=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」 ウェンディ・ムーア (イギリス)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
「科学的外科の創始者」であり、ダーウィンよりも70年も早く種の起源についての優れた論文を書き、多くの弟子にまったく新しい科学的な考え方を伝え、世界初の自然史博物館を建てた解剖医ジョン・ハンターは、奇人であり、墓場の死体泥棒でもあった! 「ドリトル先生」シリーズのモデルともいわれるジョン・ハンターの驚くべきエピソードに満ちた伝記。 | |
著者はイギリスの女性ジャーナリストで、記事や論文で数々の賞を獲り、医学史の学位も取得したって方です。これはその方が書いた18世紀の偉大な、そして風変わりな人物ジョン・ハンターの伝記。ノンフィクションです。 | |
読んでまず驚くのは、ジョン・ハンターがやったことの斬新さはもちろん、多さだよね。ジョン・ハンターは1728年生まれで1793年に亡くなってるから、約65年の生涯ってことよね。そんな短い期間でこれほど多くのことをやれるものなのかとビックリしちゃったんだけど。 | |
そうだよね、外科の革命的な治療をいくつも見つけだし、歯科治療、性病治療と進んで内科にも及んで、優れた標本作り人でもあり、しかもさまざまな動植物を観察して生命の起源に気づき……。 | |
とにかく人間も動物も切り開きまくって進んでいったって感じだよね。当時のイギリスでは、この解剖っていうことじたいがタブー視されていたりもして、大変だったみたいだけど。 | |
切り開いただけじゃなくて、切り開いて考えて、切り開いて考えて、でしょ。「なにかしたら考えるのは当たり前」と現代社会の私たちは思ってしまうけど、当時は先人が残した古い教科書に書いてあることをそのまま鵜呑みにして、治療をするってのが常識で、ジョン・ハンターのように自分で考えるってことじたいがもう異端だったらしくて。 | |
なにしろ病気の治療はなんでも瀉血、悪くなったらすぐ切断って時代だもんね。そのへんについてはノア・ゴードンの「千年医師物語T ペルシアの彼方へ」で描かれている世界と同じだったよね。 | |
でもさあ、「ペルシアの彼方へ」で描かれた世界は11世紀のイギリスなんだよね。瀉血と切断、切断するのは医者ではなく外科仕事もやる理髪師、で、内科医の地位が高くて、外科医の地位は低い……って、この本に書かれた18世紀のイギリスもそのまんま。医学に関してはぜんぜん違いが感じられないの。 | |
ホントにそうだよね。で、それだけ長々と停滞していた医学界を揺さぶり、目覚めさせたのがジョン・ハンターなわけよ。「ペルシアの彼方へ」の主人公は進んだ医療をペルシアに勉強に行くけど、ジョン・ハンターは自分の頭で考えたの。しかもただ治療ってだけにおさまらず、移植とかにまで発想を進めていって。 | |
医者としては変わった経歴だったこともよかったのかもね。ジョン・ハンターはスコットランドのグラスゴー南の村で生まれたんだけど、ぎりぎりの暮らしをする農家の10番目の子供。どうも読み書きが苦手だったらしくて、教科書の影響を受けるどころか、読むことすらしなかったような。 | |
でも、お兄さんも優秀な方だから、やっぱりずば抜けて頭はよかったんだろうね。兄の一人であるウィリアムはグラスゴー大学を卒業したあと、ロンドンに出て外科医になり、上流社会にも食い込んで成功した人なの。 | |
13才で学校を辞めて、そのまま家を手伝いながらもプラプラしていたジョン・ハンターは、20才のときにそのウィリアムのもとへ行くんだよね。 | |
そこからがこの本に書かれているんだけど、その「そこから」とそれまでの人生が結びつかないというか、あまりの変化に驚いちゃうよね。 | |
とはいえ、残ってるものも多いみたいだけどね。ロンドンで生まれ育ったように振る舞っていたウィリアムと違って、ジョン・ハンターは生涯、スコットランド訛りで話し、粗野で粗暴ってところがあったみたい。 | |
とにかくジョン・ハンターは、兄ウィリアムが始めた解剖教室の助手として働きだすんだけど、そのたぐいまれなメスさばきでグングン頭角を現していくのよね。 | |
それだけじゃなく、裏の顔も持つの。解剖がタブー視されていたイギリスで、解剖教室のためにはだれかが活きのいい死体を定期的に調達しなくてはいけなくて、その役目を果たすためにジョン・ハンターはロンドンに呼んでもらったようなもので。 | |
でも、ガンガン解剖して、いろいろ工夫して優れた標本をドンドン作っていって、やがては講義も引き受けながらも死体集めに奔走し、と普通に考えるとそれだけで手一杯って気がするけど、ジョン・ハンターはさらに頭で考えて、人体の秘密に気づいていくわけだよね。 | |
すごいよね〜。やがては人体の秘密だけじゃ飽きたらず、ありとあらゆる動物の秘密も探り出し、そこから生命の起源、地球の始まりにまで気づいていって。 | |
でもさあ、それだけならひたすら快進撃ってことになるけど、実際には兄との確執とか、嫉妬による誹謗中傷とか、望む地位につけなかったりとか、いろいろあったんだよね。 | |
そのへんについては、ジョン・ハンターが正義で、邪魔するやつが悪という書き方はされていなかったから、納得しながら読めたよね。ジョン・ハンターはだれにでも平等に接して、気さくでユーモアがあり、多くの弟子や助手たちに慕われていたけど、攻撃的で、なにかと激しやすく、人間関係に関しては思慮に欠けるようなところもあって。 | |
「科学的外科の創始者」と認められたのだから、成功した人とは言えるかもしれないけれど、珍しい動物や標本を集めまくったために借金だらけだったみたいだしね。 | |
とにかくまあ、良くも悪くも人を惹きつける快男児だよね。あと、ジョン・ハンターが治療した有名人として、詩人のバイロンとか、作曲家のハイドンとか、経済学者アダムス・スミスとか、たくさん名前が挙がっていて、みんな同じ時代なのか〜とあらためて驚いちゃった。 | |
当時のイギリス人が初めて見た、知った動物たちの話もおもしろかったよね。巻頭に絵があるけど、ジョン・ハンターの自然史博物館の規模にも驚いたな。これが自分ちの敷地にあったんだよね。とにかくまあ、物語としておもしろいかどうかは読む人しだいだけど、こういう人がいたのだなあと知れて良かったですってことで。 | |
2007.5.22 | |