#3 鮮血のプロローグ(後)

静かな城に3つの足音が響く。

大柄の男、それと対比するかのように小柄な少年、
そして長い髪をポニーテールに結んだ女剣士。

見慣れた城の通路を走りぬける3人。
だがしかし、その見慣れた風景とは明らかに違う物がある。

「・・・誰も人がいないってだけで、こんなに印象が変わる物とはな。」
そう言ったのは3人の中でいちばん年上のベンケイ。

「でも、誰かいても困りますよ。」
その横で今度はマサヤがつぶやく。
「まぁ、確かに・・・そりゃそうだなぁ。」

そして。 一言も発することなく走るサオリ。

「あの・・・、サオリさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。 気にしないで。」
表情を変えずに口を開いたサオリ。
その顔は不安に包まれている。
たった一人の「家族」なのだから、無理もない。
「ハッハッハ、大丈夫、タツヤは死にはしねぇよ!」
すべてを吹き飛ばすかのような笑い声が無人の城にこだました。






・・・・・・・






人々はタツヤをどう思っているのか。
おそらく、誰もがタツヤは強い男だと答えただろう。
確かに、彼は剣術を始めとして戦闘力は高い。

しかし。

あくまでそれは戦闘力が高いだけの話。
サオリは、本当はタツヤは弱い人間であると思っていた。
戦場では勇ましく戦うが、彼は戦いが終わるたび
相手を殺してしまった罪悪感に押しつぶされそうになる。
ともに暮らし続けた、サオリだけが知っていた。

「サオリさん!?」

マサヤの声にはっと我に返る。

いつの間にか3人は王の間の扉の前へと着いていた。
思わずサオリが赤面する。
「あ・・・。 ご、ごめんなさい。」
「いや、別に謝ることはないが・・・。
 心配な気持ちは痛いほど分かるからな。」
人一倍王への恩義を感じるベンケイがつぶやいた。

そして・・・、

「・・・。」
扉に手をかけたベンケイが、後ろの二人の方をちらりと見た。
いつになく慎重に手をかけている。
無言でこくりと頷くマサヤ。
サオリの表情は陰ったままだった。

ぎいぃぃぃぃ・・・。

重く、嫌な音とともに扉が開く。

そこに、待っていたのは―――。

「王!!」
ベンケイの声が響く。 悲鳴混じりの声が―――。

そこに、待っていたのは―――。

真っ赤に血で染まり倒れた王と、同じように倒れているシマだった。
部屋は割れたガラスをはじめボロボロだ。
―――誰かがここで戦った結果であろうか。

「王!」
真っ先に走り出したのはベンケイだった。
マサヤも続く。
ただ一人、サオリだけが動けなかった。

王が倒れている。

タツヤに匹敵する剣士のシマも倒れている。

二人は魔物にやられた形跡はない―――、
見る限り、その傷は剣による物だった・・・。

サオリの脳裏に、一つの単語が響く。






(タツ・・・ヤ・・・兄ぃ・・・?)

それだけは信じたくない、だがしかし―――。

「サオリさん! 行きましょう!!」
マサヤが叫ぶ。
しかし彼の叫び声は、サオリの耳には届かない。

と、ベンケイが突然大声を上げた。

「マサヤ、サオリ!! 希望は残っている!!
 王はまだかすかに生きてらっしゃるぞ!!」

その時だった。
シマがかすかに動きだしたのは。

「くっ・・・。」
「へ・・・兵士長!! 大丈夫ですか!!?」
数十分前に、勇んで別れた兵士長はいまやすっかり変わり果てた姿となっていた。
「兵士長・・・いったいこれは・・・!?」
「タツヤが・・・いや・・・、
 それよりも・・・王は・・・無事・・・か?」
血塗れのシマが力を振り絞って口を開く。
「なんとか息をしていますがこのままでは・・・!!」
「そうか・・・。」
血塗れのシマは大きく息を吸うとむくりと立ち上がった。

と、今度叫んだのはマサヤ。

「シマさん・・・! 無理に動いては!!」
「いや・・・、大丈夫だよ・・・俺は。
 そうか、王は生きているか・・・。」

その時。
サオリの背筋に悪寒が走った。






シマは言った。






「生きて・・・いるのか・・・。
 死んで貰うつもりだったんだがな。」






「!?」
ベンケイとマサヤが声を飲み込む。

次の瞬間。

王の横にいたマサヤが吹っ飛んだ。

彼の右目には鮮血が―――!

「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「マサヤ!!」
ベンケイがそう叫ぶと同時だった。

シマは、王に向け剣を振り下ろす。

「!!!」
声にならない悲鳴が場を包む。

その直後だった。
ガッ!!
サオリが突如シマに斬りかかった。
「くっ・・・!!」
突然の奇襲に対応しきれずにシマがよろめく。

王の間で剣を抜き戦う2人の剣士。
なおも続くサオリの猛攻、しかしシマも2発目以降は自らの剣でうち払っていった。
「兄ぃはどうなったの!?」
サオリが攻撃の手をゆるめることなく問う。
対するシマもそれに答える。
「ふん・・・、あいつは今頃死んでいるさ!
 俺の計画に感づいて斬りかかってきたが、窓の外の奈落へ突き落としてやったよ!」
「そんな!?」
サオリの攻撃の手が一瞬止まる。 その時をシマは見逃さなかった。
次の瞬間、サオリが勢いよく吹っ飛ぶ。
ベンケイが体で受け止める、が、彼女は軽く気を失っているようだった。

「ふん・・・、手こずらせたな・・・。 タツヤといい、こいつといい・・・。」

もはやそこにいたのは―――人を殺すことにためらいを持たない冷酷の騎士だった。

「・・さて、後はお前か?」
シマはその冷たい目をベンケイへと向けた。
彼の右肩にはマサヤが、左腕にはいま吹っ飛ばされたサオリが抱え上げられている。
「ふん、そんなお荷物を持って戦うつもりか?」
「お荷物とはね・・・まさか俺もあんたに裏切られるとは思ってなかったよ。
 ってことはなんだ、その血や傷はタツヤに付けられたんだな? 重症じゃないか。」
それを聞いてシマがにやりと笑った。
「そうか、俺の演技が誉められるとは思ってなかったな。
 まぁお前達がここで死ねば、この傷はお前達が王を襲ったとき
 王をかばって付けられた傷って事にしておくよ。」
シマはじりじりと詰め寄る。
ベンケイはじりじりと後ろへ下がる。

極限状態。

そこでベンケイは、すべての感覚を一点へと集中していた。
外で「何か」がこちらへ迫ってくる気配が分かる。

(今だ!!)

タイミングを見計らい、ベンケイは2人を抱えたまま背を向けて走り出した。
「甘い!」
シマが一気に斬りかかる!
大柄のベンケイが小柄とはいえ2人の人間を抱えているのだから
2人の差は一気に縮まっていく。

その時。

凄まじい音とともに王の間の窓が突き破られる!

「魔物!?」
そこにいたのは鷹のような鳥の魔物の群れだった。
シマの動きが止まると同時、一気にベンケイが扉を閉める。

「小癪な!!」
シマが扉へ走る。 しかしそれよりも早く魔物達がシマへ襲いかかった。
「くっ!!」
扉を開けることのできないシマ、そして―――

「マサヤ・・・、大丈夫か!?」
「・・・ええ、行けますよ。」
右肩のマサヤが魔法を一気に完成させ、放つ。
「施錠(ロック)!!」

扉が青い光に包まれる。
「・・・成功だな。」
元々はこの魔法は扉にカギがなかった頃に編み出された魔法であって
今ではあまり使われない魔法である。
名の通り、扉にカギをかけ、多少の衝撃では壊れないようにする
なかなかの優れ物の魔法らしい。
そして・・・。
王の間の壁は魔輝石の破片によって厚い魔力で保護されており、
窓を突き破ることの出来た魔物でも壁はさすがに壊せない。
窓の下は魔物の群れ、扉は開かない、となれば中のシマは戦うしか道はない。
まぁ、あのシマでもあの大量の魔物には勝てないだろう。
万が一勝ったとしても時間稼ぎにはなる。

と、いつのまにか意識を取り戻していたのかサオリが口を開いた。
「ですけど、王の遺体は・・・。」
「そうだな・・・、悪いことをした。」
だが、そんな余裕はなかったのだ―――。
「どうか、安らかに眠って下さい―――。」
ベンケイはポツリとつぶやいた。

「・・・よし、急いで俺達も避難するか。
 イキザさんやヒムロ神官長が人々を避難させているはずだからな・・・。
 さて・・・、マサヤ、サオリ、生きてるか?」
ベンケイが抱えた二人に語りかける。
「この通り・・・かろうじて生きてますよ、私は。」
「・・・、出来ることなら早く・・・。 僕の右目の傷・・・大丈夫でしょうか・・・?」
「そうだな。」
そう言うとベンケイは全速力で走り出した。






「そんなに走られると・・・き・・・傷が悪化する〜!!!(滝汗)」






(・・・兄ぃ・・・。 死んでないよね・・・?)
ベンケイに抱えられながら、サオリは一人心の中でつぶやいた。






・・・・・・・






「・・・そうか。 それは大変だったな・・・。」
相変わらずのヤクザ顔(悪かったな←本人談)・イキザ副兵士長とサオリたちが合流したのは1ヶ月も後、
都から遙か南にある港町ヒルッケリアだった。

「イキザさん、そちらはどうだったんですか?」
人一倍太い声で訪ねたのはベンケイ。
「ん・・・、一応一般人は全員避難したよ、無事にな。」
「・・・一般人は、って事は兵士は・・・?」

マサヤの問いに、イキザは一瞬言葉を詰まらせた。
「―――あぁ。 数人は途中魔物と戦って・・・。
 その中には・・・、ヒムロ神官長も含まれている。」
「神官長が!?」
「都から追ってきた魔物の群れが―――と言ってもあの時に比べりゃ大した数じゃないが―――
 襲ってきたときに神官長は命の限界まで魔法を放って魔物達を全滅させたんだよ。
 長い戦いになれば一般人に危険が迫るからな。」
イキザの言葉に、3人は絶句した。

と、沈黙を破ったのはサオリだった。
「あの・・・、兄ぃ―――タツヤさんは消息を掴めましたか?」
「それが・・・、この街の人々に聞いてみたんだが、2週間前に似た男を見た奴が居た。
 あいつは死んでいない・・・かもしれん。」
「本当ですか!?」
生き返ったようにサオリの目が輝く。
と、ベンケイ、
「この街はあいつの故郷だからな。」
「え。 そうなんですか?」
驚くマサヤ―――彼の右目の視力は少しずつだが回復している。
大きな傷跡は残ってしまっているが。

それからしばらくして。

渋い顔でイキザが口を開いた。
「だが、逆にヤツの生死も掴めていない。
 タツヤが生きてるんだ。 ヤツが生きている可能性もないとは言えない。」
「確かに・・・その通りですね。」
マサヤが答える。

イキザが「ヤツ」と呼んだ、そのシマはもはや兵士長ではない。
ただの「反逆者」だ。
シマが今回の実行犯―――と言うことは
今のところ人々に公式には発表していない、とイキザは言った。
人々の不安を大きくしないためにも。

「で、どうする。 タツヤは生きているかもしれんそうだが。」
突然話題を変えるイキザ。
「出来ることなら探したい・・・ですね。」
「正直でよろしい。」
イキザがにやりと笑う。 少し怖い。
「そう言うと思ってな。 既に旅の許可は得ているよ。
 好きにすればいい。
 ただし・・・ちゃんと帰って来いよ?」
サオリは考えることなく即答する。
「当たり前です!」
「そうか。」
イキザの顔に安心した表情から一転して気合いが入る。 これも怖い。
「わかった。
 ならしばらくしたら旅の資金をかき集めてお前に渡そう。
 大した額は出せないがな。
 俺達はエルシャの丘にいる。
 タツヤを連れて帰ってこい! 都をいつか取り戻すんだからな!」
「はい!」
サオリの声が、ヒルッケリアの街に響いた。






それからさらに数日後。

サオリはイキザに旅の資金やらを渡された。
3人分の。

「・・・イキザさん、何で3人分なんですか?」

「・・・実はお前と一緒に行きたいと言う人が居てな・・・。
 まぁ、旅は道連れとか言うだろ、頼んだぞ。」
ハッハッハと笑うイキザ【怖いってば】←天の声
を見ながらサオリがつぶやく。
「なんだかなぁ・・・。」






と、サオリの顔色が変わった。






「ま・・・まさかそれってチサト=サカジョウじゃ・・・!?
 それともベンケイ&マサヤ・・・?」
「安心しろ、彼らじゃない。
 ある意味もっとやっかいだ。 おっと、多言は勘弁してくれ。」
「・・・?」

珍しく焦るイキザを見ながら、
サオリはこの先の旅に不安を感じずに入られなかった―――。



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慧太のつぶやき。

長っ!!(笑)
長すぎ!!
どういう訳かこの話がえらく長くなった上に後半いい加減ですね(汗)
反省します・・・。 でもこれでようやくプロローグ終了。
これからは本編、1年半ほど経ったお話になります。
あ、ちなみにこの世界は一年が16ヶ月あります。
紛らわしいですね(笑)