#28 疾風、迅雷

シロウ=キサラギが自分の船室に辿り着いたのと、そこからアユミが飛び出してきたのはほぼ同時だった。

危ない、と思う間もなく、アユミは瞬時に身体をひねってシロウをかわし、口を開く。
「オジサンっ、サオリ達は!?」
「すでに戦っているはずだよ。 ・・・アユミちゃん、君まで行く事はないのではないかね?
 見る限り、あの二人がいれば大丈夫だと思うのだが。」

シロウの言葉に、アユミも頷く。 そして言った。
「でも行くよ。 仲間だもん。」






その頃甲板では、シバが打ち落とした鳥を戦士たちが倒したところだった。
やがて動かなくなり、魔物の身体が急速に黒ずんでいく。
負のカルマに、身体が食われているのだ。
精神生命体である「悪魔」と違い、正のカルマで言うところの「生物」と同じ”肉体生命体”である「魔物」は
黒水晶への変化に時間がかかるのだが。

槍を手にした船員のひとりが、サオリ達の元へと歩み寄ってきて手を差し伸べる。
シバが彼の手を握って返した。
「ありがとうございました。 あの魔物の黒水晶は謝礼として受け取ってください。
 一番最初に駆けつけてくれたのはあなた方ですから。」
「そんな、あれはトドメをさした人にでもあげてください。」
シバが笑いながら頷く。

その横で、左肩を負傷したサオリがつぶやいた。
「んなことばっかりやってるから金欠になるのよ。」
「うるさいな〜、サオリさん、少しは遠慮って物を知りなよ。」
にらみ合う二人を見て、笑いながらほかの旅人達は船室へと去っていく。

そこへ、小ぶりの剣をぶら下げてアユミが駆けて来た。
「大丈夫!?」
「遅かったわね。 もう大丈夫よ。 ナナちゃんは平気そうなの?」
サオリの問いにアユミは一瞬迷って、頷いた。

(分かりやすい・・・。 何かあったのね。)
サオリは頭の中でひとりつぶやく。

そしてアユミが顔を上げる。 その瞬間、彼女の表情が変わった。
「・・・さ・・・、サオリっ!! 別の鳥が来るよっ!!」
思わずサオリが、シバが、船員もアユミの指差すほうを見た。

そこには、3つの黒い点があった。 徐々に大きくなる。
猛スピードで近付いて来る。

「た・・・大変だっ!」
船員が部屋に戻っていった戦士たちを呼びに、船室の方へと消えていった。

「3羽・・・応援が来るまではひとり一羽ずつ・・・と行きたいけど、サオリさん?」
シバがサオリのほうを向いてはみたが、彼女は首を横に振った。
「じゃあサオリさんは中に戻ってくれ。 俺が2羽受け持つから。」
「それは無茶だよ、シバ! ボクがやるよ!」
アユミの言葉にシバは、彼女の想像以上に激しく動揺した。
「なに言ってんだ、あの相手と2羽同時に戦うのは思ってる以上に大変だぞ。」

「やらせたら?」
そう言ったのは、船室へと戻りかけていたサオリだった。

「そうやって守ろうとするのもいいけど、本人がやるって言ってるんだからやらせてみましょうよ。
 大変かどうかはアユミが決めることよ。」
「サオリさん、挑戦と無茶は違うぞ。」
「無茶だなんて言ってないわ。 シバ、あなたちょっとアユミの力を過小評価してるわよ。
 旅の間もアユミを下げて自分が戦ったり。 確かにアユミは見てて危なっかしいかもしれないけど。
 そうやって庇っていてばっかりだったら、アユミはいつまで立っても本当の勇者になんてなんないわよ。」
そう言って、サオリは左肩を押さえながら船の中へと消えた。

「シバ。」
「分かってる。 お前だって八勇者の1人なんだ。
 でも、分かってるんだけど、ダメなんだ。」
そう言って、シバはもうすぐそばまで迫って来た鳥を見据える。

「なんでダメなの!? ボクだって戦うよ!!」
「自分がなんのために戦ってるのか分かってない奴は戦うなっ!!!」
思わずシバの口調がきつくなった。
それはあくまで偶然でしかなかったが、シバの言葉はナナのそれと同じ内容だった。

「ボクは・・・」
最後まで言葉が出る前に、1羽の鳥が船の横から急降下を始めた。

ちぃっ、と言いながらシバは後ろへ飛んでかわす。 と、別の鳥が正面から突っ込んでくる。
体当たりされては勝ち目はない。 ひたすらかわし、相手の隙を狙って一撃を入れて倒す、これが理想だ。
しかし、1羽ならまだしも今回は3羽。 1羽に隙が出来ても、それを狙う隙を他の2羽に狙われる。
「くそっ・・・。」

鳥に対してなのか、自分に対してなのか、それは分からないがシバがぼやいた直後、一人の戦士が駆け出して来た。
全身を黒い鎧で覆い、巨大な剣を背負った大男。
さっきは相棒の女性と戦っていたが、彼女は怪我をして途中で船内に下がっていたはずだ。
自分達と似ていたために、シバ自身は彼らに興味を持っていた。

「下がれ。 任せろ。」
その静かな声に従い、シバが後ろへ飛ぶ。
次の瞬間5メートルはある鳥が、彼の体へ体当たりを食らわせた。
「ぐ・・・ぬぅっ・・・おおぉぉぉっっ!!!」
雄叫びと共に、彼の足もとの船板がバキッと音を立ててわずかに折れた。
だが、彼は動かなかった。

その直後、シバの回し蹴りが動けない鳥に炸裂した。






アユミは2人の戦いをただ見ていた。 傍観していた訳ではないが、ただ、見ていた。
その後ろから一人の剣士が臨戦態勢でやって来る。
「おい坊主、そんなところに立ってたら邪魔だぞ。
 危ねえから、さっさと中へ戻ってろ!!」
しかし、アユミは動かなかった。

彼女の目の前で、シバが蹴り飛ばした鳥が数メートル吹っ飛ぶ。
着地と同時に床を蹴り、シバが追撃を加える。 黒鎧の男が突っ込んで来た別の1羽を押さえている。

「邪魔だっつってん・・・」
男の腕に思わず力が入り、その小柄な子供の肩を押さえた瞬間。

電撃が走った。

「かぁっ・・・っ!」
思わず後ずさった男は、たった今起こった出来事を頭の中で必死に整理していた。

「・・・邪魔しないで・・・。」

自分より遥かに小さな子供のたった一言に、男は実力差を悟る。
「わ・・・わかり・・・ましたぁっ!!」
直後、彼は戦場から背を向けて逃げ出した。






全く同じ戦術で2羽目の鳥を気絶させると、2人はまだ上空にいる3羽目に向き直る。
気持ち、今までの奴らより大きいサイズの気がする。
「あれが・・・ボスですかね。」
「分からん。 何だろうと、来る奴は潰すだけだ。」
無愛想でストレートな男の言動に、シバはなかなか面白い物を覚えた。

「俺は北の国のアキラ=コマツザキと言います。 あなたは?」
「こんな時に自己紹介か? 非常識な奴だな・・・。」
「常識者は戦場で生き残れますか?」

「・・・若いクセに面白い奴だ。
 連れの女は俺のことをカラスと呼んでいる。 好きに呼べ。」
黒鎧のカラスは相変わらずぼそぼそと、静かにしゃべっていた。
が、その言動はシバの事を気に入ったのか、今までのようなただ冷たいだけの声ではなかった。
それは一種の「信頼」と言うものだろうか。

その瞬間、上空から何かが飛んで来た。
2人が後ろへ飛んでかわした直後、突き刺さるような衝撃と共に船の床に亀裂が入る。
「真空波か!?」
芝の視界に入った大鳥は激しく羽ばたいていた。
ひときわ大きく羽ばたいたその直後、再び目には見えない真空波が飛んでくる。
見えなくても、近付いてくるのは分かる。 今度は横へ飛んでかわす。

(このままじゃ俺達より先に船が死ぬ・・・!
 だが奴を落とすには距離がありすぎるか・・・だけど、跳んだら真空波はかわせない!
 ダメだ、何か策は無いのか、アキラ=コマツザキぃっ!!!)
シバが頭を必死に回転させる横で、小さな影が前に出た―――。

それに先に気が付いたのはカラスの方だった。
「下がってろ。 死ぬぞ。」
その声に、シバもようやく気付く。
すぐ近くのアユミに気付かないほど、戦略の組み立てと真空波をかわす事に彼は頭を使いすぎていた。

「アユミ・・・、ひとまず下がっててくれ。」
「ダメだよ、ボクも戦うから。」
その声は、静かだった。

直後、真空波が3人の元へ飛び、そして、砕け散る。
雷を纏った1頭の虎が、真空波を噛み砕いていた。

「このままじゃ船が沈んで、サオリも、ナナも、みんな死んじゃうよ・・・。
 だから、みんなを守るために戦うんだ・・・。」
普段のアユミとは違う人なんじゃないか、とシバは思ってしまった。
それほどにこの時のアユミは冷静だった。

「みんなを守る。 所詮それは偽善だな。」
相変わらず静かに、カラスが言った。
「そう言いながら、結局は己の保身のために人間は戦う物だ。」
「・・・カラス。」
言いかけたシバを、アユミが制す。

「ボクには難しい事は分かんないよ。
 でも必要とされているから戦うんじゃあ、ダメかなぁ?」
そこにいたのは、いつものアユミだった。
「好きにしろ。 俺は所詮は烏だ。
 邪魔だと思えば追い払えばいい。」

一見冷たそうに聞こえたその言葉だったが、シバはカラスの真意を読み取った。
ただの深読みかもしれないが。

またも真空波が飛んでくる。 そして、またも雷虎イェーロゥが噛み砕いた。
「爺ちゃん、飛んで!
 ライジング・ビーストぉっ!!
アユミの声に従い、イェーロゥが大鳥へ向かい一直線に飛ぶ!
そして、黄金の獣は黒い羽を持った大鳥の身体を一瞬にして貫いた―――。








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慧太のつぶやき。

遂にアユミの活躍の日が来ました(笑)。
この章は、本当は3話完結の予定だったんですが、もう1話続きます。
なかなか予定通りにはいきません。

今これ書いているとき、受験真っ只中ですけどね(滝汗)。