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 「フリアとシナリオライター」 マリオ・バルガス=リョサ (ペルー)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
18才のマリオは作家になることを目指しながら、大学の法学部に籍を置き、ラジオ局でニュース担当として働いていた。両親はアメリカに住み、祖父母の家に下宿しているが、親戚の家に顔を出すことも多い。 そんな親戚の家のうちのひとつ、ルーチョ叔父さんの家に、ルーチョ叔父さんの奥さんの妹、つまりはマリオにとって血の繋がらない叔母にあたる、フリアが滞在することになった。 フリアは32才、離婚をして、再婚相手を探している最中だ。フリアとマリオは親戚どうしとして、気楽に映画を見に行くようになったが、いつしかマリオは自分がフリアを愛していることに気づいた。 一方、マリオの勤めるラジオ局は、ボリビアから、天才的ラジオドラマのシナリオライター兼監督兼声優である、ペドロ・カマーチョを迎えることになった。
すみ 以前から読みたいと言いつつ読んでいなかった、ペルーの代表的な作家マリオ・バルガス=リョサですが、新刊が出たのでようやく読んでみました。
にえ 代表作だけでも読んでいきたいねえ、なんて話しつつ、作ったラテン・アメリカ文学を代表する作家たちの分布図にあらためて目を通すと、ぜんぜん消化できてなくて、血の気が引くね(笑)
すみ それに、マリオ・バルガス=リョサの代表作といったら「緑の家」あたりかな、なんて言ってたのに、新刊で出たからってこの「フリアとシナリオライター」に飛びついて、大丈夫かなと不安もあったんだけどね。
にえ そうそう。でも、不安を払拭するおもしろさだったよね。読んでよかった〜。
すみ 不思議な小説だったよね。かなり自伝的ではあるんだけど、自伝ではなくて。
にえ フリアとマリオについては、かなり脚色を加えてるにしても自伝的要素が強いんでしょ? 実際にマリオ・バルガス=リョサは、19才の時に義理の叔母フリアと結婚してるんだし。
すみ それについては明るく、楽しく描かれてたよね。結婚に至るまでは、かなり困難な道のりではあるんだけど。
にえ 18才の学生でもある青年が、32才の血が繋がっていないとはいえ、母親の友人でもあり、小さいときからの知人でもある叔母と恋に落ちるって、マリオの親戚、両親じゃなくても、ギョッとするところがあるけど、 読むとスンナリ共感できるんだよね。
すみ うん、ものすごくロマンティックにも書かれてないし、恋心を綿々と書いているようなところもないし、わりとアッサリ、サッパリと書かれてるけど、それでもなんだかわかるような気がしたよね。
にえ どちらかというと重きを置いて書かれているのは、親戚と両親vsフリアとマリオって構図で、ある意味、ドタバタ劇のようでもあったんだけど、一族の深い結びつきや愛情なんかがよく伝わってきて、マリオの気持ちに戸惑うフリアの心情もわかる気がして、 ちょっと切なくもあり、微笑ましくもあった。
すみ 二人の愛ってけっこう純愛で、瑞々しく清らかだったりしたしね。なんか青春って感じ。
にえ その爽やかさとは対照的に、とっても濃厚だったのがペドロ・カマーチョのほうだよね。
すみ まだテレビが普及してなくて、ラジオドラマが大人気の時代のペルー。マリオの勤めるラジオ局では、大量に放送されているラジオドラマの台本をキューバから買っていたのよね。それを止めて、雇うことにしたのがボリビアで大人気だという、 シナリオライター兼監督兼声優のペドロ・カマーチョ。
にえ マリオは最初会ったとき、驚くんだよね。ペドロは背が低くて見栄えのしない、ユーモアを介さない男。とてもじゃないけど、おもしろいラジオドラマの脚本なんて、書けそうにないの。
すみ ところがところが、だよね。ペドロは声も美しく、監督としても優秀だけど、なんといっても驚くのはその脚本家としての才能。大量のラジオドラマの脚本をたった一人でどんどん仕上げていき、それがどれもこれも面白くって、聴衆はもう夢中っ。
にえ けっこうシリアスだけどね。そのペドロの書いたラジオドラマの数々が作中作として、主軸のストーリーと変わりばんこに挿入されてるの。これがほんっとに、どれもこれも本当におもしろかった。ほどよく考えさせられるしね。こんなにおもしろいお話が次々に放送されたら、私だってラジオにかじりつきになっちゃうよ。
すみ 不思議だったのは、ラジオドラマなんだけど、戯曲形式じゃなくて、普通の短編小説のようになっていたことと、マリオはペドロと親しくなり、敬意を抱くようになるのに、なぜかペドロのラジオドラマを聴こうとしないこと。
にえ まあ、戯曲じゃなくて短編小説になってたのは、読みやすいからいいんじゃない。効果音とかがト書きされたラジオドラマの脚本がそのまま書かれてたら、読んでて嫌になっちゃうだろうし。マリオがラジオドラマを聴かないのはなぜかしらねえ、何回か他の人に、 聴いてないのって訊かれてたけど。
すみ 作家志望のマリオ自身も、いくつかの短編小説を思いついて、そのプロットを紹介してたけど、それよりはるかにペドロのラジオドラマの内容のほうが優れているから、聴いたら勉強になるのに、なんて思ったんだけど。
にえ 巻末解説に、ペドロは、マリオが作家として成長し、成熟した作品を書くようになった姿を投影してるんじゃないか、みたいなことが書かれてたけど、そういうことなんじゃないかしら。
すみ そうだね、まあ、おもしろいから、細かいことはいいのだけれど(笑) とにかくペドロの書いたものはどれもこれも魅力的で、まさに天才って感じなんだけど、でも、だんだんと別々の話が混じり合って、おかしなことになっていくのよね。
にえ 結婚式を迎える美しい娘とその兄の話、謎の黒人を見つけた軍曹の苦悩、ネズミ駆除に情熱を燃やす男の過去・・・ペドロのラジオドラマにわくわくしていただきたいわ〜。最後まで読めば、これが楽しいだけの小説じゃないこともわかるだろうし。ということで、オススメですっ。