#30 世界の中心

時間は少し戻り、氷女の月8日の朝。
ちょうど、サオリたちがフラズについた日の話。






「チサトさん! 偶然ですね―――」
「店の前に3時間もいるのも偶然?」
半ば呆れた口調―――と言うより、完全に呆れた口調でチサトがつぶやいた。

「すっかりエルシャに馴染んでるけど・・・毎日めげないわね、あの人も」
「めげないと言うより、何も考えてないといったほうが早いですよ」
遅めの朝食を取っていたハヅキと、店番のヨシヤス、店内にいるのは2人だけ。
と、そこに外で休憩を取っていたチサトが戻ってきた。
「あーっ、もう! なんとかならないの、あの人!?」

あの人―――彼の名はカオル=イイダ―――がエルシャに来て10日以上が経った。
シラカバ卿への警戒がますます強まる中、肝心のカオル本人はと言うと
ベンケイに連れてこられた秋葉亭でチサトに一目ボレして、以来、半ストーカー状態と化している。

それでも職務はちゃんとこなしているし、何よりその光景が面白いので、
他の人々も止めろとは言わず、「無理はするなよ」としか言わない。
そのためチサトの機嫌は最近非常に悪い―――。

食事を終え立ちあがったハヅキが口を開く。
「そういえば、ミノリちゃんは
 『チサトの彼氏、エリート騎士だよ!? いいなぁ。』って言ってたけど?」
「勝手に彼氏にするなこの色ボケって言っといて、ヨシっ!」
「ええっ!? なんで俺!?」
ここ数日、こんな状態。






ハヅキが店を出てしばらく経って、チサトが言った。

「・・・あ〜。 確かにあの人は格好良いけどね。
 でも(ここ強調よ!)、肝心なところが欠けてるわよね」
「肝心なところ・・・ですか」

「そ。 女心がわかってないのよッ!! ヨシ、今度みっちり伝えておいて」
「だからなんで俺なんだよぉ・・・」
ひとり肩を落とすヨシヤス。
(ああ・・・やっぱり一人じゃ俺の身が持たないって。
 アイツ、早く終わらせて帰って来いよ・・・)

ヨシヤスの苦悩をよそに、チサトの口は止まらない。
「女姉妹がいないタイプねぇ、きっと。
 どうも男中心でものを考えてるって言うかさ・・・。
 ま、ヨシみたいに軽男でも困るけど」
「どういう意味ですか」
チサトをにらみつけながら、ヨシヤスは店内の掃除を始める。

「ま、人のこと言うのもあれだけど、マサヤみたいなのが一番良いのかもね」
チサトが思わずつぶやいた言葉に、ヨシヤスは手を止めずに頷いた。
「・・・アイツは人のことを気にし過ぎですけどね」
「でも、男女分け隔て無く優しいじゃない。 良い事よ」
チサトも喋りながら、昼食時に向けて料理の準備は怠らない。

「怖がってるんですよ」
「へ?」
「嫌われるのを・・・。 アイツ、あの身体でしょう。
 コンプレックスなんですよ」

2人の手が、止まる。

「嫌われるのが怖いから、無理して、自分の意見封じこめて、
 優しくなってるんです。 この間もそうでしたけど」
「この間って何時よ?」
「・・・アキホさんが来た日でしたっけ。
 『姉の手がかりは掴めてる』って。 あれ、嘘ですよ」
「・・・はぁ?」
ヨシヤスの言葉に、チサトの表情が変わった。

「余計な心配かけたくなかったんですよ。 馬鹿なヤツでしょう?」

「ったく・・・どれだけの付き合いだと思ってるのかしら。
 そんなんだからミノリにも振られるのよ」

そう言って、チサトは笑った。
ヨシヤスも笑った。






「へっくし!」
「・・・初夏だってのに風邪か?」
北の忍者・ユウジが馬車の中から顔を出す。

東の国を南下中のユウジ・マサヤたち一行は、いよいよアキホの目的地である
ユウナギの街へと辿り着こうとしていた。
ここ数日はずっと白い砂浜が右手に見える。

ちなみにこの世界は1〜4月が冬、5〜8月が春、9〜12月が夏、13〜16月が秋。
天界大戦が終わった日が1月1日になったと言われているが、定かではない。

「くぁ〜っ、海、海、腕がこんなじゃなかったら絶対泳いでたぜッ!!」
「ま、あれは不幸だったさね」
狼人の傭兵・サキが言う「あれ」とは、先月末頃に山を越えた時の事。

山道で一行は辺りを根城にしている山賊に運悪く襲われたが、あっさり撃退した。
が、せまい道で戦っていたために思うように動けず、ユウジが右腕を切られて負傷してしまった。
それほど傷は深くなかったものの、立ち寄った村の医者に「戦闘厳禁」と念を押された。
毒の一種が刃に塗られていたらしい。
そのため現在はサキとマサヤが交互に馬車の手綱を握っている。

ひたすら広がる砂浜、その前方に小さくだが、街が見えてきた。
「見えてきたぜ。 ・・・さて。
 教えてもらっていいか? ユウナギでのあんたの目的」
ユウジが、馬車後部に座るアキホの方を向きなおし、言った。
「確かユウナギについたら話すって約束だぜ?」
「分かって・・・います」

小さくも強い声。
彼女は15日以上の旅でもほとんど自分から口を開かなかった。

「ユウナギに着いたなら・・・、船を・・・借りたいと・・・思っています」
「船?」
と、サキ。

3人が一通り口を開く。
「船じゃないと行けないところなんですか?」
「しかも借りるってことは、相当辺境の島に行くって事だぜ?
 大内海にはそんな島、ほとんど無いと思うぜ」
「だぜ(←ユウジの意)の言う通り。 どこの島に行くのか、教えてほしいけどね」

マサヤを除く2人の視線が集まる中、アキホは言った。

「世界の・・・中心へ・・・、世界樹へ」






世界の中心―――。
そこは、地図が空白になっている場所。
何時、如何なる時も、その一帯には濃い霧が立ち込めている。
何があるのか、実際に確かめられた者は無い。

しかし、天界大戦の伝説ではこういわれている。

大戦終結の100年ほど前のこと。
地上世界での最後の大きな戦いが繰り広げられた。

双方共に大きな被害を出したが、もっとも大きな衝撃、
それが大天使フェルキナ=スピリットの死だった。
彼女は四人の大天使一の武人で、そして―――この世界ではじめて生まれた中性魂者だった。

その死の直後、地上世界の中央へと彼女の亡骸は落下した。
愛剣と共に。
その亡骸からあふれ出たチカラは膨大で、辺り一面の大地は地下へと沈んでいったという。

その沈んだ大地こそが現在の地底世界。
そして、地上世界の「沈んだ大地」のあったところは、大内洋と呼ばれる海へと姿を変えた。

大きなチカラを失ったもののこの戦い以降、戦況はやや神側に有利になっていく。
戦いの舞台は次第に外洋を越えた「外側の世界」へ、
そして、魔王側の本拠である「裏側の世界」へと変わって行くのである。

戦いの視点がこうして移っていった時。
大内洋には異変が起こった。

海の中から巨大な一本の「樹」が生えてきたのであった。

「樹」は凄まじい勢いで成長を続け、1年もした時にはもはや先が見えなくなっていた。
天界にまで届いたと一説にいわれるほどである。
人々はそこで戦死した「大地」のチカラを司る大天使を称え、それをこう呼んだ。

フェルキナの世界樹、と。

大戦終結後、世界樹の周りには常に霧が纏われるようになり、
見ることも、近づくことも出来なくなった。
やがて人々の記憶にも霞がかかり いつしか外側の世界などと共に、世界樹は伝説の物とされていった―――。






「世界樹・・・、本当にあるかどうかも分からない代物だぜ?」
ユウジが大きくため息をついた。
しかし、アキホは続ける。
「世界樹は・・・もちろん・・・実在します。
 あの樹が・・・地底・・・地上・・・・そして天界・・・、
 すべてを・・・結んで・・・いるのですから」

「へえ・・・世界を結ぶ、か。
 あたしの想像以上にでっかい話になってきたね。 楽しみだ、こりゃ」
サキは笑いながら、馬車の前方へと移動した。
「・・・大分近くなってきたね」
「ええ、そろそろ着きますよ」
「・・・へっ、ここまで言われたらやるしかないぜ・・・。
 世界の中心を確かめようぜ!」






舞台はユウナギへ。

運命はいよいよ交錯する―――。



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慧太のつぶやき。

この章の序章、30話です。
マサヤチームの話ですが、ここから彼等とサオリたちの合流へと話は繋がっていきます。

いい加減、書くスピード早めたいなぁ(笑)。
ここのユウナギ編は前々から考えていた大事な話です。
アキホさんの喋りが、非常にかったるいです(核爆死)。