だが。
消えていた。 確かにそこにあったちっぽけな石は、
わずか数分の空白の間に何者かに持ち去られていた。
兵士の見回りの間をかいくぐってそれを盗む―――今までそんなことをした者はいなかった。
基本的に城内には一般の人々はまず入ることは出来ない。
城内にいるのは王族と兵士くらいのものだ。
だが彼らが盗むということはまず無いだろう。
結界が消えた時、被害が及ぶのは自分たちなのだから。
裏切り者がいる?
―――誰もがそう考えた。 だが、もはやそれどころではない。
魔物の進入。 味方を疑い団結を乱すのは自殺行為だった。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
悲鳴が響いている。 街のあちこちから。
普段見慣れた町並みに突如現れた異形の者たちに人々は逃げまどうのみだった。
「こっちだ!!」
兵士たちの誘導で人々は城へと逃げ込んでいく。
兵士と魔物の激突も始まる―――。
「全員城へ逃げ込みました! 兵士も全員城内へ戻ったとのことです。」
「よし、橋を落とし城内への進入を防げ!」
「はっ!」
再びバタバタと走っていくシマを見ながら、王―――トウジ=キタミはかつてない恐怖と戦っていた。
(城をおいて・・・、逃げるしかないのか・・・?)
「生き延びなくては道は開かれません。」
突如、黙っていた神官長が口を開いた。
「王、あなたがいなくては逃げる意味はないのですよ?」
神官長・タカアキ=ヒムロは王にとっても頼れる存在だった。
彼の冷静な判断力は誰もが認めるところだ。
その彼が、今日はびっしり汗をかいている。
かつてどんなときも顔色を変えなかった彼の様子も、今の状況を物語っている。
「安心しろ。 私は死にはしない。 たとえ今逃げたとしてもこの城を絶対に取り返そう。」
「それを聞いて安心しましたよ。」
相変わらず無表情のヒムロ神官長は立ち上がると、会議室の出口へと歩いていった。
「? どこへ行くのだ?」
「私もここでじっとしているわけにはいきませんから。
微力とはいえ、兵士たちとともに人々の避難にあたりますよ。」
滅多に自分から行動にでることのないヒムロのその行動にちょっと驚きつつも、
王はわずかに安堵の表情を浮かべた。
「そうか、わかった。
ならば姫を頼むぞ。 あいつも今頃地下にいるはずだ。」
「かしこまりました。」
ヒムロは一礼すると、つかつかと部屋を出ていった。
(・・・頼んだぞ。)
部屋に一人残った王は、心の中でつぶやいた。
都の廊下を3人の兵士が走っている。
その中の一人は、他でもなくサオリだ。
と、そこへ―――
「兄(に)ぃ!?」
「おぉ。」
この場にそぐわないのんびりした返事を返したのは、他でもない、歴戦の勇士・タツヤ=オダだった。
と、さらに後ろからはシマ兵士長も歩いてくる。
「サオリ、住民たちは全員避難所へ行ったのか?」
と問いかけたのはシマ。
サオリは汗を拭きながらそれに答える。
「は、はい。 私も今からそっちへ向かおうと。
兵士長、橋は落とし終えたんですか?」
「ああ、無事に落としたが一部翼を保つ魔物もいるから安心は出来ないな。」
緊張した面もちのシマ。
その後ろにはこちらも緊張気味なのか、タツヤ。
ちなみに戦いの時はまるで人が変わったような戦いぶりを見せる彼だが、普段は温厚なのだ。
と、そこへ予想外の言葉が突き刺さった。
「・・・、タツヤ、お前はサオリたちと一緒に先に避難所へ行け。」
「えっ?」
突然のシマの言葉に思わずタツヤが声を上げた。
「し・・・シマさん!? 一人では危険ですよ!」
その言葉に当のシマは―――
「タツヤ、俺をナメてるのか? これでも一応兵士長なんだが・・・。」
しばしの間。
「あ・・・いえ、そういう訳じゃないんです・・・。 あの・・・、その・・・。」
やたらと焦るタツヤ。
戦いの時には絶対に見せないような表情、この二面性が彼の魅力でもあるのだろう―――。
「そこ、笑うな。」
シマがサオリの方を見ながらポツリとつぶやいた。
―――それから数分経って。
「まぁ・・・何かこの非常時に無駄な時間を過ごしてしまった気もするが・・・。
ともかく、またあとでな。」
「ええ、気をつけて下さい。」
シマへ軽く敬礼し、タツヤたちは避難所へと向かう。
と思ったら(何)。
「サオリ、ミノリ、ゲンゾさん・・・、ちょっといいですか?」
シマの姿が見えなくなった直後、タツヤは急に立ち止まった。
サオリがすぐに口を開く。
「どうしたの、兄ぃ?」
「悪い、先に行っててくれ・・・。
俺は、シマさんとこに行く。」
「え・・・、えぇっ!? 何言ってるの!?」
「何か、嫌な予感がするんだよ。」
「ちょ・・・ちょっと待て!!
お前が居なかったらこっちは・・・。」
叫んだのはこの中では最年長のゲンゾ―――ゲンゾウ=タミヤだ。
焦っているらしく、そのボサボサの頭を振り乱している。
タツヤの力を充分に認める者だからこそ、出た言葉だったのだが。
「すいません、皆さんに迷惑をかけるのは分かってます。
でも・・・、行かせて欲しいんです。」
その時、サオリは気付いた。
彼の眼は今までとは違う。
彼の眼は、戦いの眼へと変わっていた―――。
それに気付いたのか、ゲンゾが一呼吸置いてつぶやく。
「団体行動を乱すのは感心できねぇなぁ・・・。
と言うわけで、俺達は行くぞ、ミノリ!」
「は、はい!」
後ろで黙ってみていたミノリがあわてて声を上げる、と同時にあわてふためいたのはサオリ。
「え、ちょ、ちょっと待って下さいよ・・・!!」
「ん・・・サオリ。 ぐずぐずしてるみたいだから先に行ってるからな。」
・・・・・・・
後に呆然と立ちつくすサオリ。
「まぁ、ゲンゾさんの精一杯のサービスってヤツかな?」
「サービスって・・・(汗)。」
と、サオリが言った直後。
タツヤはサオリに軽く口づけをした。
【おい!! この非常時に
何やってんだあんたは!!】←天の声
「へ?」
思わず呆然と立ちつくすサオリ。
「心配ない、すぐ戻るよ。
シマさんの腕は確かだしな・・・。」
それが最後だった。
そして―――、歴戦の勇士は
大きな渦の中へと飲み込まれるかのごとく
闇の中へと消えていった・・・。
そして。
しばし、時が流れた。
王は、まだ来ない。
シマも、タツヤもいない。
避難所は、妙な雰囲気に包まれていた。
その民衆の前に、一人の男が座っている。
着ている鎧には、上級兵士の証である青いライン。
しかし、その顔は兵士と言うよりなにか裏家業でもやっていそうな顔なのですが。
その彼は立ち上がると、大柄の男の元へと歩み寄っていく。
「ベンケイ。」
ベンケイと呼ばれた男は、名にふさわしい立派な体格の男。
さらに上級兵士は今度は右を向くと、その先の女剣士を呼び寄せる。
「サオリ。 お前もだ。」
サオリの表情は暗い。 無理もないだろう。
「俺を含めた3人で王の間へ行く。」
上級兵士の言葉にサオリの顔色が変わった。
「イキザさん!? 副兵士長のあなたまで行ってはここの統制が取れませんよ!」
「俺は王の間で何が起こったのか確かめねばならん。」
「イキザさん。」
今度は大柄の男―――ベンケイが声を荒げた。
「こんな時だからこそ、あなたはここに残るべきだろう!」
イキザ副兵士長はタツヤに匹敵するほどの剣の使い手といわれている大剣士である。
ただ、頭が固いのと顔の怖さが欠点なのだが・・・。
ベンケイの説得(?)は更に続く。
「もしも王の間にとんでもない魔物がいたらどうする。
そこであなたが死んだりしたらここの人々を逃がせるか分からない。」
「・・・。」
そして。
「・・・、お前の言うことも一理あるかもしれん・・・。」
イキザは腕を組むと、大きく深呼吸して一拍あけ、避難所の人々の方へと歩き出した。
「俺は人々を外へ逃がす。 ベンケイ、サオリ。 お前たちは即刻王の間へ行け。」
「はっ!」
サオリたちが返事をすると同時に、イキザは周囲を見回し・・・、
一人の青年を見つけると、彼をズルズルと引きずってきた。
「マサヤ。」
「は・・・、はい!?」
「お前も行ってやれ。」
「え・・・!?」
「つべこべ言う暇はない。」
状況を把握していないマサヤを、イキザがどん、と2人の方へ突き出した。
「この阿呆もつれていけ。 魔法なら他の奴には負けんはずだろう?」
その光景に思わず引く2人(と周りの皆様)。
【顔が顔だけに―――、怖いんですけど。】
「わ・・・、分かりました。」
サオリはおそるおそる頷いた。