すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「族長の秋 他6篇」 G・ガルシア=マルケス (コロンビア)  <新潮社 単行本>  【Amazon】
1968年から1975年までの作品7篇を収録。
大きな翼のある、ひどく年取った男/奇跡の行商人、善人のブラカマン/幽霊船の最後の航海/無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語/この世でいちばん美しい水死人/愛の彼方の変わることなき死/族長の秋
にえ こちらは<ガルシア=マルケス全小説>シリーズの1冊で、私たち的には長編「族長の秋」が再読で、他の6篇の短編が初読です。
すみ 6つの短篇はちくま文庫の「エレンディラ」に収録されている作品だよね。この6篇に短篇「失われた時の海」が入った7篇が短篇集「エレンディラ」なの。で、この6篇に集英社から出ていた長編「族長の秋」が加わって1冊になった、と。
にえ 前の「落葉 他12篇」でもそうだったけど、「族長の秋」も前に読んだ自分たちの紹介を読むと青ざめるね。ここまで読めていなかったのか……ゾゾゾッ。
すみ やっぱり「百年の孤独」的なものを求めすぎてたんだろうね。それでこの小説じたいの良さがわからなくて、求めていたものと違う、違うとそればっかりになっちゃった。としか言い訳できない(笑)
にえ 再読してホントによかったよ。とにかく「族長の秋」が素晴らしくよかった。沁みたっ。他の短篇もよかったけど。
すみ うん、短篇よかったよ。やっぱり書いた年代が後になるためか、「落葉 他12篇」にあった良くも悪くも若さ〜みたいなところがなくなって、マジックリアリズムというのか、土着の者にしか出せない生命力というのか、そういう魅力がキッチリ味わえたよね。
にえ 今さらなにを言っているんだと言われそうだけど、やっぱりガルシア=マルケスは「百年の孤独」だけじゃないですよ、あらためて実感。ホントにホントによかった〜っ。
すみ で、「百年の孤独」再読したら、やっぱりガルシア=マルケスは「百年の孤独」だよ〜とか言っちゃうんでしょう?(笑) でも本当にこれも良かったです。まだの方にも再読の方にもオススメってことで。
<大きな翼のある、ひどく年取った男>
雨が降り出して三日目、大量の蟹の死骸を捨てるため海に行ったペラーヨは、帰ってきた時、中庭に大きな翼のある年老いた男が倒れているのに気づいた。それが天使だと知ったペラーヨと女房のエリセンダは、天使を鶏小屋に入れた。すると見物客がどんどん集まってきた。
にえ 大きな羽のはえた男がいるんだけど、それが最初は悪魔かと思ったら、実は天使だとわかったりするのに、この夫婦はまあ、なんというか、たいして驚きもしないで。なんかこういう感覚がいいのだなあ。
すみ ラストもその流れに逆らわず、いい感じだよね。なんかいろいろ通り越して微笑んでしまった。
<奇跡の行商人、善人のブラカマン>
サンタ・マリーア・デル・ダリエンの港に、自ら調合した毒消しの特効薬を売る行商人ブラマカンが現われた。ある男がマナパー蛇を瓶に入れて持ってきた。マナパー蛇に咬まれると、呼吸機能が停止するといわれている。行商人が蓋を開けると、蛇はすかさず行商人の首筋に歯を立てた。
にえ タイトルはブラカマンだけど、ブラカマンといういかさま師と、不思議な力を身につけた「ぼく」の話なの。まあ、この組み合わせで話が面白くならないわけはない(笑)
すみ でもさあ、そこをあっさり短篇でサクッとした話にしてあるよね。そこも魅力かな。
<幽霊船の最後の航海>
数年前の三月の夜、おれは巨大な客船を見た。村全体よりも長く、教会の塔よりも高いその船は明かりもつけず、暗礁に乗り上げて砕け散ってしまった。不思議なことにその時、まったく音が立たなかった。そして次の年の三月、やはり巨大な船が来た。
にえ これはなんとなくラヴクラフト全集の中にでも入っていそうな、ホラー設定だったりするんだけど。
すみ そうそう、でも、そうか、マルケスだからラストはそうなるか、と最後にはニヤリ、かな。
<無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語>
14才のエレンディラは私生児として生まれ、育ててくれた祖母にこき使われて立派な屋敷に二人きりで暮らしていた。ある夜、仕事に疲れきったエレンディラは、燭台をナイトテーブルに置いて眠り、燭台が風で倒れたために火事を起こしてしまった。屋敷は焼失し、祖母はエレンディラの瑞々しい体で弁済させることにした。
にえ とにかくエレンディラは不幸なの。祖母に借金を背負わされ、嫌も応もなく少女時代から娼婦として働かされ……。でもなんか、やっぱりアッサリしているというか。
すみ はらわたは煮えくりかえっていても、祖母は祖母として立てて表面的には淡々としてたりするっていうのは、なんかこう、私たちの祖先もおそらくそうだった日本の農民も昔はそうだったんだろうし、他の国でもそうだったんだろうし、なんか理解できないって感覚にはならないよね。こういうふうに書けるから、やっぱりこの人は凄いんだろうな。話はかなりマジックリアリズムってます。
<この世でいちばん美しい水死人>
浜に打ち上げられた水死体は村の者ではなかった。凛々しく逞しい男の水死体に、村の女たちは色めきだち、エステーバンと名前をつけた。
にえ これもまた、死体の男に女たちが惚れ惚れしちゃって、名前までつけて……という展開が凄いけど、なんだかわかるって気持ちになるよね。
すみ エステーバンという名前がふさわしいと思える男っていうのが私たちには感覚的にわからないけどね(笑)
<愛の彼方の変わることなき死>
上院議員オネシモ・サンチェスは6か月と11日後に死を控えていたその日、遊説先の寒村で、生涯を決定づける女性に出会った。まだ18才のその若い女性は、願いを聞いてもらうために父親が議員のもとに送りこんだ。
にえ なんというかこれは、滑稽の中の美しさかな。
すみ 苦笑いする悲しさ、でもあるよ。
<族長の秋>
人々は長生きできず、統治者は次々と変わっていくこの国で、あまりにも長く生き、長く大統領でいつづけた男がついに亡くなった。しかし、民衆はその事実がなかなか信じられずにいた。
にえ この小説は、まず改行がありません。句読点はあるけどね。章ごとに一文字下げて始まっているんだけど、そこからはズラズラズラッと続く文章で、会話文も独白文も地の文と一緒にそのまま続いているの。でも、不思議と読みにくさはそんなに感じなかったかな。
すみ それはそれとして流れるようによんでしまえちゃったよね。あらためて読んだら、これは書いて推敲してって作業がかなり念入りに行われたんじゃないかな〜なんて思ってしまったりもしたんだけど。
にえ 主人公は大統領なの。最後の最後に名前がわかるんだけどね。母親は安い鳥に色を塗って、コンゴウインコだよ、とか、極楽鳥だよ、とか言って高く売ろうとしていた小鳥の行商女で、けっきょく、だれも騙されず、実際に売っていたのは体みたい。そんな女から生まれた、学校にも行っていない男が大統領なの。
すみ でも、千里眼のような能力を持ってるよね。人というものを見透かしたり、未来を予測したりとかできて。
にえ でも、不思議なぐらいに自分のことはわからないのよね。常に民衆に愛されていると信じきっていて。
すみ そのわりに孤独で、猜疑心に満ちているよね。だけど意外と愛情深かったりもして? 子供っぽかったりもするし、甘ったれなところもあって。とにかくいろんな矛盾を抱えた男なのよ。そんな男が独裁者として、長く、長く、長ーく国の頂点に君臨しつづけるの。
にえ 読んでいるうちに、北朝鮮の現在置かれた状況とか、ヒットラーとか、いろいろ連想したりもするよね。その一方で、独裁者でありながら、愛を求めるという単純な心が満たされない姿に、なんのために生きているんだろうという根源の疑問もわいてきたりして。
すみ なんだろうね、長いときの流れに飲み込まれたね。100%幻想小説と言っていいような突飛さに満ちた話で、かなりお下劣なグロテスクさで、レプラ患者の扱いといい、褒められたもんじゃないような表現も満載なんだけど、やっぱり沁みたな。大統領が加害者なんだか、被害者なんだか、だんだんとわからなくなって、卑怯なぶんだけより悪人なんだけれど、なぜだか拒否できない近さも感じてしまって。なんかこれやっぱり、スゴイ小説だわ。一読でグッと来なくても、あいだを開けての再読をオススメします、はい。
 2007.6. 1