#8 エルシャの夜 I

その日も、特に何も変わらぬ一日だった。

小高い丘の小さな集落。
少年の面影を未だ残した青髪の青年は、いつもと変わらず、そこにいた。
『そこ』は、彼の義理の父の眠る場所。

「やっぱりここにいたのか。」
後ろから不意に声をかけられ、慌てて振り向く。
そこにいたのは、彼の事を一番よく知って居るであろう幼なじみの男だった。
彼の髪は地上には珍しい金髪。

「・・・ヨシヤス?」
彼の名を呼び、青髪の青年は立ち上がる。
「珍しいね、普段ならこの時間は働いて居るだろ?」
「残念ながら。 もう働く必要が無くなってきたんだよ。」

「―――そうか・・・、ヒザワさん達もここを出たんだ・・・。
 ・・・仕方ないよね。 こんな小さな集落。
 都を追われた僕達が「とりあえず」作っただけの村だから・・・。」

「こうやってこの村を出ていくのは当たり前のことだろう。
 元々そのつもりで作ったわけだからな。
 でも・・・、その『当たり前』が寂しいんだよな・・・。」

ヨシヤスはそうつぶやきながら空を見上げていた。
夕焼けの空は、少しずつ藍に染まっていく。

(きれいな夕焼けも少しずつ消えていくように―――
 都の人々も、離ればなれになっていくのか・・・?)

「ヨシ、暗くなる前に戻るよ?」
ヨシヤスの思考を妨害したのは、既に村の中心へと歩いていく青年の声だった。
「わかってるさ。」
ヨシヤスは青年の方に向き直り、彼の後を付いていく。
そこには、2人の供えた花だけが、寂しく残されていた―――。






北の国中部、巨大な内海の付近にあるこの丘。
古くからエルシャの丘―――古代語で復活・希望などの意味があるらしい―――と呼ばれている。
ここにある集落は、1年前、北の都スノーノウェスパが魔物に襲われ壊滅した際、
脱出した住民達が一時的に身を寄せるために作った集落で、
いまでは、かつての十数分の1程度の住民しか残っていない。
今の住民は行くあてのない者や、仲間達とともに暮らす事を選んだ者達が中心だ。

村の名前はエルシャ―――スノーノウェスパ=エルシャ=フィオ。
古代語で、「スノーノウェスパはいつか蘇る。」と言う意味だ。

【さっきからず〜っと説明口調な語り部だな・・・】←天の声






さて、村のはずれから二人が戻ってきた時には、既に空にはさきほどよりも遙かに藍が広がっていた。

二人が住まわせて貰っているのは、村唯一の食事処・秋葉亭の2階。
代わりに、2人は秋葉亭で働くのが仕事となっている。
2人がその中にはいると、そこには既に4人の客が座っていた。

と、帰ってきたばかりの二人を見てカウンタの向こうの料理をしていた女性が大声を上げた。

「お帰り! 帰ってきていきなりで悪いんだけど、
 早く手を洗って手伝って! 一人じゃきついのよ!」
「え、ちょ・・・ちょっと待って・・・。」
「言い訳無用〜っ!!」
なにやら別のオーラを発している(笑)料理人はチサト。

「まあまあ、別にそんなに急ぎ過ぎなくて良いから、
 美味しい料理が食べたいんだからさ、チサトちゃん。 焦りは禁物だよ。」
そう言って料理人をなだめているのは一人の兵士だった。

それを聞き、チサトはう〜んと唸る。
「・・・まぁ、ナッちゃんの言うことも一理あるけど、
 客を待たせるのは料理人のプライドに関わるのよ!!
 と言うわけで、早くしろ〜!」
嗚呼、ナッちゃんの説得むなしく、2人はチサトに怒鳴られました。(笑)
【・・・笑うなって】






一通りの料理を作り終え、食事時も終わった頃。

店に残っているのは店員含め6人だけだった。

「1年と・・・4ヶ月か。
 遙か昔のような気がするよ―――だけど、記憶は鮮明に思い出せる。」
兵士の一人が言った。
彼は、先ほどチサトをなだめていたあのナッちゃんこと、ナツオ。
ココに残ったウェスパの兵達で結成された自警団(?)「ライジングサン」のメンバーだ。

―――ちなみにこの名前も、沈んでも昇る朝日のようにウェスパはいつか蘇る、と言う意味合いらしい。

彼は普段は「あの事件」のことはほとんど口に出さないのだが―――、
どうやら酒が入っているらしい。

と、横のヤクザ顔の兵士がつぶやく。
「ナツオ、・・・もういいだろう?」
「イキザさん・・・そう言われても、ずっと心の奥にしまってられるような
 事じゃ・・・ないでしょう・・・?」

そう言うと、ナツオの目が潤みはじめる。
ヤクザ顔のイキザもさすがに困った顔をした。

だが、表情には出していなかったが
その時、チサトの横の青年は心の中で涙を流した。

彼は忘れない。
義父を失ったあの事件を。
右目に大きな傷を作ったあの事件を。
目の前で主君を失ったあの事件を。






彼は1年前、事件の真ん中にいた。
彼が見張りをしていた晩、山の向こうから何かが動いてくるのが見えた。
そして―――それが何であるかを知って、彼は驚愕した。
魔物の群れ―――。

そして、兵士長の裏切り。
シマの圧倒的な剣技の前に、なす術無く右目を斬られた。

間一髪で脱出はしたが、そこには絶望が広がっていた。
兵士達の犠牲―――そのなかには、
父代わりとなって良くしてくれたヒムロもいた。

それが―――彼にとってのウェスパの最期。
心から消えることはないだろう。






イキザはそれを良く知っていたからこそ、ナツオを連れて【引きずって・・・】店を出た。
残ったもう一人の客・ハヅキも、何も言うことが出来ず、2人についていくように店を出ていった。






「気にするな―――、っていうのは無理があるよな・・・。」
つぶやいたのはヨシヤス。
チサトも、ただ黙って聞いている。
彼女の兄も兵士で、1年前、死んでいる。
家族を失ったことは同じだが、その悲しみは忘れられる物ではない。

「イヤ、別に大丈夫だよ。 気にしなくていい。」
「無理するなよ、マサヤ。」
青髪の青年へ、ヨシヤスは言った。
幼少の頃からの親友の痛みは、全てとは言えないにしろよく分かる。
義父・ヒムロを失ったのは何もマサヤだけではない。
ヨシヤスにも同じ事だ。

しばし重い沈黙が流れる、と、イキザとハヅキが店へ戻ってきた。
ナツオはいない・・・どうやら家に強制的に帰したらしい。

「マサヤ、悪いな。」
「イヤ、これはみんな同じですよ、僕だけが特別って訳じゃないですから。」
「だが・・・。」

「イキザさん、マサヤが良いって言ってるんだから良いじゃないですか。」
そう言ったのは後ろにいた長い赤髪の女性・ハヅキ。
年齢はサオリやチサト、ユイナより年上の25歳。【関係ないような・・・】
かなり頭の切れる、天才科学者と名高い。
それを聞いたイキザは、
「・・・まぁ、あなたがそー言うなら・・・まぁいいが。」






まだ少し引きずっているイキザが再び口を開いたのは、
しばらく他愛もない会話が続いてからだった。

「ところで、サオリたちからの便りは来たのか?」
「あ、そうそう、来ましたよ、今日。 忘れてた。」
そう言うと、チサトはぱたぱたと店の二階―――自分の部屋へと駆けていった。

―――手紙には、南の国での出来事が記されていた。
それはまだサオリが倒れる前の手紙。

「ったく・・・タツヤはどこに行ったんだか。」
再びイキザがぼやいた。

「でも、ユイ様もお元気そうですね・・・、まぁあの2人が護衛してりゃあな・・・。(ぼそ)
「ヨシの言う通りね・・・。 サオリとアキラがいれば私だって安心して旅できるわよ。」
力説するチサト、が、
それに対してイキザは、

逆にあの2人が苦労すると思うがな・・・。(ぼそ)」
「イキザさん、明日から特別な味付けの食事を楽しみにしててくださいね。」
引きつった笑顔で、チサトは答えた。【オーラ出てるぞ・・・。】






「さて・・・と、長居したな、そろそろ俺も帰らせて貰うよ。 おやすみ。」
「じゃあ私も・・・。」
そう言って2人が出ていくと、マサヤはふぅ、とため息を付いた。
「さて・・・僕たちもそろそろ片づけて寝ましょうか?」
「そーね。」
2人の言葉に、無言で頷くヨシヤス。

「そう言えば、マサヤ。 あなた前に生き別れの姉がいるって言っていたわよね?」
突然のチサトの問いに、マサヤは思わず洗い物の手を停めた。

「え・・・、ええ。 良く覚えていましたね?(汗)」
「まぁ、私の記憶力はツケの計算だけに使われるわけじゃないから。」

【チサトさん・・・なんだか自慢のネタが変。(汗)】

「探さないの?」
「ええ・・・、大丈夫ですよ。
 心当たりがないわけじゃないんで。
 それよりも今は、僕にはココにいる方が大事なんです。」
「ふ〜ん・・・。 変なの。」

「はっきり言うなぁ・・・。」
それを聞いていたヨシヤスが後ろでつぶやく。

と。

カギをかけたばかりの扉を、誰かが叩いている。
「イキザさん達かしら?」
そう言いながらチサトは扉へと歩いていき、そっとそれを開けた。

そこに立っていたのは、見たこともない一人の女性だった。

「あの・・・失礼ながら・・・どなたでしょうか?」
その言葉を聞き、外にいるのがイキザ達でないことに気付いたマサヤとヨシヤスが近づく。

その女性は、人であって人でない、そんな雰囲気を持っていた。
白く透き通るような肌に、ひときわくっきりと映える黒髪は長い。

その女性を見た第一印象は、マサヤもヨシヤスも同じだった。
(何者だ・・・?)

「・・・世界を・・・救っていただけますか?」

彼女の突然の問い―――その意味も真意も分からず、
3人は、ただ呆然としていた―――。



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慧太のつぶやき。

番外編・・・と思いきや。 続きます、きちんと。(笑)
3人旅から代わって、しばらくはエルシャ=フィオの住民達のお話。
今回はマサヤが主人公です。
大体1章を3〜7話くらいずつでまとめていきたいので
しばらく数話はこちらの話ですね。

マサヤとヨシヤス、この2人の青年が後々話に大きく関わっていきます。
多分。(え)
マサヤの姉や、ライジングサンメンバー、3人旅との絡み等々・・・
書きたいことは色々あります。(笑)
小説書きたい症候群は健在だぁ〜。(え)

ちなみに・・・、最後の黒髪の女性はマサヤの姉ではありません。(笑)(今回つぶやき長い・・・)