「ま、都市と言っても普通の街なんだけどね。」
「サオリさん、誰に対して言ってるんだそれ・・・。」
宗教都市ハトレナ。
天神宗教(要するに、例の子ども神をあがめる宗教←おい)の総本山であるハトレ山脈。
そのふもとにある3つの都市の一つである。
北のハトレヤと南のハトレナ、
そしてその間にあるのが大聖堂のある総本山の総本山・ハトレア。
一部を除き、僧侶たちはココで厳しい修行を積み、そして各地へと散って行く訳だ。
現在の季節は春。 だと言うのに・・・
「なんだか肌寒いねー、サオリ。」
「ああ、森のせいよ。」
そう言ってサオリが道の横に広がる広大な森を指差した。
シバが宿を探す間、二人(ついでにジャスも)はハトレナ郊外の道を
のんびりと歩いていたのだった。
「なんなんや、この森は?
5日くらい前からずっと向こうの方に見えるなー思っとったんやけど。」
鳥の問いにサオリが更に続ける。
「魔氷(まひょう)の森って言って、この辺り一体を―――
むしろ、北の国の東半分を覆っている森よ。
中は光もあまり差しこまなくて冬のように寒い上に、根っこだらけ、枝だらけで
変なところで足を取られたら一生帰れなくなる可能性まであるわ。」
それを聞いたジャスがつぶやく。
「でも大聖堂っちゅうのはこの森の中にあるってゆーとったやん?
いくら人の寄りつかんところからっちゅうても、おかしいで?」
「20年前は森の中じゃなかったらしいわよ。」
「え!?」
アユミが大きな目を見開いて立ち止まった。
「もともとはこの北のほうにしか森はなかったらしいけど。
この20年間でこの辺りはおろか、エルシャの近くにまで迫ってるって訳。」
と、以前ヒムロから聞いた話をする。
「じゃ・・・、じゃあ、そのうちエルシャも森に埋まっちゃうの!?」
「かもね。 まあ最近は森は広がってないって言うし大丈夫でしょ。」
アユミは本気で心配そうな表情。
と、そのアユミの表情がピクッと変わった。
「なんやなんや、どしたん?」
「今・・・奥で何か動いたよ・・・。」
アユミの表情はこわばったまま。
サオリには全然感じられなかったが、アユミの感覚は相当の物なので
あながち外れてないだろう。
「何かしらね、じゃあ、私の可愛い精霊様に聞いてみましょう?
ラウン、ラウン〜、聞こえてたら出てきて?」
念を込めて呼びかけるサオリ。
呪文を唱えれば即出てくる事が出来るが、そんな事でチカラを消耗したくないらしい。
2分経過。
ついにアユミが口を開いた。
「来ないね・・・。」
サオリも不機嫌な表情。
「寝てるのね、たぶん。 あの馬鹿熊・・・。
森のほうはどう、何かまた動いた?」
「動いてはいないけど・・・なんだか見られてる気がする。」
それを聞いて、アユミの肩に止まるジャスが言った。
「とりあえずこの場は離れたほうがええんちゃうか?」
「そうね。」
サオリのその一言で、二人と一羽は街の中心の聖堂の方へと歩いていった。
「くそっ、あいつ気付いていたな・・・。 何者だ?
しばらくは動けそうにないが・・・。」
聖堂の近くでシバと合流した一行は宿へと向かい―――、
宿屋に入って一言目。
「狭いわね。」
「仕方ないだろ、二部屋取るから金かける訳にもいかないんだよ。」
片方の部屋にはサオリとアユミ、もう一方にはシバとジャスと荷物一般。
これが一応現在の旅の部屋割りとなっている。
「もう少し魔物倒すなりしないとダメかしらね。
もしくは盗賊狩りとか。」
西の国は盗賊が沢山いたけどねえ、とサオリがため息をついた。
「でもお風呂がついてるからいーと思うよ?」
「それもそうね・・・、これで風呂なしだったりしたら殺してるところだったわね。」
「・・・誰をだ?」
その日はとりあえず休み、翌日。
旅の疲れを取るため、出発は更に翌日と言う事にした。
気になったので、サオリたちは今日はシバも連れて昨日のポイントへとやってきた。
「何かいた、ねえ・・・。
といってもこの森は動物は住みつかないし、魔物もこの苛酷な環境に住めるのは一部だし
もし人だとしたら、こんなところに隠れてるって事は相当やばい奴なんじゃないか?」
「ラウンでも呼んでみる?」
サオリの提案に、アユミは横に頭を振った。
「ボクが精霊を呼ぶよ。」
「え、アユミが?」
呼んだところ見たことないぞ、とばかりにシバが声を上げた。
サオリはと言うと、以前精霊召還の方法を教えた時に見た事がある。
「ああ、確かにあんたの精霊のほうがこういう時はいいかもしれないわね。
頼むわね、アユミ。」
まっかせて、と笑顔で返し、アユミが集中する。
呪文をゆっくりと唱え、そして最後の古代語の呪文を叫んだ。
「セ=ヴァト=イール=ソー!!」
(我は呼ぶ、雷光の王者!!)
その瞬間、アユミの前に稲光が光った。
シバが思わず一歩後ずさる。
(悪いか、雷は苦手なんだよ!!)←シバくん心の叫び
そして出てきたのは―――
全身に雷を纏った、黒縞模様と黄金の体毛の持ち主。
「爺ちゃん、森の奥に誰かを見つけたら連れてきて。」
「・・・わかったわい。」
明るいアユミの声と反対に落ちついた、人生経験豊富そうな声で
アユミの使役精霊・虎の姿をした小精霊のイェーロゥ(通称・エロ爺)は森の奥へと消えた。
シバがつぶやく。
「今回もアユミとは正反対な印象の精霊だな・・・。」
「あら、今回も、ってどう言う意味かしら?」
1分後、エロ爺は戻ってきた。
しっかりと、一人の男を口にくわえて。
まず口を開いたのはサオリだった。
「・・・ビンゴね。」
「離せよ、おいっ!!
何しやがる、俺を誰だと思ってるんだっ!!」
「誰って・・・、魔氷の森をうろつく不審者じゃないのか?」
「こんな森に隠れてる以上、相当やばい奴じゃないの?」
思った事を口に出しまくるお二人。
エロ爺はすぐ帰って行ったため、素早くシバが男を取り押さえた。
見た感じ20代半ば。
この辺りでは見かけない、黄のラインの入った鎧を着ている。
「黄色・・・と言う事は東の兵士よね。」
サオリの言うとおり、比較的上級の兵士の着る鎧には各国ごとに色付きのラインが入っている。
北は青、南は赤、西は緑、そして東の国は黄色のライン。
「じゃーこの人、スパイなの?」
あくまで笑顔でアユミ。
それには肩のジャスが瞬時にツッコミをいれる。
「いや・・・、こんなバレバレのスパイはおらんやろ・・・。」
【そりゃそうだ。】←天の声
鳥がしゃべったことに一瞬驚いたようだが、東の兵士はあくまで強気を崩そうとはしない。
「貴様、旅人がこんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
「そんな旅人に押さえつけられるのはどこの誰かしら?
なんならハトレの司教さまでも呼んできても良いのよ?
不審者として牢屋にでも入れてもらうけど・・・。」
不気味な笑みを浮かべながらサオリ。
その時、暴れる兵士を押さえつけながらも器用にロープで縛り終え、
シバが言った。
「あー・・・、こんな格好で居るっていうのが一番おかしいよな。
旅だろうとスパイだろうと、こんな兵士の格好で居る訳ないし、
ということは・・・どこかから逃げてきたのか?」
と言った瞬間、ぴくっ、と兵士に動揺が見られた。
シバが続ける。
「まだそんな格好でいるって事はそう遠い所から逃げたきたわけではないだろうし。
となると、東の国の管轄下にある地域で1番ココに近いのはこの大陸の一番東側にある・・・
フラズの街だな。」
それにはサオリも納得した様子で、以前ユイナと共に旅をした時を思い出す。
「確か・・・私たちが前に南を旅している頃に奪われたのよね・・・。
奪ったのは」
「ムラサメ伯・タクミ=シラカバ。」
急におとなしくなった兵士が言った。
「タクミ=シラカバ・・・?」
知らない単語に、アユミはいつもの反応を示す。
「東の伯爵・・・おそらく今、一番野心のある人間よ。
兵士サン、何かシラカバ伯と関係があるみたいね。
良ければ話してもらえるかしら。 私たちも本当の事を言うから。」
「本当の事だと?」
サオリの言葉に、東の兵士は警戒の表情をまだ抱いている。
「俺と、この女剣士のサオリさん・・・俺たち2人は北の兵士だったんだ。
10日ほど前にエルシャを出たばかりだ。」
シバの言葉に、東の兵士は鋭く反応した。
「そうだったのか・・・!!
頼む、俺は・・・俺は最後の北の王女に会いたいんだ!!」