまったマサヤ―――、彼は叫び、そして逃げるようにユウナギの街へ駆けた。
「なんだ、何事だ?」
ハルヒコが顔を出したが、サキが大丈夫だから、と返す。

アキホから既に聞いていた。
北の地に、青い髪の中性魂者がいる事。
彼の心は戦士にしては優しく、傷つきやすい事。
他者へ心配をかけたがらないようにするあまりに、徐々に殻に閉じこもろうとする事。

アキホは、一目会っただけでマサヤの本質をしっかり見抜いていた。

(ただ、それだけじゃ生き残れないんよ・・・。
 ちょっときつかったかもしれないけど、悪いね、マサヤ。
 アキホの事、頼むよ・・・?)

光と闇とが交じり合う夜のユウナギの街。 サキの目には、マサヤの姿はもう見えない。
ヒヅキ邸のドアが、静かに閉まった。



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慧太のつぶやき。

マサヤ君、サキに蹂躙される(笑)。

ハルヒコ=ヒヅキは#8でマサヤのセリフにチラッと出てきた人です。
え、覚えてない?
僕もです(死)。