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 「楽園への道」 バルガス=リョサ (ペルー)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
19世紀半ばのフランス、男性社会、そして、労働者たちが幼い頃から低賃金で苛酷な仕事を強いられ、使い捨てられていく社会にあって、労働組合の必要性を説いた「スカートをはいた煽動者」フローラ・トリスタン。そしてその孫であり、フランスにおける印象派の創設者でありながら、精神の自由を求めてフランスを捨て、タヒチに渡った「芸術の殉教者」ポール・ゴーギャン。 まったく違う道を歩みながらも、二人の激しい生き様はあまりにも似通っていた。
にえ これは<池澤夏樹=個人編集 世界文学全集>の一冊で、全タイトルが発表された時、私たちが一番期待していた作品です。
すみ リョサは「フリアとシナリオライター」しか読んでなかったけど、これがたまらなく素敵な小説だったんだよね。
にえ これはゴーギャンを題材にした小説ということで、期待はますます高まるばかりっ。でも実際のところ読んでみると、より惹きつけられたのはゴーギャンの祖母のフローラのほうだったかな。あまりにもドラマティックな生き様だし、強烈な個性だし。
すみ 読後に巻末解説を読んでみれば、リョサも、ずっとフローラのことを書きたくて、それで小説にする時になってゴーギャンを加えたような経緯があるみたいね。どうりで。
にえ あとさあ、なぜペルーの作家があえてゴーギャンを? と思ったけど、フローラもゴーギャンもペルーとゆかりの深い人だったのね。読んでみて納得。
すみ フローラはペルーの大佐とフランス人女性が両親なんだよね。パリで裕福な生活をしていたのに、わずか4才の時に父親を亡くし、両親はきちんと神父のもとで結婚したにもかかわらず、父親の死後、結婚を無効なものとされてしまって母親が財産をいっさい受け取れず、極貧生活を強いられたの。
にえ しかも、大人になってからペルーのアレキーパに父親の一族がいて、とんでもないくらいの権力者であり、金持ちであると知って、女一人でペルーまで行ってるのよね。
すみ そのペルー旅行についてもそうだし、その前にも、その後にも魅力あふれるエピソードが一杯だった。フローラはのちに「怒りんぼ夫人」と渾名がつくほど激しい気性で、しかも黒髪に大きな黒い瞳の大変な美女だから、いろいろ起きないほうが不思議なくらいなんだけど、それでもまだ予想を超えるようなドラマティックさ!
にえ ゴーギャンのほうは、もちろんフローラの孫だからペルー人の血が入っているわけだけど、生まれて間もなく一家でペルーに亡命しているのよね。父親はその船旅の最中に亡くなってしまうんだけど。
すみ 遣り手の証券マンから三十代になって画家に転身し、ゴッホのことがあったり、タヒチに渡っての激しい衝突があったり、ゴーギャンの生き様もまたフローラに負けず劣らず激しいものよね。
にえ ゴーギャンについては多少なりとも知ってるつもりだったんだけど、この小説で初めて知ったことは多かったなあ。というか、ほとんど知らないことばかりで驚きの連続だった。
すみ 私的には、梅毒を患いながら、感染すると知っていて、いろんな女性と関係を持つのがいくら野蛮人になりたいといっても〜と、ちょっと退いてしまうものがあったけどね。
にえ でもさあ、今でもタヒチのほうではゴーギャンの子孫が健在なんでしょ。実際のところ、問題なかったってことかなあ。
すみ とにかくフローラもゴーギャンもエピソード満点で、興味津々で読み進められたよね。そのわりには読むのに時間が掛かっちゃったけど。
にえ 二人の人生のほとんどは回想で語られているからね。あれで現在進行形だったら、先が気になって猛スピードで一気に読み進めちゃいそうなところだけど、小出し、小出しで、次にどう話が繋がっていくのかもわからない状態だったからねえ。
すみ うん、うっすらと、次第に色濃くっていう、だんだんわかっていく過程じたいはとっても素敵だったんだけどね。というか、先が気になって一気に読むべき小説ではなくて、じっくり味わいながら読み進めるべき小説なんだけどね(笑)
にえ あとさあ、回想に次ぐ回想とか、フローラとゴーギャン、二人のことが交互に語られているところの他にも、三人称で語られていると思ったら、唐突に、おまえはどうした、こうしたね、なんて語りかける語調に変化したりするところで、ちょっと高行健「霊山」を連想しちゃったな。
すみ それは一部の人がビビる発言かも(笑) 「霊山」ほど複雑ではないし、わかりやすいから、「霊山」が苦手だった人でもこっちは大丈夫でしょうというのは言っておいたほうがいいよ。でもたしかに、ちょっと思い出したかな(笑)
にえ それにしても、フローラの生涯にしても、ゴーギャンの生涯にしても、調べ上げたうえで咀嚼して、完全に自分のものとして小説にしているというのがしっかりと伝わってきて、読みごたえ充分だった。
すみ これは想像で補った部分が多いんだろうけど、ゴーギャンの作品が書かれた背景がしっかり書かれてて、ワクワクしたね。最高傑作と言われている「我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか」については、ちょっと素っ気ない気がしたけど。
にえ なにはともあれ、ゴーギャンの祖母がこんなに魅力的な人だったってのを知るためにも、これは読む価値ありでしょ。
すみ マルクスよりもエンゲルスよりも早く、労働者の団結を世に訴えた女性だもんね。女性だから暗黙のうちに歴史から抹殺されてしまいそうになっている、それはいけない、もっとみんなが知るべきだというリョサのメッセージをしっかり受けとめてほしいってことで、オススメです。
 2008.3.10