ノン・シリーズ
ミステリ作家としての水準が高い作品群です。 レンデル好きな読者の方の多くは、ウェクスフォードシリーズより、ヴァイン名義より、 レンデル名義のノンシリーズが総じて質が高い、 と評価しているようです。大別すれば、謎解きものとサイコスリラー (とくに常軌を逸していく異常心理を描いたもの)に分れるかと思います。

 

絵に描いた悪魔
かつては荘園だった、郊外にある高級住宅地リンチェスター。そこには様々な事情を抱えた人々 が住んでいた。夏の日、ハロウズ荘で行われたパーティーで、その家の主人パトリックが雀蜂に刺され、 翌朝死亡した。単なる事故と思われたが。
 
<にえメモ>
排他的な高級住宅地の住人の、複雑な人間関係をみごとに描き出した推理ものです。 象徴的な小道具として使われるサロメの絵が、妖しげな雰囲気を醸しだし、一見では理解できない人々 の心の裏側を如実に象徴しています。ています。登場人物が多いので、 読みはじめから軽いメモなどを用意しておいたほうがいいかもしれません。

 

虚栄は死なず
金持ちの女、アリスは38歳でやっと結婚することができた。しかも、相手は9歳も年下で、とても ハンサム。幸せな新婚生活を送るアリスだが、街の花屋の美人未亡人ネスタが、 アリスの結婚式のすぐあとに姿を消していることを知り、疑惑を感じはじめる。
 
<にえメモ>
大袈裟な邦題に反して、軽い読み応えの推理ものです。疑う者の心理を緻密に描いてはいるものの、 それほど粘っこい重みはなく、読みやすいと思います。レンデルの皮肉屋な一面がたっぷりと織り込ま れています。

 

死のひそむ家
スーザンは夫の浮気が原因で離婚し、今は幼い息子と二人暮らし。隣の家の若い夫婦は、夫がいない すきに妻が浮気していると近所の噂。関わりたくはなかったスーザンだが、夫に相談され、 あげくに妻が殺されるにいたり、悲劇にすすむ運命に絡みとられていく。
 
<にえメモ>
主軸は推理ですが、孤独から男にしがみついていく、悲しい中年女の心理を切々と描いています。 こういう哀れな女の心情に共感できるか、できずに単なる推理ものとして読み流してしまうかが、 好き嫌いの分かれ目。スーザンに共感してしまうと、読んでいて息をするのが苦しくなるほど、 レンデルの心理描写は緻密です。評価の分れる作品です。

 

悪夢の宿る巣
小間使いあがりの老女モードは、今では奥様気取り。娘婿のスタンリーをいびりまくる。スタンリー はちゃんとした職もない前科者、取り柄はクロスワードパズルだけ。 モードはかつて仕えていた屋敷できいた殺人の噂から、娘婿が自分を殺そうとしていることを疑う。 壮絶な姑vs娘婿の諍いに、偶然はどちらの味方をするのか。
 
<にえメモ>
家庭内サスペンスといった色合いの作品。姑の娘婿への凄まじい罵りは迫力もの。 間に挟まれる娘であり、嫁であるヴィーラの悲哀には胸を打たれます。 偶然ころがりこむ完全犯罪のプロットは秀逸、思わず手を叩きたくなるでしょう。

 

緑の檻
ロンドン近郊の森の中、板張りのコテージで暮らす男、グレイ・ランストン。若い頃に出した1冊の 本が売れたあと、グレイはぎりぎりの切りつめた生活をしいられていた。金がなくて身動きもまま ならない暮らしのなか、彼は道ならぬ愛に縛られ、抜け出せなくなっていた。
 
<にえメモ>
あとがきによると、これも倒叙ミステリに分類されるとか。事件があってその謎を解くので はなく、事件に至までの経緯を克明に描写しています。だから、最後の最後にならないと、事件は 起きません。それがわかった上で読まないと、この作品の面白味は満喫できないかもしれません。 愛に深く悩む男の描写は秀逸。読感はかなり重苦しいかも。

 

わが目の悪魔
同じフラットで20年も暮らしているアーサー・ジョンソンの精神は病んでいる。病んだ精神を しずめるために、アーサーにはどうしてもしなくてはならないことがある。そのフラットに アントニー・ジョンソンという名の男が越してきた。アーサーと同じ、A・ジョンソン。 アントニーの存在がアーサーの静かな生活を狂わせはじめる。
 
<にえメモ>
アントニーが心理学をまなんでいるのに、あまりにも精神的に健康なものであるために、 アーサーの異常性に気づかない。そのあたりを表現するために、レンデルはかなり意識して、 心理学に則して忠実にアーサーの人物像をつくっています。とくに、精神的虐待を強いていたはずの 伯母をひたすら肯定しつづけるアーサーの描写は秀逸。あまりにも哀れで、読んでいて胸が痛みます。 その重みが、アントニーや他の魅力的な登場人物たちによって和らげられ、テンポよくストーリーを 進めていきます。CWA賞ゴールドダガー賞 受賞作品です。

 

ロウフィールド館の惨劇
カヴァデイル家で雇ったユーニス・バーチマンは優秀な召使いだった。ただ、彼女にはけっして人に 知られたくない秘密がある。それは文盲。文字がまったく読めないのだ。ユーニスは演技と策を凝らし、 必死でその秘密を守るが、その秘密が暴かれるとき、彼女の隠していた狂気が顔を出す。やや古典風、 喜劇と悲劇と恐怖をあわせたような独特の味わいがある作品。
 
<にえメモ>
異常心理ものです。レンデルでこれだけは読んだという方が多く、古本屋でもよく見かけます。 レンデルで一番売れた本なのでは?! 映画化もされいるみたいです。進度も速く、読みやすいと 思います。ちなみに、文盲というのは日本では理解しがたく、字を知らなければ覚えればいいじゃない と考えてしまいがちですが、英語圏では少し前まではありがちなことでした。大人になってから字を おぼえるのは非常に困難なことで、過度のコンプレックスを感じるものだそうです。

 

死のカルテット
自分の他には二十歳の女子行員が一人いるだけの小さな支店銀行で働くアランには密かな楽しみが あった。金庫から3千ポンドをとりだし、こっそりと夢想にふける。18歳で結婚して以来縛り つけられている家庭と仕事から解放され、自由と本当の意味では知らない恋をしてみるのだ。 その夢は意外にも、突然の銀行強盗の襲来でかなうこととなったが。
 
<にえメモ>
サスペンスものだが、主人公をはじめとする、甘く悲しい人々によって物語は切なく残酷な 結末へともつれこんでいきます。レンデルものとしては軽く読みやすい部類ですが、読み終わった あとには、美しいフランス映画を見終わったような余韻の残る作品です。

 

地獄の湖
マーティンは友達のアドバイスで買ったサッカーくじが当った。もちろん、すぐに友達に話す つもりだった。だが、ささいな擦れ違いで機を逸し、言わないままになってしまった。 かわりにマーティンは、恵まれない人々をこっそり援助するという慈善に取り組むことにした。 だが、そこには恐ろしい悲劇が待ち受けていた。
 
<にえメモ>
皮肉な悲劇のストーリー。サスペンスの部類に入ると思います。最初はばらばらだった様々な 人間たちが、やがて糸でつながれていたように結びつき、悲劇へと突き進んでいく、レンデル お得意の巧妙なプロットです。英国芸術審議会振興賞受賞作品。