#27 アユミとナナ

今彼らは、船の上。
フラズからセンカ南の港まではおよそ2日半かかる。

氷女の月10日。

コンコン、コン、
と、このノックの仕方は長い旅の間にいつのまにか出来た習慣だったが、
その音の直後にサオリがドアから顔を出した。
船室で寝転んでいたシバがむくりと起き上がる。

「せめて返事してから開けろよ、サオリさん―――、何か用?」
眠そうな声で答えるシバ。
「いや、大したことじゃないんだけど。 アユミ知らない?」

「昨日知り合った同い年の女の子いただろ?
 ずいぶんと仲良くなってたみたいだし。 その子と遊んでるんだよ、きっと。」
「あ〜、あの父親と旅してるあの子・・・か。
 ・・・訳有りに見えたけど。 あのお父さんもちょっと何かありそうに見えたしね。」
昨日船上で会った左頬に傷のある父親と、大人しそうな少女の姿をサオリは思い出した。
ここしばらく同年代の少女と話す機会も少なかったアユミは、その娘と話すのが楽しそうだった。
ただ、あまり向こうは積極的に話す事は無く、アユミが一方的に喋っているようにも見えたが。

「アユミはジャスも連れていったの?」
サオリの問いに、たぶん、とシバが頷いた。
しばらく考えて、サオリが口を開く。
「まあいいか。 たぶん、これからは厳しいことになるかもしれないしね。」
「最後の休息ってことか、サオリさん?」
「・・・私達にとってもね。」
旅立つ前にイキザが言った事を思い出す。
他の人に聞こえないようにか、サオリにそっと耳打ちした言葉。

―――これからの旅は穏やかには行かねえだろう。 世界は確かに崩れ始めてんだ。
    サオリ、お前、人を殺した経験はあるか・・・? 無いだろう。
    覚悟はしておけ。 もう、昔には戻れそうに無い。
    いや、平和だった今までが異常だったのかもしれねえが・・・。






「それでね、ボクとサオリが騙されかけたんだけど、
 危ないところでシバが幻術を破って助かったんだー。」
「ふぅん・・・。 すごいんだね、アユミちゃんって。」
船の一室で、二人の少女が向かい合って座っている。

さっきから絶え間なく口を開いているアユミが、またその口を開く。
「ねー、ナナちゃんは何で旅してるの?」
「え、わたし・・・?」
見るからに大人しい―――むしろ旅をするタイプには見えない彼女が口篭もった。
さっきからこんな調子だった。
アユミが話し、ナナに質問をする。 だが、彼女は口篭もる。

「・・・。」
「言えないならいいよー、無理は禁物だもん、じいちゃんが言ってた。
 でも旅って大変だよね。 ボクはサオリとシバ、それにこのジャスもいるけど。
 毎日1回か2回はゴブリンとか巨大鳥とかー・・・変なのに襲われちゃうんだ。」

「・・・アユミちゃんは、戦うんだよね。」
ナナの言葉に、アユミはその大きな目を丸くする。
「う、うん。」
「なんで戦うの?」

「・・・なんで・・・?
 なんでだろう。 ルガルマーダにサオリが来て・・・。」
「でも、サオリさんの誘いを断る事だって出来たはずでしょう?
 なんで一緒に行くの? 私だったら行かない。
 戦いなんて、怖いから・・・。」
ナナの言葉に、ずっと浮かんでいたアユミの笑顔が、消えた。

「ボクは・・・。」

(・・・そうやって聞かれるんは初めてやったな。
 どうする、どういう答えを見つけるんや、アユミ。
 それが分からんうちは、まだ勇者として半人前ゆうこっちゃな・・・。)

アユミがジャスに助けを求めるかのように、ちらりと目を向けた。
ジャスは答えない。
船室には、ただ沈黙が流れた。






ボーっと。 甲板でサオリは海を眺めていた。
その後ろから、木の板を踏みしめる音が響いて来た。

「シバ?」
そう言って振り向く、そこには、帽子を被った頬傷の男がいた。
思わず焦るが、可愛さでごまかす。
【いや、お前、可愛さって・・・。】←天の声

「あ、失礼しました〜、こんにちは。」
「いや、こちらこそ、期待を裏切ってしまったかな。」
男の声は波の音とともに、低く響く。

「娘が世話になってるようですな・・・。」
サオリの隣に並び、男が言った。
「お互い様ですよ。 うちの連れも退屈だったみたいだし。
 あの子も、もう少し落ちつきを持ってくれればいいんですけどね。」
「いや、アユミちゃんでしたかな? 彼女の明るさは必要ですよ。
 旅は辛いだろうに。 私の娘は・・・少し辛いようだ。」

その横顔を見て、サオリが呟いた。
「アユミはまだ気付いてないんです・・・、この旅がいかに厳しいものか。
 ウェセントは7年前の小競り合いを最後に戦いは起こっていません。
 大規模な戦争も20年以上前の話ですし、平和ボケしていると言うか。
 私も以前は北の都で兵士として働いていたんですが、人を殺したことはありません。
 ただ、この数ヶ月で事態は明らかに変わってきています。 シラカバ卿の行動もそうですが。」

淡々と語るサオリに、頬傷の男は意外そうな表情を浮かべつつも、頷いた。
「若いのに感心ですな。」
「いろいろ事情がありまして。」
こちらも、にやっと笑いつつ頷く。

「北の都ですか・・・私も自分のことを少々お話してもよろしいですかな?
 私達が住んでいたのは、スティアーレイン・・・西の都です。」
「西の・・・!?」
サオリは思わず、言葉に詰まった。

「驚くのも無理は無いですな。 都の人間を見るのは初めてでしょう。
 都はヒドイありさまだ・・・、王が民衆の前から姿を消して14年になりますが
 それ以来大臣達・・・特に第一大臣レイイチ=カグラの政治が続いています。
 奴らは自分には向かうものを追放・処刑して、独裁体制を強化しているのです。
 私は長年商売をしていましたが、年々上がる税に絶えられず、家族5人で都を脱出しました。
 ―――いや、正確には「脱出しようとした」が正しいのですが。」
うつむく男を見て、サオリは彼に起こった事態が理解出来た。

船が一度大きく揺れる。
男はそれに合わせて話を中断したが、さらに続けた。
「命からがら、私と真ん中の子供だけが脱出できました。
 この傷はその時の物ですよ。 しかし、北は分裂、東にはシラカバ卿の野望、
 南も期待できそうに無い・・・私達に住む所など無いのかもしれませんね。」
「・・・無いなら作るしかないですよ。」
サオリの言葉に、男が顔を上げた。

「私達も住む場所を失った―――でも、作りました。
 あなたはまだ絶望しきってはいない。 旅をする限り、安住の地を探してください。
 あなただけで無く、娘さんのためにも。
 もし行く場所が無いなら、私達の住むエルシャはいつでも迎えますよ。」
「ありがとう、言ってみる物ですな、少し楽になりましたよ。」

傷の男が微笑んだその時だった。

数名の船員が、甲板へと飛び出してくる。
その手には剣、槍、弓矢。
それを見て、サオリが前方をはっと向きなおす。
前から鳥が飛んでくる。
その大きさは異常だった。

「しまった!!」

叫び、サオリは船室へと駆ける。
その後ろを頬傷の男も走る。
船の廊下を走る二人、その前方から剣を持ったシバが来た。

「事情は聞いた!! これ持って!」
「ありがとう! オジサンは船室へ行って!
 アユミがいるから大丈夫だとは思うけど。」
自分の剣を腰に帯びて、サオリが叫んだ。
頬傷の男は頷いて、自分の船室へと走っていった。






サオリ達が再び甲板へと走り出た時、すでに巨大鳥は船のすぐそばへと迫っていた。

「このままだとマストにぶつかるぞっ!」
船員のひとりが叫ぶのが聞こえた。
すでに2、3人の船員が矢を放っている。 とはいえ、当たっているのは1、2発と言った所か。
何しろ本職ではない以上、彼らを戦力として期待し過ぎるのは良くない。

こういう時は、サオリのような旅の戦士や魔道士の出番なのだから。
見たところこの船には船付きの傭兵がいないようなので、自分達以外にどれくらいの戦士がいるかが重要だった。

「魔道士はいないのか?」
シバが船員の元へ駆けより、言った。
「ええ・・・、剣は届きませんし奴が近付くのを待つしかないのですが、
 降りてくる気配がありません。 このまま近付いたらマストがぶち抜かれます。」
困った顔の船員の報告に、シバが頷く。

「サオリさん、精霊で打ち落とすのは?」
「無理無理。 私は大地属性だから。
 悪いけど船上じゃただの剣士よ。 アユミを呼んで来る?」
そう言って駆け出そうとするサオリを、シバが制した。

「いや、ならいい。 アユミを呼ぶより、俺があいつを落としたほうが早そうだ。」

そう言って、船の先端まで走る。
鳥は船の前方1〜2メートル。 ただ上空10メートルといったところをひたすら飛んでいる。

「いい加減に・・・降りてこいっ!!!」
叫びながら跳ぶ! 鉄の床の部分を蹴り、4〜5メートルの高さまで舞いあがる。
「届かないっ、無茶だ!!」
男達の声が響く。

が、シバは上空で拳を握り、上空へと突いた。
その直線上、数メートル上の鳥へ向けて。

そして着地する。
何も起こらなかったかのように見えた、が。
一瞬後、鳥の様子が変わった。 明らかにバランスを崩し、落ちようとしている。

霊術はもともと魂その物に攻撃をする対不定生物用の術であるが、それを昇華させたのが現在の霊術と言える。
拳から自分の気―――魂のカケラをふっとばし、鳥の魂その物に衝撃を与えた。
肉体的には変化はないが、意識のよろめきを防ぐ術は無い。

「いい仕事してるわね〜。」
「これでも五千年の伝統ある術だからな。
 さて・・・、まだ仕事は終わってないけどな。」

二人は、ゆっくりと降りてくる鳥へと向き直った。



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慧太のつぶやき。

久々にシバくん活躍。 ただのヘタレじゃないんですね(笑)。
前回のドタバタ以降、サオリさんはずいぶんと大人しいようですが。
なんだかサオリが敬語遣ってるのって珍しいなあ・・・。
次回はこの続き、アユミ登場です。